【華 涵 翠 納涼中国茶会】感想3) 三者三様の茶人として | 飲水思縁〜台湾茶・文人喫茶文化研究

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飲水思源とは中国語の四字熟語で、
水を飲んで、その源を感謝の気持ちで考えるとのことです。
あえて「縁」の字に置き換えて、
お茶を飲みながら、恵まれた茶縁に感謝します♪

華 涵 翠 感想1) 流れる縁を繋ぐ……
華 涵 翠 感想2) おもてなしの勉強……
 
ご縁に感謝するという気持ちと、おもてなしで勉強になったという気持ちをテーマに、これまで華涵翠茶会の感想として記しました。
 
この記事では、華涵翠茶会を機に、茶人のあるべき姿について再考することを目標に書いていきたいです。
 
茶があらゆる表現の中で、異色を放っています。理由はその特性について、茶という媒体を介し、主客が味覚的に共通事項を持つことができることにあります。
 
テーブルのしつらえから、茶芸(いわゆるパフォーマンス)、トークまで、全部が1人の中で一体化にならなければなりません。
 
あとから3人の淹れていたところの写真を見せていただきました。実に見惚れたり、見て身を引き締めさせたりする写真に出会えました。お客様もこう、3人のことを眺めてくださったと思うと、とても嬉しいです。
 
 
    ▲智翠さん。ご参加の方撮。
 
知り合った当時から、智翠さんの茶芸に魅了され続けてきました。この写真も私にとって、芸を見惚れてしまった一枚です。
 
それだけではなく、智翠さんの表情から、淹れ手・茶人であるべき、茶を愛する心も感じました。穏やかで美しい芸を見せてくれて、芸を見る側としても喜びます。
 

 

▲一華さん。小鳥茶楼撮。

 

一華さんも実にファンが大勢いらっしゃる茶人です。美しさと、男前のかっこよさが、所作に満遍なく表れています。

 

茶芸をする前の打ち合わせも感じましたが、目標設定を具体的に考えていらしたところは、全身の力を込めて、茶という表現と向き合っている、と。

 

 

▲私ルハン。小鳥茶楼撮。

 

自分を見ることが恥ずかしいですが、2月主催した写真展を経て、色々手伝ってくれた木月製作さんの言葉を思い出します。「ルハンはいおうとする言葉を真摯に噛み砕いて真剣に茶席を臨んでいる」という話でした。

 

自分のことは、さすがに智翠さんと一華さんを見たように、評価できませんが、周りの力を借りて、考えが寄らなかった自分も見つめてみる、というのは、茶人として、今の自分自身と向き合っていく最適な心構えと考えました。

 

 

私たちにとって、茶淹れは非日常ですが、閒茶さんにとって日常の茶をここまで気を配ってくださり、今回の運営を通して、閒茶さんのことも尊敬しています。茶人の姿もまた一つ見せてくれた気がします。

 

お蔭様で、私はお3方を見習いながら、実りのある感想にたどり着くことができました。是非今回を機に、これからも茶のことを盛り込んでいきましょう!

 

3回に分けた感想文も最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

そして、この8月に茶の発信活動が、まだ続いています。