ウイグル遊牧政権は西暦840年頃に崩壊した。

9世紀前半にユーラシア大陸に大寒波が来、モンゴル高原も寒波に襲われ、(牧畜)生産がめちゃくちゃになったのが、どうやら理由らしい。

この結果、ウイグル政権はいくつもの集団に分かれ、離散した。あるものは東トルキスタン(天山山脈付近)、あるものは現在の甘粛省付近へと移動した。

あるものは、かろうじて生き長らえていた唐に帰属した。降伏したウイグル集団の一部は現在の河南省へと移住させられた。

唐に帰属した遊牧集団に沙陀(サダ)と呼ばれる集団がいた。現在の山西省近辺で暮らしていた。

一方、唐王朝は色々な問題を抱えていた。

7月27日の「胡と漢(26)」で書いたように、塩が専売制とされていたが、これにより塩の密売を生業とする秘密結社 - 塩賊 - が反乱をおこすようになっていた。

唐王朝は茶にも課税したので、茶賊が長江流域で横行し、この反乱にもなやまされた。

こうして、唐王朝と藩鎮が統治するシナの大地に盗賊・匪賊が跋扈するようになった。これが大きな反乱になったが、唐王朝は遊牧集団沙陀族の援軍を使ってこれを平定した。(註1)

その後も残党は華北の東部に散在していたが、9世紀後半になると大旱魃・蝗害(註2)が続発し、食に窮した貧民が匪賊と合流、さらには塩賊などと合わさり巨大な反乱となった。この「黄巣の乱」に、上述の河南省に移住させられたウイグル集団が合流し、強力な戦力となった。

黄巣の匪賊集団はシナ各地を華北から華南まで転戦し、その後洛陽・長安を陥落させた。唐王朝は再び四川省へと落ち延びた。各地の藩鎮は3割程度黄巣側についた。

しかし、黄巣の軍勢は食料の欠乏に悩まされ(註3)、部下の朱全忠が寝返った。また、山西省にいた沙陀族が唐王朝の呼びかけに応じて黄巣軍を攻撃した。これにより、黄巣の軍勢は粉砕されてしまった。

「黄巣の乱」と呼ばれる内乱が終了し、唐王朝は四川省から長安へと復帰することができた。またもや、騎馬民の援軍による政権維持であった。

さて、黄巣の軍勢から寝返った朱全忠は、乱終了後唐王朝に帰服したが、軍事力を背景に中央政界に介入して有力者となり、西暦907年に唐の皇帝から帝位を譲られる形式をとって「梁(後梁)」の皇帝となった。(註4)

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註1: 当時の沙陀族のリーダーはこの功績により節度使に任じられた。

註2: 「コウガイ」。いなごが大発生して農作物や木々の葉を食い尽くす現象。

註3: 天変地異による飢饉が継続しているなかでの長安占領だったのだと思う。

註4: これで唐王朝が滅び、鮮卑・匈奴系政権も終焉を迎えたことになる。「胡と漢」シリーズは政権の性質に着目しており、血統としてのシナ諸王朝の継続にはあまりこだわらないようにしている。「唐」とか、「梁」とか、国号を書いていたら、それはあくまで「わかりやすさ」のために書いているのだとご理解いただきたい。なお、こういう帝位の譲り方を「禅譲(ゼンジョウ)」という。

の週だった。

今週の売買: none
週末のポジション: EUR/USD 平均@1.2509 売り
週末の市況: EUR/USD @1.2357前後 | USD/JPY @111.94前後

混同しやすいので説明しておく。

8世紀から9世紀前半にかけて東アジア~中央アジア東部の覇者となったウイグルは、現在の中国少数民族としての「ウイグル族」とは異なる人々だ。

前者を「中世ウイグル」、後者を「現代ウイグル」と、ここでは呼ぶことにしよう。

中世ウイグルの中核となった人々は遊牧民。一方、現代ウイグルはオアシス都市に定住する農耕民だ。言語はどちらもテュルク系であるという意味では似ている(註)。

現代ウイグルは、1930年代半ばにトルキスタン東部地区(旧新疆省)の住民が独立運動を起こしたときに、自らの民族名を「ウイグル」に決めている。オアシス定住民の間でも、ウイグルという称号は歴史的記憶を呼び覚ますものらしい。

一方で、新疆ウイグル自治区の遊牧民は、現代ではカザフ族と呼ばれる人々が中心になっている。

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註: 残念ながらmattには、現代ウイグルと中世ウイグルの言語がたがいに通じ合うほど類似しているかどうかまでは分からない。が、現代のテュルク系諸語を話す人々は、互いに母語でしゃべりあってかなり会話が成立するということを何かで読んだ記憶があるので、近い言語なのかもしれない。

例えば、アナトリアとヨーロッパの一部に領土を持つトルコ共和国の主要民族トルコ人と、中央アジアのカザフ人・ウズベク人あたりが話すと、今でも半分くらいそのまま通訳なしで通じると読んだことがある。イタリア人とルーマニア人が互いに母語で話して半分くらい通じると塩野七生が書いているが、それと似たようなものだろう。

8月5日の参議院で何が起こるか、またその後何が起こるか、についてはmattは特に見解は持っていない。ただ、mattは郵政民営化に一部賛成している。

個人的な見解として、郵政事業のあるべき将来についてはこう思っている。

① 信書の配達事業

現行の国営のまま残すべきだと思う。少なくとも「内容証明郵便」だけは国営のまま残すべきだと思う。郵便小包は廃止して民間の宅配便に全て任せるべきだと思う。

司法の場で利用に供される類の public communication の手段は、誰かの私的な所有にかかるべきではないと思うし、地域によって使いやすさに差があるべきではないと思う。

② 金融事業

簡易保険と郵便貯金は分野別・地域別に細かく分割して、銀行・生保などに公開入札で売却するのが良いと思う。

金融事業は巨額の財政投融資をしてきている。財政投融資に多大な功績が過去にあったことを認めるのにmatt はやぶさかではない。しかし、この公的融資は、いまや官庁や特殊法人の既得権益と化している部分がかなりある。

官庁と特殊法人の既得権益の壁を壊すには、財政投融資を恣意的に扱えないようにし、糧道を断つのが上策だと思う。

郵便貯金の資金がアメリカの金融業界に吸い上げられるとか、いろいろあるかもしれない。しかし長い目で見ると、今日の日本社会における官僚機構と特殊法人、それらの下にある数多の公益法人(財団や社団)や関連企業など、規制に守られた既得権益構造に財政投融資や税金を財源とする補助金がたっぷり注ぎ込まれている状況を考えると、それらを一旦壊した方が良いと思っている。

そうして税金を節約し、政府機構を小さくし、大手メディアも含めた民間の人々に(役所の指導に頼らずに)自分の頭で考えて生計を立てて生き抜くよう癖をつけるべきだと思っている。もちろん、matt 自身も含めてだ。(matt は規制のほとんどない事業分野の民間企業に勤務しているので、影響は少なそうだが)

まず第一に金融事業部門に有価証券報告書並みの情報公開を法的に義務付け、一旦情報公開させるべきだと考える。その上で細かく分割して売却するのが公正だと思う。単一の組織体のまま独立させたり売却したりすると、巨大な金融企業が誕生する可能性があり、独占的な力をふるいかねないと思う。

純ちゃんが Gerald Curtis と金曜の夜に飯食ったそうで。さすがにアメリカの有名 Japanologist 相手に仏・伊料理屋は避けてました。

何を話していたんでしょうね。

書き始めてから半年以上経過しました。どこのブログか覚えていないのですが、「6ヶ月過ぎるとアクセスが増えてくる」というのを見た記憶があります。

「為替相場とFTのニュース追跡」ブログとして出発しましたが、だんだん歴史/政治/軍事ブログっぽくなってきました。

そして昨日・本日と、まったくこれまでお付き合いのなかった分野の方々から接触があり、mattmicky たいへん喜んでいます。^^♪

相場やFTのニュースは随時追いかけるとして、しばらくは中央アジア騎馬民とシナ農耕民との相克を題材とする「胡と漢」シリーズの充実をめざしますので、よろしくおねがいします。

依然変わらず。

今週の取引: none
今週末のポジション: EUR/USD 平均@1.2509 売り
今週末の市況: EUR/USD @1.2177前後 | USD/JPY @112.47前後