この記事は、誰かに何かを教えたいわけでも、勧めたいわけでもない。
ただ、僕はこういうふうに生きている、ということを、自分の言葉で書いておきたくて書いた。
僕は昔から、納得できないことを納得できないままでやるのが苦手だった。
周りに合わせて動くより、目の前の子にとって何が自然か、何がいいかを先に考えてしまう。
組織の中では、全体の都合や決まった流れもある。そういうもの自体を否定したいわけではない。でも、僕はそこに自分を合わせ続けることができなかった。
納得できないことがあったとき、黙って辞めることもできる。
自分を守ることも、生活を守ることも大事だと思う。
それでも僕は、見て見ぬふりをしたまま自分だけ抜けることが嫌だった。自分が黙って離れたあとも、そこにいる子どもたちの環境は残る。そう思うと、何も言わずにいられなかった。
だから僕は、人に合わせて動く働き方より、自分で考えて、自分で決めて動く働き方を選んだ。
独立するときは、不安よりも、自分でやりたいことを全力でやってみたいという気持ちのほうが大きかった。
今の訪問型の不登校支援は、そうやって自分の性質を見た先で選んだ働き方だ。
今の働き方でよかったと思うのは、子どもたちと一緒に過ごす時間の中に、ちゃんと嬉しさが返ってくるからだ。
一緒に遊ぶことも、出かけることも、その中で子どもたちが見せる表情や発想を見るのも好きだ。
「なすび」と呼んでくれること。
「来てほしい」と言ってくれること。
なかなか笑顔を見せなかった子が笑ってくれた瞬間。
初めてバイバイと言ってくれた日。
そういう小さな出来事の積み重ねが、この働き方でよかったと思わせてくれる。
何かを勧めたいわけではない。
ただ、僕はこういう性質があって、その上で今の働き方を選んでいる。
今回は、そのことを書いてみた。
全文はこちら→自分の性質に合う働き方を選んだ。僕が訪問型の不登校支援をしている理由
新学期は、不登校の子にとってただ不安なだけの時期ではないと思っています。
本人の中にも、「今度こそいけるかも」と期待があることが、実は少なくないんです。
僕自身もそうでした。新しいクラス、新しい先生。環境が変わるなら、もしかしたら今度はうまくやれるかもしれないと、どこかで期待していました。
だから、新学期に苦しくなる子を見て「最初からやる気がなかった」と大人が捉えてしまうと、本人の気持ちから大きくずれてしまうことがあります。
最初から投げやりだったわけじゃないんです。少しは期待して、やろうともしていた。だからこそ、その分だけ、うまくいかなかったときに深く傷ついてしまう。
僕の場合も、しんどさが表に出たのは新学期が始まってすぐではなく、少し経ってからでした。
宿題が遅れ、授業が分からなくなる。周りが普通にできていることが自分にはできないと、少しずつ分かっていったんです。
外から見ればサボっているように見えたかもしれません。でも僕の中では、「やっていない」というより「できない」という感覚のほうが圧倒的に大きかった。
「なんで僕はこんなにできないんだろう」
周りと比べて、自分だけが取り残されていく。そのたびに自分を責めていました。
やれていないことは、自分が一番分かっている。分かっているのにできない。
だからしんどかったのは、注意されることよりも、この「できない状態」を理解してもらえないことでした。
文科省の調査でも、行きづらいと感じ始めてから実際に休むまで、1か月から半年未満の期間がある子が半数近くいるというデータがあります。新年度から少し経って限界を迎えるのは、決して特別なことではありません。
新学期に動けなくなっている子がいたら、どうか「やる気がない」と決めつけないでほしい。
「今度こそ」と思っていた分だけ、できない現実にぶつかり、誰よりも自分自身を強く責めていることがある。
その外からは見えない苦しみを、周りの大人には知っていてほしいなと思います。
全文はこちら→不登校の子が新学期に苦しくなるのは、やる気がないからじゃない
「今いる子どもたちが、明日いないことも覚悟しなさい」
これは、僕が小児科で働いていた頃、先輩看護師から言われた言葉だ。
そのときの僕には、その言葉を引き受ける覚悟が持てず、小児科を辞めた。
でも、その言葉だけはずっと残っている。
最近、その言葉を思い出した。
サポートルームで働く人の募集要項に、「なるべく教室に戻すよう促してくれる人」と書かれていたからだ。
僕が引っかかったのは、「教室に戻す」という考え方そのものではない。
その前にあるはずの、目の前の子どもが今日ここに来ているという事実の重さが、言葉の中から抜け落ちているように感じたことだった。
サポートルームに来る子は、そこに来るだけでもかなりの力を使っていることがある。
教室には入れなくても、学校まで来て、サポートルームまでたどり着いた。
その時点で、もう十分に頑張っている子がいる。
たとえば、やっとの思いで提出物を仕上げて渡したとき、受け取られる前に「じゃあ次はこれを頑張ろう」と言われたら苦しくなると思う。
サポートルームに来た子にすぐ次を求めるのは、それに近い重さがある。
だから僕は、まず必要なのは安心の土台だと思っている。
人は安心できる場所があってこそ、自分の力で動き出せる。
サポートルームは、教室復帰のための通過点である前に、素のままでいられて、本音を出せる場所であってほしい。
子どもが来たとき、僕は「よく来たね」と評価するより、ただ「おはよう」と言って普通に会う。
その子を支援の対象としてではなく、同じ場で会う相手として迎えたいからだ。
教室に戻るかどうかより前に、今日ここにいて、会えて、話せて、笑えるかもしれないことのほうが、僕にはずっと大きい。
今目の前にその子が生きている。
それが僕にとっての幸せだ。
全文はこちら→
不登校の子に、起業したほうがいいと言いたいわけではない。
僕が伝えたいのは、学校という場所がしんどい子にとって、学校だけが人生の正解ではないということだ。自分のやりたいことを、自分のやり方で形にしていく道もある。その選択肢を、もっと早い段階で見える場所に置いてもいいんじゃないかと思っている。
そう思うようになったのは、子どもたちと関わる中で、学校では見えにくい力を何度も見てきたからだ。
スーパーの袋を解体してパラシュートを作る子がいた。木の棒を削って木刀を作ろうとする子もいた。レゴのパーツを組み合わせて、ベイブレードを自分で作ってしまう子もいた。どれも、大人が教えたものではない。子どもが自分で面白がって、自分で試して、自分で形にしようとしていた。
そういう姿を見ていると、子どもは本当に自分から学び始めるんだと思う。好奇心があって、やってみようとする根気があって、意味を感じたことには驚くほど集中する。二時間くらい平気でやり続けることもある。
一方で、学校では「何のためにこれをやるのか」が見えにくくなる子もいる。もちろん学校には学校の役割があるし、その形の学びが合う子もいる。ただ、そこに合わせ続けることが苦しくなる子がいるのも事実だと思う。
だから僕は、不登校を美化したいわけではない。でも、学校に行けないことだけを見ていると、その子がすでに持っている力まで見えにくくなることがあると感じている。
子どもたちは、ときどき大人が見落としていたことを平気で見せてくる。学びは教え込むものではなく、自分の中から始まること。人は意味を感じたときに動き出しやすいこと。正解が一つしかない社会のほうが、むしろ息苦しくなることもあるかもしれない、ということ。
だからこそ、学校だけではない学び方や働き方、生き方の選択肢を、子どもたちの前にちゃんと開いておきたいと思っている。
全文はこちら→子どもは勝手に学ぶ。不登校の子に別の選択肢を
子どもとの関わり方や、信頼関係の築き方について書かれた本や記事を読んでいると、時々思うことがある。
子どもの動きは、もう少しシンプルに見てもいい場面があるのかもしれない、ということだ。
もちろん、理論を否定したいわけではない。信頼関係が大切だという話にも納得している。ただ、説明が増えていくほど、目の前の子どもの動きが見えにくくなることもある気がしている。
今日は、そんなことを感じた出来事をひとつ紹介したい。
それは、僕が自然学校で初めてリーダー長をやったときのこと。
自然学校の始まりに、僕は子どもたちにこんな話をした。
「静かな空気が早くできたら、その分みんなが楽しめる時間が増える」
初日に一度だけ、十秒ほど黙ってみて、「今の空気を覚えてみてほしい」と伝えたこともあった。
厳しく守らせたかったわけではない。ただ、どうせ同じ時間を過ごすなら、みんなが気持ちよく楽しめる流れを一緒につくれたらいい。そのくらいの気持ちだった。
数日後、ご飯の前に食堂へ行くと、子どもたちがすでに集まっていた。
そして食堂に入ったとき、そこには少しいつもと違う静けさがあった。
ただ静かなだけではない。みんな真剣な顔をしているのに、口元だけ少しにやっとしている。
何かを見せようとしているような、何かを待っているような、そんな空気だった。
僕はその雰囲気に思わず笑って、
「なすびが言ったことではあるけど、これはちょっと緊張するな」
とこぼした。
するとその瞬間、子どもたちからふふっと嬉しそうな笑いが広がった。
あとで聞いた話では、あれは僕を驚かせようとして、みんなで決めてやっていたことだったらしい。
こういう出来事を見ると、一般には「信頼関係があるから子どもは動く」と説明されることが多いと思う。
それも確かに一つの見方だと思う。
でも、僕はもっと単純でいいのではないかと感じている。
もっと手前に、もっと素朴な動きがある気がするからだ。
大人でも、好きな人がいたら
その人に喜んでほしいと思う。
少し驚かせたいと思う。
その人の反応を見たくて動く。
それは特別なことではなく、人として自然なことだと思う。
子どもも、そこはあまり変わらないのではないか。
むしろ子どものほうが、その気持ちがもっとまっすぐに出るのかもしれない。
僕が子どもと関わるときに大事にしているのは、子どもを対等に見ることだ。
子どもだから見下すこともしないし、子どもだから管理しないといけないとも思わない。
その子が今、何を見ているのか。どこに心が動いているのか。そこを素直に見たいと思っている。
本気で一緒に悩む。
本気で一緒に考える。
本気で一緒に遊ぶ。
その積み重ねの中で、関係は自然にできていく気がしている。
理論を持つことが悪いわけではない。
ただ、難しく説明することに気を取られすぎると、目の前の子どものかわいさを見落としてしまうことがある。
あのとき食堂にあったのも、立派な理論より先に、
僕を驚かせようとして、真剣な顔をしながら口元だけ少しにやつかせていた子どもたちのまっすぐさだった。
僕は、あの純粋なかわいさを見落としたくないと思っている。
不登校の子どもと関わるときも、日々出会う子どもたちと関わるときも、まずは目の前の子どものかわいいところに目を向けてみてほしい。
そこから見えてくるものは、意外と多いと思う。
全文はこちら
「寄り添いって、なんでも肯定してあげること」みたいに扱われる場面をよく見る。
でも僕が感じている寄り添いは、それとは少し違う。
不登校の子と関わっていると、「これ、やってみようかな」と小さくつぶやく瞬間がある。
不安も抱えながら、それでも前に出ようとしている、すごく大事な一言だと思っている。
そのときによく聞くのが、「無理しなくていいよ」という言葉。
もちろん優しさから出てくる言葉なんだけど、その一言が「やってみたい」という芽ごとそっと押し戻してしまうこともある。
僕はそこで、いつも「もったいないな」と感じてしまう。
この感覚は、回復期リハビリテーション病棟で働いていたときの経験ともつながっている。
時間はかかっても、自分で起きて、車いすに移って、食堂まで来る。
その一連の動きが、退院後の生活を支える力になる。
そこで介助しすぎてしまうと、その人の「本当なら自分でできたはずの力」を少しずつ奪ってしまう。
看護の世界では、それを「奪うケア」と呼ぶことがある。
不登校の子どもが「腫れ物扱い」されるときも、よく似たことが起きている。
刺激を与えないように、傷つけないようにと、周りの大人が極端に慎重になる。
その空気の中で、「無理しなくていいよ」とブレーキをかけられたり、本当はできそうなことまで大人が先回りして引き受けてしまったりする。
僕自身も、子どもの頃は不登校で、当時は今ほど「不登校」という言葉も知られていなかった。
周りもどう扱えばいいか分からず、結果として腫れ物のように扱われることが多かった。
その中で、「自分なんて何もできない子なんだ」と思い込んでいった感覚は、今もよく覚えている。
だからこそ今は、不登校の子どもたちを「壊れやすい存在」としてではなく、「ちゃんと自分で選んでいける存在」として見たいと思っている。
大人が思っている以上に、子どもはかっこいい。
不登校だからといって、人生から降りたわけじゃないし、「やってみようかな」と言える瞬間をちゃんと持っている。
その一言が出てきたときに、「無理しなくていいよ」で引き戻すのか、「一緒にやってみようか」と隣に立つのか。
寄り添いという言葉の意味を、もう一度見直したい。
全文はこちら→「寄り添い=全部肯定?」という違和感 - 完全訪問型フリースクール”なすび”
子どもとのスキンシップって、少し話題にしづらいテーマだと思う。
抱っこやおんぶ、ぎゅっとくっつく時間。
本当はあたたかいはずなのに、「今のご時世だから」という言葉ひとつで、すぐにグレーなものとして扱われてしまう空気がある。
僕は訪問型で不登校支援をしていて、このテーマから完全には逃げられない。
現場にいると、「それって本当に子どものための安全なんだろうか?」と感じる場面に、何度も出会ってきたからだ。
今、子どもと関わる場では「抱っこは基本なしで」「ハイタッチくらいまで」「安全のために距離を取ろう」といった、自主規制のようなものが増えている。
背景には性被害やハラスメントの問題があって、慎重になること自体はとても大事だと思う。
一方で、「安全だからダメ」という言葉が出た瞬間に、考えることが止まってしまうこともある。
本当は、一人ひとりの子どもの様子や、保護者の気持ち、その場の状況を見ながら考える必要があるのに、「危ないかもしれないから、やめておこう」でまとめて処理されてしまうことがある。
不登校の子と関わっていると、子どもは頭ではなく、身体で安心できる相手を選んでいるように感じる。
この人のそばは落ち着くか。気を張らなくてよさそうか。ちゃんと見てくれそうか。
そういった感覚の延長線上に、「抱っこしてほしい」という行動が出てくることがある。
小学生高学年の子でも、「抱っこして」と言ってくることがある。
その時間、僕たちはほとんど話をしない。
ただ、体重を預けて、呼吸が少しずつ整っていく時間を一緒に過ごすだけだ。
しばらくすると、その子は自分からふっと離れていく。
またゲームに戻ったり、自分の好きなことを始めたりする。
ずっと抱っこされたままではなく、「少し休んで、また自分の世界に戻っていく」ような動きになっている。
この様子を見ていると、一瞬の抱っこは自立を壊すものというより、心のバッテリーを少しだけ充電する時間に近いのではないかと感じる。
日常でずっと気を張っている子ほど、誰かに体重を預ける経験が少ないからこそ、その短い時間が大きな意味を持つことがある。
もちろん、「だから何でも抱っこすればいい」という話ではない。
距離感にはいつも慎重でいたいし、安全管理を軽く見るつもりもない。
それでも、「安全だからダメ」という言葉だけで、子どもが自分の安心にアクセスする機会まで切り落としてしまっていないか。
守られているのは、本当に子どもの心の安全なのか。
それとも、大人が傷つかないための安心なのか。
僕が大事にしたいのは、「抱っこは良い」「抱っこはダメ」という二択ではなく、目の前の子にとって何が必要かを、その都度ていねいに考える姿勢のほうだと思っている。
必要な子もいれば、必要としない子もいる。
同じ子でも、その日によって違う。
だから本当は、ルールだけに頼るのではなく、「この子の安心への入口をどう守るか」と「場としての安全」を両方見ながら、迷い続けるしかないのかもしれない。
その迷いはしんどいけれど、そのしんどさの先にしか見えないものがある気がしている。
全文はこちら→「安全のために」って言われたとき、子どもの安心はどこへ行くのか
不登校の子どもたちと関わっていると、
「どうやったら学校に戻れるか」
という問いが、あまりにも当たり前に置かれている場面をよく目にする。
校内フリースクールでも、話し合いの形はとっていても、
最初から「教室に戻る」ことを前提にした選択肢が並ぶことが多い。
その空気の中で、子どもたちは静かになり、
本音を飲み込んでしまう。
先生がいなくなってから聞くと、
「時間なんか決められたくない」
「その日にならないと分からない」
そんな声が、普通に出てくる。
一方で、皿回しを持って行ったときの子どもたちはまったく違った。
やり方は一つじゃない。
聞いてからやる子もいれば、触りながら覚える子もいる。
肘を閉じた方がいい子もいれば、頭の上まで持ち上げた方がやりやすい子もいる。
失敗して、工夫して、また試す。
できるようになった子は、自然と他の子に教え始める。
最後の一人ができた瞬間には、
まわりの子たちが自分のことのように喜ぶ。
そこには、学校に戻らなくても確かに回っている学びがあった。
YouTubeをきっかけに、
「放射線って何?」と質問してきた完全不登校の小3の子もいる。
画面の向こうの出来事が「なんで?」に変わった瞬間から、
その子なりの学びはもう始まっていた。
体験して、振り返って、意味づけして、また試す。
いわゆる体験学習サイクルは、
教室の中だけで起きるものじゃない。
だからこそ思う。
不登校の子を「戻す対象」として見るよりも、
学校の外でも学びが回る環境を、
もっと当たり前に増やしていけたらいい。
全文はこちら →不登校は「問題」なのかーー皿回しと体験学習サイクルから考える学びの場所
年が明けてしばらくたったとき、ふと気づいた。
今年の抱負をまったく考えていなかった。
毎年のように「今年はもっと〜しよう」「心機一転がんばろう」と言葉にしてきたはずなのに、今年はそれすら忘れていた。
そこで、「そもそも、なんで抱負を考えないといけないことになっているんだろう」と疑問が浮かんだ。
世の中は、年明けとともに一気に「切り替えモード」に入る。
新年の目標やテーマがあふれ、「ここで変わらなきゃいけない」という空気が生まれる。
けれど、冷静に見れば、12月31日の自分と1月1日の自分はほとんど同じだ。
カレンダーの数字が変わっただけなのに、「去年」と「今年」に自分を切り分けた瞬間、理想の今年の自分と、現実の自分とのギャップが生まれる。
そのギャップが大きいほど、スタートから苦しくなる。
目標を立てることやスモールステップは、本来は自分を支えるためのものだと思っている。
ただ、「去年の自分はダメだったから変わらないといけない」という自己否定から始まった目標は、うまくいかなかったときに自分を傷つける材料になってしまう。
年始の空気に押されて慌てて決めた目標も、自分のペースや余裕を見ないまま置いたハードルになりやすい。
行動変容モデルという理論では、人が変化していくプロセスには段階があるとされている。
すぐに動ける人もいれば、まだ動くつもりがない人、気になり始めた人、準備をしている人もいる。
全員が同じタイミングでスタートラインに立っているわけではない。
それなのに社会全体が「ここから心機一転」と合図を出すと、まだ準備が整っていない人ほど取り残されたように感じてしまう。
不登校の子どもたちと関わっていると、「今のままでもいいよ」と心から思えた瞬間に、その子の表情や言葉が少し変わる場面がある。
そこからすぐに大きな一歩が出るわけではない。
けれど、その静かな変化が、次の動きの土台になっていく。
変わるかどうかより前に、「今の自分をどう見るか」が問われている気がする。
年が明けたから変わらないといけないわけではないし、変わるタイミングは自分の内側で決めていい。
「変わらなくてもいい」と思えたとき、その瞬間からすでに静かな変化が始まっているのかもしれない。
全文はこちら→年明けに変わらなくてもいいと思えたこと
最近、子どもたちと関わる中で「本質って何だろう」と考える場面が増えた。
目に見える結果――成績や行動だけを拾ってしまうと、子どもがその瞬間どんな気持ちでいたのかが抜け落ちてしまう。僕が大事にしている“本質を見ようとするまなざし”は、その奥にある気持ちや願いにそっと目を向ける感覚に近い。
ある日、保護者の方が「ゲームばかりで大丈夫でしょうか…」と不安をこぼしてくれた。
その表情には、子どもへの心配と、どう支えればいいのか迷う気持ちが滲んでいた。
僕は「本当に好きなら将来の道につながることもありますよ」と伝えた。
それが正しい答えかどうかは分からない。でも、その方の表情が少しだけ緩むのを見て、“見方が1つ増えるだけで救われることがある”と改めて感じた。
僕は何かを決めるとき「本当にそうだろうか」「他の可能性はないだろうか」と自分に問いかける。
焦りや不安が強いときほど、この問いが消えてしまい、本質が見えなくなる。
立ち止まる余白を持つことは、子どもたちの声を受け取るためにも欠かせないと思っている。
そして最後に判断を振り返るとき、僕がいちばん大切にしているのは“子どもたちの笑顔がそこにあったかどうか”。
それは大声で笑う顔だけじゃなく、ほっとした表情や、安心して力が抜けた顔も全部ふくまれる。
その笑顔が生まれていたなら、その時間にはきっと意味があったと僕は信じている。
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