高橋幸宏さんの「Something in the air」が流れてきて、、、動揺しています。素晴らしい曲。何度も聴きました。ユキヒロさんは名曲ばかり。もちろん言うまでもなく「ライディーン」も「中国女」も全部全て。でも、もう高橋幸宏の新曲が聴けないという現実。YMOの新譜も永遠に聴けない訳で、、、深い絶望。本当に。私は小学生の6年生の時にYMOと出会いましたから正直に言ってとても影響を受けています。と言いますか、とてもなんてものではないです。私はYMOchildrenだとさえ自分で思います。全てあそこから始まりました。多感な時期、小学生から中学生にかけてですよ、ゴダールを知ったのもYMOからだし、つまりランボーもYMOからで、SFへの興味もYMOからで、全てでした。だからYMOがなければ今の私はないですね。私は「特撮」の世界に生きていますが、全然ジャンルは違いますが、私の作品は間違いなくユキヒロさんやYMOから大きな影響を受けています。いや、大きななんてものではないです。完全な影響下でしょう。全てはあそこから始まったのですから。新作の『AKARI』の音楽を担当してくれたダリンさんも、なんとトーマスドルビーと仕事をしていたと聞いて盛り上がりましたが、私は今でもテクノが大好きだし、今でもテクノは私の周囲にしっかりと存在しています。
ユキヒロさんの訃報を聞いてからまだ、文章としてまとめられないです。「Something in the air」を聴いて、何か、衝動的に書いていますが、この喪失感はどうしたらいいのでしょう。あんな素晴らしいものとはもう出会えないのでしょうか。人生は短すぎます。
じつは、1982年7月26日新宿厚生年金会館で行われたユキヒロさんの伝説のライヴに私はいました。当時私は高校生でした。今でも目を閉じればその時のことが蘇えります。高橋幸宏さんを中心に細野晴臣、土屋昌巳、立花ハジメ、スティーヴ・ジャンセンという驚きの豪華ツアーメンバーに加えて、最終日のその日は特別。坂本龍一、鈴木慶一、加藤和彦、そしてデヴィッド・シルヴィアンがゲスト出演しました。何でしょう。言葉を失いますね。凄かったです。あの奇跡のような素晴らしさを同時代に体験できたから今の私があるのでしょう。だから今でもテクノが好き。そしてユキヒロさんが好き。ほんとうに、大好き!
ということで、自分で作れるものを作ります。作っていれば何か新しいものと出会えるし、次を探さないとね。YMO
の方々は同じことを二度とやらないとおっしゃっていましたが、自分もそうありたい。本当にありがとうございました!