わたしじかん。 -2ページ目

He is gone


昔 恋に一生懸命だった私が住んでいた街に息子と出かけた。


いつもの喫茶店の帰り、ふと思い立って金曜の渋滞の中 車を走らせた。



わたしじかん。



相変わらず騒々しく賑やかで、感傷にふける事も忘れそうだ。


若い人たちが誰も待たない家へと急ぐ。



「ママは昔ここに住んでいて、とっても好きな人がいたの。」


と 息子に話しかけたら


「へぇー、そうなんだ。」


と 返事がきた。




わたしじかん。


あなたが居たから 今の私があるよ。


私はただ、ふたりを守りたかった。




もう彼の住んでいない街


思い出の詰まった、大好きな街



来る事はもう、無いだろう。

Socialnetwork


私はtwitterもfacebookもやっているが、活用しているとはとても言えない。


きっかけは、SNSのアンテナ受信が素晴らしく長けている年上の女友達だ。


彼女は気軽に話せるツールを見つけては教えてくれる。


最近巷で噂のfacebook歴も、もう5年になる。




映画の公開に先駆け、各地でセミナーなるもの・関連本・TV特集etcのおかげでfacebookの人口が急激に増えた。



そこで、私の大嫌いなあいつらが繁殖をはじめたのだ。



ちょっとかじって、つながりが増えて、楽しくて。


邪魔されたくなくて汚されたくなくて旧ソ連軍の新入生イジメみたいな事をはじめる。


それが嫌って言うのもあり、Yahoo関連をdeleteしたし、twitterにも投稿していない。


この黴菌(と、この際もう呼ぶ)たちは、どこにでも存在する。


同じ人物ではないのかもしれないのにほんとどこにでもいる。




twitterもfacebookも本名での登録を推奨しているが、色んな事情で明記しない人も多い。


でも、別に良くない??




黴菌たちは、


本名じゃ無いやつは排除しよう、名前も明かせないなんてロクなやつじゃないぜ!


と、HOW TOを謳っている。



それ、HOW TOじゃないから。







楽しむためには最低限のルールが必要だ。


罵倒しないとか、公の場をわきまえるとか。


お酒の席で宗教や球団の話をしない暗黙のルールと同じだ。


そのルールは浸透していったもので、規制や罰もないしルールそのものが思いやりの延長上にある。


知らない人がいたら教えてあげればいい。



離婚調停中で親権を争っていて本名を出せない人、


大きな名の在る家で生まれ育ち窮屈な思いから抜け出して本音をぶちまけたい人、


いじめや悲しい過去を背負っていて名前を出したくない人、


それぞれに理由があるのだ。



本名を出さないなんて自己中、とか、出さないなら友達にならないとか、明記してない人嫌いです、自意識過剰、とか


最近のfacebookの投稿やコメントには胸を痛める。


思いやりが無いんだろうな。



「本名もさらけ出してるけどアンタ、人間性もさらけ出しちゃってるよ」



と、 声を大にして言ってやりたい。


名前を出して全うにコミュニケーションをとっている人達もいるのに


奴らのお陰で分からなくなる。

と云うか、仲良くなった友達には名前くらい教えるよ、みんな。


会って名乗って乾杯するわよ。


バーチャルの良い所が隠れてしまっているようでなんだか怖いのだ。



この世界で仲良くなるには名前が先?


じゃぁリアルと変わらない。



わたしじかん。





over time


「ともだち」というカテゴリは便利なもの?



私の中で、男友達とは『なにか』あった時点でもう友達ではない。


若くはつらつとした彼女達にとっては、元彼が友達、ということはあまりにもあるあるネタになっている。


私にも若い時はあったけれど、元彼が友達の座に納まったことは1度も無い。


けれど、男友達は間違いなく存在する。


女友達と同じくらい親密にもなれる。




びっくりすることに、私より年上の女性と男性が、お互いを親友と呼び合う仲でいる。


驚いたポイントは、『なにか』あった仲だからだ。



私の考え方が硬いのか?



夫や妻に、ともだちと会う、と言ったとき、


『何か』あった仲では納得して送り出してくれる人は限りなく少ないと思うのだ。


でも、純粋な友達なら?


行っておいで、と、言ってくれる数はぐんと増えるだろう。


世の男性女性は過去の『何か』まで、素直に言って会ったりはしないのだろうけれど。




そして男女の思考の違いからなのか、その二人のお互いへの感情も不思議なものだ。


「私が男になったらあんな感じだろうと思う。」


「あいつとは懐が似ている。」




??????




二人の仲だから、二人の間の事は二人しか分からないのは当然だけど、


不自然さはぬぐいきれない、否めないとも思えない、


私がその二人を見つめる時、ぎこちなさが介入するのだ。




それって親友なの?




境界線は人によって大きく違うのだなと、つくづく思った。





私にとって、結婚も友達も、マックスマーラのコートのようなものだ。


fitしなければ悲劇で


すれば一生ものになる。




わたしじかん。



セールで沢山買い物をしたけど、息子のものばかり。


安物買いの銭失いにはなりたくないな。


例え貧しくとも、心までは蝕まれたくないと良く思う。




手にとってピンときたものを大切に


買い物もお付き合いも