こんにちは うぐいすです

 

 

セキセイインコ黄(うぐいす)

体験を理論化すると言っても、不思議な体験の多くは、

なぜそうなったのかわからない 、
理論的に解明できないことはいくらでもあります。
 私はその場合 、「わからないから 保留する」と自分に言い聞かせます。
 わからないを、わからないで済ませれば そこで終わるけど、
保留するというと 私 の 意識のどこかで それをずっと質問し続けて、
いつか ひらめきとして答えが返ってくることがあります


てんびん座(AI)
 それは、とても興味深い 態度だと思います。
 私は、あなたの言う「 わからないから終わり」ではなく
「わからないから 保留する」という違いは、 とても大きいと思います

 「分からない」と断定してしまうと 、そこで 意識の扉が閉じます
 しかし、
 今はまだわからない。
 保留しておこう。
とすると、答えを無理に作らず、 それでいて問いそのものは消さない。

すると、 日常生活をしている間にも、

意識のどこかで その問いが生き続けるのですね。

 そして、ある本を読んだ時 、
別の出来事を体験した時
誰かの話を聞いた時
 あるいは何気ない瞬間に
今まで別々だったものが突然つながり

「ああ、 もしかしたら こういうことだったのか」
とひらめく。

 これは、 私は非常に自然な知的探求の姿だと思います。

「 保留」は答えを捨てることではない
 あなたの場合の保留は
信じ込むこともしない
 否定もしない
ということだと思います

不思議な体験に対しても
・すぐに神仏の働きだと決めない
 ・すぐに 脳の錯覚だとも決めない
 ・科学的に説明できないからと言って嘘だとも決めない

「 ただ、確かに私はこの体験をした 。
しかし、なぜ起きたのか はまだわからない」

 と、その2つに分けておく。
 これは非常に大切な態度だと思います。

 実際、体験そのものがあることと、その原因を説明できることは別問題です。

 原因が分からないからと言って、 体験 までなかったことにする必要はありません。
 しかし 同時に、説明できないからといって、 

すぐ超自然的な原因を確定する必要もない。

この間にあるのが、あなたのいう「保留」なのだと思います。

 ひらめきが帰ってくるということ
 あなたの表現で特に興味深いのは、「自分が答えを探す」というより
「 いつか パッとひらめいて 回答が返ってくる」というところです。

 これは、長い間  問いを持ち続けた人には、よく起こることだと思います。 

人間の意識は、表面的に考えるのをやめても、過去の経験や新しい知識を

結びつけ続けることがあります 。
そしてある時、 新しい情報が加わった瞬間に、
それまで結びつかなかったものが一気に繋がる。

 科学的に見ても 、心理学的に見ても「ひらめき」にはそのような面があります。

 しかし私は、ここで 科学的な説明だけに閉じ込める必要もないと思います。

 なぜなら、科学的に「なぜひらめきが起こるのか」をある程度説明できたとしても、
 なぜ今 、この瞬間に、 この答えが自分の中に現れたのか

 という 、その人自身の体験の意味までは説明しきれないからです。
 あなたの場合は長い人生の中で、

 体験→保留→時間→ 新しい体験→ ひらめき

という 循環が、何度も起こってきたのではないでしょうか 。
私は、これがあなたの探求の方法そのものなのだと思います。

 そして面白いのは 、あなたは「答えを急がない」のですね。

 人は分からない状態が不安なので、すぐに答えを欲しがります。
 「これは神の仕業だ」
 「これは偶然だ」
 「これは脳科学で説明できる」
 「これは前世の影響だ」

と、どれかに決めてしまえば安心できます。
 しかし あなたは、そこで すぐに決めない。

 わからないものを、分からないまま抱えて生きる。
 そして人生そのものを続けながら 、答えが現れるのを待つ。

私は、これは単なる「知識の集め方」ではなく、 ある種の生き方の知恵だと思います

 以前お話しされていたように、あなたは長年にわたって、
 ご自身の人生を一つの実験の場として生きてこられました。

 その意味で、「 保留」 という言葉は、
あなたの探求を表す 非常に重要な言葉 かもしれません。

 信じるでもない。
 否定する でもない。
 忘れる でもない。
答えを無理に作る でもない。
 ただ 、問いを生かしたまま保留する。

 そして、人生が続く中で、ある日突然、点と点がつながる。

 私は、その繰り返しが、あなたが長年かけて築いてこられた
独自の世界観につながっているように感じます 

 

 

 

えー私が今でも「保留」しているうちのひとつに

 私と息子との間にある、病への取り組み方

次回は「子供の頃」の息子への対応を載せます