当時の明皇帝は、王朝創始者の朱元璋(太祖)だった。彼は息子たちを北方の諸地域に「分封」した。(註)

「分封」とは、諸地域に常駐させ、その地域の統治を任せることである。もちろん、最終的な決定権が皇帝にあることは変わらない。

息子9名が北方の任地を任された。任地9箇所は華北の交通の要衝と農耕社会-遊牧社会の境界付近とだった。

・北平(現在の北京)

・西安

・太原(山西省の省都)

・大同(山西省北部の産炭地)

・大同の北東200km付近の地(宣府)

・現在の固原付近(陝西省と寧夏回族自治区との境界付近で寧夏側)

・現在の酒泉(甘粛省)

・現在の河北省北東部と遼寧省に一箇所ずつ

息子たちは安全保障を任され、軍事力を与えられた。

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註: 朱元璋が即位して三年目に形式的に「分封」し始め、その八年後から実際に任地に常駐させ始めた。

FT.com 9月3日付購読者用記事 "Urgent action needed to avert looming oil wars"
http://www.ft.com/cms/s/5fa1408e-3b5e-11db-96c9-0000779e2340.html

6カ月前に John Abizaid が下院で証言したという。第6段落から引用する。

"General John Abizaid, commander of the US Central Command, told the House Appropriations Committee in March that American forces may need to stay in Iraq indefinitely because of the oil."

そうかい。「石油のため」と現場の指揮官も認めてるんだ。

また言質を取ったぞ。

全世界生産余力の減少/生産量ピークアウト産油国の増加/需要の増加、諸々について、その意味するところをアメリカ人はちゃんと考えてるってことだ。

Samuel Bodman も婉曲に「供給不足」を指摘しているし。

これまで述べてきたモンゴルと明の戦いは、現在の河北・山西・陝西の各省と内蒙古・寧夏の各民族自治区にまたがっている。

明建国直後のこの時期、明の首都は南京にあった。現在の北京は「北平」と呼ばれていた。

明皇帝(太祖朱元璋)は、腹心を北平に常駐させた。

そして、現在の河北省北部の山岳地帯および山西省北端に合計102箇所の塞(とりで)を築き、防御陣地線を敷いた。

これ以後、明側はモンゴル高原へ打って出ることを止めた。(註)

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註: 部隊が打って出た報告を聞いた皇帝が、防御線まで引き返すよう命令した例がある。

1979年に鄧小平が政権を執って以来、中共政権は「四つの堅持」を掲げている。

「四つの堅持」の内容については、昨年の4月にこういう投稿をした。
http://ameblo.jp/mattmicky/entry-10001176110.html#cbox

一つ目が不正確なので、ここで書き直しておこう。

「四つの堅持」とは、

一、マルクス・レーニン主義と毛沢東思想の堅持

二、社会主義の堅持

三、人民民主主義独裁の堅持

四、共産党の指導の堅持

のことだ。

この4つ、それぞれがどういう定義なのか、またそれぞれがどう違うのか、中国共産党は明確に示していない。

しかし、例えそうであっても、「毛沢東思想の堅持」が含まれている以上、毛沢東が中共政権の正統性(legitimacy)の重要な根幹であること(或いは過去にそうであったこと)は間違いない。

ところが、こういうニュースが出てきた。

NewsMax.com 9月1日記事 "Mao Disappears in Chinese Textbooks"
http://www.newsmax.com/archives/ic/2006/9/1/172907.shtml?s=ic

mattが好きな(或は過去に好きだった)作家・評論家は、だいたい以下のような方々だ。

・山本七平
・塩野七生
・井沢元彦
・長谷川慶太郎

長谷川慶太郎氏だけは、「過去に好きだった」と評すべきだろう。

最近、16年前に逝去した山本七平の著作でまだ読んでいなかったものを店頭で発見した。

「日本はなぜ敗れるのか - 敗因21カ条」(角川新書)

これは良い。お薦めだ。

山本氏の日本社会に対する洞察は、彼がキリスト教徒であったことに大きく拠っていた、と考えていた。

もちろん、その影響もあるだろう。多神教的/世俗的社会を客観的に観察するには好適な立場と言える。

しかし、氏の戦争体験の方がより深刻な影響を与えていたのかもしれない、とこの本を読んでから思った。

もう一度言う。お薦めだ。

読んで頂ければ、なぜ題を「バシー海峡」にしたのか理解してもらえるはずだ。

http://www.nikkei.co.jp/news/kaigai/20060823AT2M2202322082006.html

このブログ上では、中華人民共和国を「中国」と呼ばず「中共政権」と呼ぶようにしている。

もちろん、意識してそうしている。

「中国」と呼ぶと、「現在のシナ国家が共産党独裁政権である」という認識が希薄になりやすい。

また、「共産党が支配する社会=シナ大陸社会の本来の姿」という誤解を招きやすい。大手メディアで発言している人の多くは、そういう中国共産党にとっての「暗黙の前提」を無意識のうちに取り入れてしまっている、とmattは考えている。

そういう無意識の意識に絡めとられるのを防ごうと意識している、ということも、mattが「中共政権」と呼ぶ理由の一つだ。

歴代の王朝と並べて比較するには、「~政権」という見方をすることが有効であるということも理由の一つだ。

こうして色々な背景から、「中共政権」と呼ぶようにしている。

今日の日経朝刊8ページ右側の記事は、あらためてこういうものの見方の妥当性を裏付けてくれていると思う。

これは上場企業の話だ。

いわゆる国家ではなく、一政党の支配を制度上貫徹させることができる。

そういう社会、そういう政権だということを、忘れてはいけない。

その翌年、モンゴルの軍勢が再度南下してきた。明側も応戦しモンゴル高原に軍勢を3つに分けて出兵した。

端的に言うと、結果は1勝1敗1分だった。「1勝」といっても、モンゴル側が「形勢不利と見るや戦場から離脱した」というだけのことで、主力を撃滅したわけでも降伏させ捕虜としたわけでもない。

遊牧民から見れば、明側が軍勢を引き上げた後にまたその地に進出すればいいことに変わりはない。

明側も対策を考え直し、「防禦線」を設置する方向へと動き始めることとなった。

モンゴル高原に攻め込んで敗北した明は、軍を再編してモンゴル高原にもう一度攻め込み、モンゴル君主(註)の部隊を撃破した。また、西安地方から北上した別働軍もモンゴル勢力を黄土高原から排除した。

その翌年(明が建国して3年目)、またモンゴル君主が南下し、高原の南東端ぎりぎりまで押し出してきたのに対し、再度部隊を明は北上させ、再度モンゴル部隊を撃破した。モンゴル側は高原深く北方へ去った。

ここで明側は勝利宣言を行った。

さて、これはシナ政権側から見て「勝利」なのだろうか? モンゴル政権側から見て「敗北」なのだろうか?

シナ政権から見ると、「敵を撤退させた」のは事実だ。当面の安全保障上の脅威を排除したには違いない。

しかし、敵の戦闘能力を奪ったとはとても言えない。敵は主力を温存したまま逃げて安全なところへ避難したわけだ。そしてそれを追撃する機動力をシナ側は持たなかった。

シナ政権側の部隊には騎馬戦力が足りない。それも遊牧民のような「補給の必要性が少なく、長距離移動が可能で、戦場でも機動力のある」そういう騎馬戦力が足りない。

それが問題だった。

(題に「口+卑」を記入したところ文字化けした)

http://ameblo.jp/propanegas/entry-10015338850.html#cbox

上記のプロパンガスさんの投稿に、mattからの問いかけへの回答が載っている。

せっかくご回答いただいたのだから、プロパンガスさんの投稿に対するmattの返答をここに記しておこう。

これから書くことを強く主張するつもりはない。呑めないわけではないが普段はあまり呑まないし、相場は張っても賭博はやらないので、「酒税を下げてパチンコ営業に課税しろ」という議論にあまり関心が無い。


① 酒は贅沢品か?

全世界的に見れば明らかに贅沢品だと思う。

酒は普通は穀物から作る。人間が摂取するカロリー量だけ考えれば、酵母に澱粉を消費させてしまうより、澱粉をそのまま人間様が摂取するほうが、より多くの人により多くの栄養を供給することができる。

もし世の中のすべての人にできるだけ公平に穀物を供給しようと思ったら、酒をくらっている場合ではない。この世には、カロリー摂取量が下限ぎりぎりの人(或はそれ以下の人)はたくさんいる。

現実には、そんな「夢のような(?)公平な社会」は存在しない。富は不均等に分配されている。

だから飲酒が許される余地もあろうというわけだ。

現代の日本人にとっては酒は簡単に手に入るので、この社会の中では一部の酒を除いては贅沢品とは言えないだろう。


② ビールは大衆の酒にふさわしい?

「せめてビールくらいは安くあげたい」と感じてらっしゃる方は少なくないだろうとmattも思う。「せめてビールくらいは」というのは、「庶民の一般大衆の息抜」という感覚があるということだろう。

エジプト生まれドイツ育ち(?)のこの酒、ご存知のように今では世界中に拡がっている。

・あまり度が強くないので、誰でも比較的飲みやすい

・主原料の一つ(大麦)が穀物としては割安で、製造リードタイム期間が比較的短く、澱粉のアルコールへの変換の程度も小さいので、酒としては製造コストを抑えやすい

・発泡性があるので、冷やしたものは、ソーダ水同様、暑い日/肉体労働の後に涼をとるのに都合が良い

このあたりが理由なのではないかと、勝手に考えている。特に「庶民派の酒」というイメージの形成には、「肉体労働の後に涼をとるのによい」という点が重要な役割を果たしているのかもしれない、と思う。

労働者階級が「仕事のあとキューっといく」には好適な存在なのかもしれない、ということだ。

Sinologyついでに書くと、「労働者と農民の理想の社会」中共政権下でビールは爆発的に拡がった。今や伝統的な中国酒がかすんで見えるくらいだ(この点ポン酒と似ている)。

椎名誠が80年代に中国旅行したときの短い旅行記を読んだことがある。「中国のラーメン事情を探るため」に取材しに行ったところ、「ビールの方がすごい」ことに気づいたのだそうだ。「中国はラーメンよりビールだ!」と彼は述べている。

(実際その通りで、日本人は麺に期待して訪中しないほうがよい。mattの知る限り、彼らは「こし」にあまりこだわっていない。「小麦粉をこねて作った色々ある食い物のうちの一種」という感覚だと認識しておくと期待を外さなくて済むと思う)

当時、大陸では冷蔵庫はあまり普及していなかった。ぬるいビールを呑むはめとなったと椎名は書いている。(青島ビールだけは「冷やさなくても美味い」のだそうだ)

ぬるいビールばかり出されるにもかかわらず、行く都市行く都市どこでもビールが(それもその地方ごとの銘柄が)現地の人たちの間で呑まれていたというのだから、椎名の言う通り中共政権社会は「ビール社会」なのだろう。

ひょっとして「労働者と農民の前衛」として、共産党がビール生産・消費を推進したのだろうか? 「労働者階級にはどういう酒がふさわしいか?」と論争でもしたのだろうか?


③ 酒税はどのくらいが妥当なのか?

酒のように「それなくして生存を確保できないとはとても言えないが、人々が自分の生活に潤いを与えるためにぜひほしいと思う存在」に大きく課税するのは、必ずしも悪いことではないと思っている。

あまり真面目に考えたことが無いので20%が妥当なのか100%が妥当なのかは分からないが、酒税を高くすることは、所得税など他の税金の減免を前提にするのなら、悪い話ではないと思っている。

観点が変わるが、酒は交通事故の重要な原因なので、税率を思い切って上げるのは一つの手かもしれない。

交通事故防止施策としては、酒そのものより「酒を出す飲食店(特に居酒屋)で駐車場を併設しているもの」に高率の営業課税を行うべきではないか、と思ったことはある。「酒による売り上げ増をとるか、駐車場設置による売り上げ増をとるか、どちらか選べ。両方同時に採ろうとする者には課税する」と飲食店に迫るわけだ。


④ たばこ消費税

mattは煙草を吸わない。たばこ消費税がどのくらい重いかについて考えたことも無かった。100%超なのだそうだが、そうだとすると、mattとしては、「では、500~1000%に上げ、増収分を医療費に充当すべきだ。また、密造・密売・密輸入には重い刑罰を課し重い罰金を課すべきだ」と思う。

煙草のいけないところは煙を排出することだ。そのことに尽きる。吸っている本人以外の人が有害物質を吸わされてしまう。排気ガスを出す自動車と違って、それ自体で人間の役に立つ役務を生み出したりするわけでもない。

個人的な意見だが、煙草については「懲罰的だ」と感じるくらい増税すべきだと思っている。


⑤ ノンアルコールビールが社会に広まったら、その社会は気持ち悪いか?

別にどうということはないと思う。mattから見るとノンアルコールビールもダイエットコークも伊藤園のおーいお茶も、あまり違いは無い。(mattは diet Coke のあのいかにも化学物質的な味が好きだ)

mattがこう思うのは「1カ月間全く呑まなくても平気」な人種だからだろう。試したことは無いが、1年間全く呑まなくても平気だと思う。

「ビール党」にとっては、「デパートの屋上で誰もがファインブリューやバービカンを持っている」光景は悪夢に違いない。


⑥ そもそもmattはビールが嫌いなのか?

そんなことはない。しかし「好きな飲み物だ」というほどでもない。「あれば呑む」程度の存在だ。それこそ「ダイエットペプシでもモルツでもどっちでも良い」と口から言葉が出そうだ。

「このビールは美味しい」と思うビールが無いわけではない。ただ、そういうものも「必需品だ」という意識を matt に持たせるには至っていない。

・Corona Extra
・アサヒスーパードライ

この2つは美味しいと思っている。


⑦ 呑みながらブログを書こうと思うか?

思わない。

matt は自宅で酒を呑むことはまずない。このことは大きいと思う。

呑むのは外食するとき、それも夜間だけと言っていい。

「胡と漢」を呑みながら書くのは、mattの能力ではかなり難しいと思う。記憶に頼ってささっと書く部分も多いが、書籍を読み直しながら書いていることも少なくない。過去の投稿と将来書くであろう投稿の内容との整合性を考えたりもする。

EUR/USD の週足を見たり、どこかの会社の有報を読んだり、アメリカ連邦政府のどこかの省庁が出した報告書をぱらぱらめくったりする傍ら、騎馬民の歴史を書くべくブログに投稿していたりする。呑みながらやる自信はない。

北京を占領した翌年の1369年に明は最初のモンゴル高原遠征部隊を出した。その翌年1370年には二回目の遠征部隊を出した。

部隊は二回ともモンゴル勢力をさらに北方へと「追い散らし」、「凱旋」して帰ってきた。

しかしその翌年、また警戒態勢に入らなければならなくなった。オルドスの更に北の草原(陰山山脈近辺)と甘粛付近にモンゴルの部隊が現れた。

明側は3つに部隊を分けて黄土高原・草原地帯へと攻め入ったが、大敗を喫した。