再スタート!!
師匠とおやじさん、下の居間でテレビをみるより、二階にいる方が多くなってきたなぁ。いよいよ、野球の練習も本格化?なんて思っていたら、なんてことはない、おやじさんのパソコン、二階に移ったんだ・・・。この前まで、ばらばらで床にならんでいたから判らなかったよ・・・。
師匠のおやじの一言
やはり、大きなウィンドウでコメントの返答を書くのがいいですね・・・。携帯電話で返答を書いていると、どうしても漏れが出たり、意味不明な返事をしたり・・・。なにせ、もとの文面を頭に入れて、記憶に頼って自分のコメントを書いていたもので・・・。ご迷惑をおかけした方々にはお詫び申し上げます。なんとなく、まだ返事を書いていない記事があるような気もするのですが、一応パソコンの環境を組みなおしました。いよいよ再スタートです。
で、日曜日は我がチーム、新チームとなって初めて練習試合を行ったところと、再試合でした。同地区のチームですので、リーグ戦でもあたっていますが、いずれも7-6、6-3というスコアで勝利しています。
しかし、内容的には結構厳しい試合を強いられているので、今回はどうなるかと思っていましたが、結果は14-1で圧勝。投打にわたり良い結果を出し、なんとなく実力以上と言ってはなんですが、うまく試合運びができました。
先発は師匠。4回を投げ、被安打1、四球1で無失点。昨晩、おやじと「省エネピッチングをやってみよう」と立てた目標をしっかり実践できました。いつもならワインドアップで投げるところを、ノーワインド。さすがにセットではなかったですが、わかりやすいやつです・・・。早めにカウントをとり、打たせていく投球。外野フライ、内野ゴロの山を築きました。それでも、師匠最後の回となった4回には、相手キャプテンさんと対戦。2ストライクまではぽんぽんとそれまでのペースで追い込みましたが、最後の一球。おそらく、この試合で投げた唯一の全力投球。内角をえぐるような伸びる球・・・。ミットに収まってからスイングをしていました。
打撃の方も5-3ということで、まずまず。気持ちよくセンターに打ち返していました。大きなあたりではないものの、結構シュアなバッティング。今のところはこんなものでしょう。
5回以降投げたエース君は、速球でバシバシ押していくピッチングを展開。安心してみていられるないようでした。一度だけ、内野のエラーでばたついたものの、今回は大崩れすることもなく試合終了。なんだ、やっぱり春先より我がチーム、強くなっているんじゃない・・・。あとは公式戦にどうつなぐかですね。
そして、おやじがうれしかったのは、キャプテン君も打撃復調!5-3で以前のあたりを取り戻してきました。まだフォームは固定化されてきていませんが、打席でファールを打った後に修正が効いているところをみると、何か掴んだようです。
このチームでまだまだやれることがたくさんある、そう感じることができました。さあ、再出発だ!!
師匠のおやじの一言
やはり、大きなウィンドウでコメントの返答を書くのがいいですね・・・。携帯電話で返答を書いていると、どうしても漏れが出たり、意味不明な返事をしたり・・・。なにせ、もとの文面を頭に入れて、記憶に頼って自分のコメントを書いていたもので・・・。ご迷惑をおかけした方々にはお詫び申し上げます。なんとなく、まだ返事を書いていない記事があるような気もするのですが、一応パソコンの環境を組みなおしました。いよいよ再スタートです。
で、日曜日は我がチーム、新チームとなって初めて練習試合を行ったところと、再試合でした。同地区のチームですので、リーグ戦でもあたっていますが、いずれも7-6、6-3というスコアで勝利しています。
しかし、内容的には結構厳しい試合を強いられているので、今回はどうなるかと思っていましたが、結果は14-1で圧勝。投打にわたり良い結果を出し、なんとなく実力以上と言ってはなんですが、うまく試合運びができました。
先発は師匠。4回を投げ、被安打1、四球1で無失点。昨晩、おやじと「省エネピッチングをやってみよう」と立てた目標をしっかり実践できました。いつもならワインドアップで投げるところを、ノーワインド。さすがにセットではなかったですが、わかりやすいやつです・・・。早めにカウントをとり、打たせていく投球。外野フライ、内野ゴロの山を築きました。それでも、師匠最後の回となった4回には、相手キャプテンさんと対戦。2ストライクまではぽんぽんとそれまでのペースで追い込みましたが、最後の一球。おそらく、この試合で投げた唯一の全力投球。内角をえぐるような伸びる球・・・。ミットに収まってからスイングをしていました。
打撃の方も5-3ということで、まずまず。気持ちよくセンターに打ち返していました。大きなあたりではないものの、結構シュアなバッティング。今のところはこんなものでしょう。
5回以降投げたエース君は、速球でバシバシ押していくピッチングを展開。安心してみていられるないようでした。一度だけ、内野のエラーでばたついたものの、今回は大崩れすることもなく試合終了。なんだ、やっぱり春先より我がチーム、強くなっているんじゃない・・・。あとは公式戦にどうつなぐかですね。
そして、おやじがうれしかったのは、キャプテン君も打撃復調!5-3で以前のあたりを取り戻してきました。まだフォームは固定化されてきていませんが、打席でファールを打った後に修正が効いているところをみると、何か掴んだようです。
このチームでまだまだやれることがたくさんある、そう感じることができました。さあ、再出発だ!!
剥奪・・・
あらら?師匠を残しておやじさん、野球に行っちゃいました。どうしたんだろう?ちっちゃな子たちと野球できるってよろこんでいたのに・・・。
それにしても、師匠、だいぶ自分で準備、戸締りがだいぶ板についてきたな。僕のお留守番、えさの用意もしっかりしている・・・。
師匠のおやじの一言
前々回の記事で、審判免除の話をしましたが、金曜の夜、またもやお達し・・・。中学の大会のスケジュールの関係で、土曜日の審判の人数が不足しているので、負けチームからも審判を出して欲しい・・・。
ということで、敗者の特典は剥奪・・・。朝から大会会場へと行ってきました。到着すると、なぜか勝ちチームばかり・・・。はて、いったい・・・。
連盟の方に聞くと、「あ、やっぱり間に合ったからいいや・・・。」だそうです。続いて、「でも、せっかく来たんだから一試合やっていく?第一試合やって、そのまま自分のチームの練習に行けば?」って殺生な・・・。
結局、この日は一塁塁審。試合の内容は一方的な展開。負けている方のチームのピッチャー君、大量失点を喫したところで精神的に切れちゃいました・・・。ネットの外からお母さん方の、「最後までしっかり!」と悲鳴にも似たような声援・・・。ようやく交代してもらい、ベンチで隅の方でうずくまるピッチャー君。なんとも後味が悪い日となりました。
師匠がこうだったら、監督を差し置いて、マウンドへ走っていって、飛び蹴りをくらわせたところでしょう・・・。
自チームに戻ると、ようやく次の大会のチーム分けを聞くことができました。5年生と4年生の一部の子には、ジュニアチームであったら出場できたものを、レギュラーに入ることにより失う可能性が出てしまいます。でも、レギュラー優先ということで・・・。なんとなく、割り切れないものもありますが、チームとしては仕方のないところ。いっそ、レギュラーに入った4,5年生のみんなには、6年生のポジションを脅かすくらいの活躍を期待したいところです。
そして、ジュニアチーム。いよいよ、ピッチャー、キャッチャーを選ぶところからスタート。2年生に16mはきついな・・・。でも、なんとか乗り切らねば。
大会のスケジュールは、レギュラー、ジュニア同日別会場で開催。指導陣も2つに分かれます。気を使ってもらって、おやじはレギュラーチームの方へ(師匠の試合の方へ)。でも、低学年の子も気になる・・・。身体が2つあればいいのに。
ベンチ入りの人数の関係上、おやじ、ユニフォームを返上。これで、チームの専属審判員となりました。
さ、残すところ2週間。しっかり仕上げるというよりは、今さらながら再スタートという感じではありますが、がんばっていこう!と思うのでした。
それにしても、師匠、だいぶ自分で準備、戸締りがだいぶ板についてきたな。僕のお留守番、えさの用意もしっかりしている・・・。
師匠のおやじの一言
前々回の記事で、審判免除の話をしましたが、金曜の夜、またもやお達し・・・。中学の大会のスケジュールの関係で、土曜日の審判の人数が不足しているので、負けチームからも審判を出して欲しい・・・。
ということで、敗者の特典は剥奪・・・。朝から大会会場へと行ってきました。到着すると、なぜか勝ちチームばかり・・・。はて、いったい・・・。
連盟の方に聞くと、「あ、やっぱり間に合ったからいいや・・・。」だそうです。続いて、「でも、せっかく来たんだから一試合やっていく?第一試合やって、そのまま自分のチームの練習に行けば?」って殺生な・・・。
結局、この日は一塁塁審。試合の内容は一方的な展開。負けている方のチームのピッチャー君、大量失点を喫したところで精神的に切れちゃいました・・・。ネットの外からお母さん方の、「最後までしっかり!」と悲鳴にも似たような声援・・・。ようやく交代してもらい、ベンチで隅の方でうずくまるピッチャー君。なんとも後味が悪い日となりました。
師匠がこうだったら、監督を差し置いて、マウンドへ走っていって、飛び蹴りをくらわせたところでしょう・・・。
自チームに戻ると、ようやく次の大会のチーム分けを聞くことができました。5年生と4年生の一部の子には、ジュニアチームであったら出場できたものを、レギュラーに入ることにより失う可能性が出てしまいます。でも、レギュラー優先ということで・・・。なんとなく、割り切れないものもありますが、チームとしては仕方のないところ。いっそ、レギュラーに入った4,5年生のみんなには、6年生のポジションを脅かすくらいの活躍を期待したいところです。
そして、ジュニアチーム。いよいよ、ピッチャー、キャッチャーを選ぶところからスタート。2年生に16mはきついな・・・。でも、なんとか乗り切らねば。
大会のスケジュールは、レギュラー、ジュニア同日別会場で開催。指導陣も2つに分かれます。気を使ってもらって、おやじはレギュラーチームの方へ(師匠の試合の方へ)。でも、低学年の子も気になる・・・。身体が2つあればいいのに。
ベンチ入りの人数の関係上、おやじ、ユニフォームを返上。これで、チームの専属審判員となりました。
さ、残すところ2週間。しっかり仕上げるというよりは、今さらながら再スタートという感じではありますが、がんばっていこう!と思うのでした。
宮城県沖地震
本日、岩手宮城内陸地震の速報を耳にし、今を去ること30年前の記憶がよみがえりました。
被害にあわれた方々には、こころからお見舞い申し上げます。
30年前、友人と自宅の2階で遊んでいたおやじ、なんか船に揺られているような、ゆらゆらする揺れを感じ、なんだろう?と下の階へ様子を見に降りたところ、激しい縦揺れが襲ってきました。
目の前では、姿見が倒れ、粉々に飛び散り、慌てて庭へ出る扉に駆け寄ろうとした時、テレビ台の上から、テレビがこちらめがけて飛んでくる・・・。ここは、ダメだと思い玄関口のほうに友達と避難し、外へと出ました。
すると、目の前のアスファルトは、段差がついたように裂け、水道管は破裂し、噴水のように水が立ち上がっていました・・・。
あたりにはブロック塀が散乱し、それまで想像もしたことのないような現実が目の前に繰り広げられていました。
当時、八百屋を営んでいた我が家は、野菜が散乱し、なにがなんだかわからない状態・・・。
そして、たびたび余震に襲われ、怖い思いをしながら、かなりのストレスを感じつつ生活をしたことを思い出します。
ライフラインもすっかり麻痺し、水すら給水車待ち・・・。充分な量をもらうことができずに、何日もすごしていたような気がします(すでに、時間の感覚が麻痺していました)。
偶然にも、水道管が破裂したのは我が家の下のところ。周りの家は断水していたにも関わらず、我が家だけはにごったような茶色になった水が蛇口を捻ると出ていました。その水でさえ、ありがたがってもらいにくる普段のお得意さん・・・。なぜか、カップラーメンの在庫があり(なんで八百屋なのにあったかはいまだに不明)、近所の人たちで果物や野菜、乾物を分け合いながら、早く復旧する事を期待して時を過ごしました。
あれからちょうど30年・・・。またもや大きな地震。その時の教訓は活かされたでしょうか。当時の被害者は、ほとんどがブロック塀の下敷きになったもの・・・。その後鉄筋の太さや構造に条件が定められ、ある程度の地震に耐えうるものとなっているようです。当時は、地震の時には絶対に外に飛び出すな、と言われたものですが、今はどうなんでしょう。家に閉じ込められて被害にあうのではないかという説も出てきています。
再度、自分がいる周辺の状況がどんなものなのか、そして緊急時に自分がとるべき行動は・・・。整理して準備しておかなければならないことを実感させられた日となりました。
被害にあわれた方々には、こころからお見舞い申し上げます。
30年前、友人と自宅の2階で遊んでいたおやじ、なんか船に揺られているような、ゆらゆらする揺れを感じ、なんだろう?と下の階へ様子を見に降りたところ、激しい縦揺れが襲ってきました。
目の前では、姿見が倒れ、粉々に飛び散り、慌てて庭へ出る扉に駆け寄ろうとした時、テレビ台の上から、テレビがこちらめがけて飛んでくる・・・。ここは、ダメだと思い玄関口のほうに友達と避難し、外へと出ました。
すると、目の前のアスファルトは、段差がついたように裂け、水道管は破裂し、噴水のように水が立ち上がっていました・・・。
あたりにはブロック塀が散乱し、それまで想像もしたことのないような現実が目の前に繰り広げられていました。
当時、八百屋を営んでいた我が家は、野菜が散乱し、なにがなんだかわからない状態・・・。
そして、たびたび余震に襲われ、怖い思いをしながら、かなりのストレスを感じつつ生活をしたことを思い出します。
ライフラインもすっかり麻痺し、水すら給水車待ち・・・。充分な量をもらうことができずに、何日もすごしていたような気がします(すでに、時間の感覚が麻痺していました)。
偶然にも、水道管が破裂したのは我が家の下のところ。周りの家は断水していたにも関わらず、我が家だけはにごったような茶色になった水が蛇口を捻ると出ていました。その水でさえ、ありがたがってもらいにくる普段のお得意さん・・・。なぜか、カップラーメンの在庫があり(なんで八百屋なのにあったかはいまだに不明)、近所の人たちで果物や野菜、乾物を分け合いながら、早く復旧する事を期待して時を過ごしました。
あれからちょうど30年・・・。またもや大きな地震。その時の教訓は活かされたでしょうか。当時の被害者は、ほとんどがブロック塀の下敷きになったもの・・・。その後鉄筋の太さや構造に条件が定められ、ある程度の地震に耐えうるものとなっているようです。当時は、地震の時には絶対に外に飛び出すな、と言われたものですが、今はどうなんでしょう。家に閉じ込められて被害にあうのではないかという説も出てきています。
再度、自分がいる周辺の状況がどんなものなのか、そして緊急時に自分がとるべき行動は・・・。整理して準備しておかなければならないことを実感させられた日となりました。