遠い故郷 | 今日もひとこと、ほめてみた。

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ほめるのは、ちょっぴりの勇気で、びっくりの展開。
日本ほめる達人協会 顧問 松本秀男

先日の夜、大阪に着いて梅田からタクシーに乗りました。

 

運転手さんは、私より年上と思われる、おだやかな口調の方でした。

 

 

「最近、大阪の街の人出はどうですか?」

 

 

走り出してすぐにそんな風に私が訊くと、

 

 

「だいぶ昔みたいに戻りましたねえ。昔と違うのは、外国人観光客がいないくらいですわ」

 

 

確かに、空港も駅もコロナ前のような賑わいでした。

 

繁華街などにも人が戻っているのでしょう。

 

 

御堂筋を南に向かって走ると、街路樹にはイルミネーション。

 

 

「おおお、そうかもう大阪もイルミネーションの時期ですね!」

 

「そうです。今年もずいぶんと綺麗ですわ。市役所の脇とか、すごいですよ」

 

「そうなんですね!」

 

 

と、ほどなく中之島の大阪市役所あたりにさしかかります。

 

 

「うわ!ほんとだ!めちゃめちゃ綺麗ですねえ」

 

「カップルにはたまりませんわ」

 

「ほんとっすねえ!おねえちゃんと手をつないで歩きたいとこですねー!」

 

「ねえ、イチコロですわ」

 

 

そんなしょうもないオッサン談義で車内は一気に盛り上がっておりました。

 

イチコロってのも、懐かしい響き(笑)。まさしく同世代。

 

 

 

「お客さんはどちらからですか?」

 

「東京です」

 

「そうですか。東京はどちら?」

 

「足立区なんです。東京のはずれ」

 

「ああ、足立区ですか。北千住とか?」

 

「ご存じなんですね?!まさに、生まれたのは千住」

 

「そうなんですねえ、懐かしい」

 

 

運転手さんは、北千住駅から電車ですぐの辺りで生まれ育ったそうです。

 

 

「もう、50年近く前ですねえ。働き始めてすぐに大阪に転勤で、その会社もつぶれちゃって、そのあとずっとタクシーやってます」

 

「そうなんですね」

 

「一度も帰ってないんですよ。変わったでしょうねえ」

 

「そうなんですね。はい、ずいぶんと変わりました」

 

「でしょうねえ。もう帰ることもないでしょうけれど」

 

 

御堂筋のイルミネーションの間を走りながら、ふと、運転手さんの50年を思います。

 

この街を走り続けながら、たまに生まれた街を思い出したり、

 

昔の友だちの顔を思い浮かべたりしたのでしょうか。

 

 

『もう、帰ることもないでしょうけど』

 

 

前を見ながらつぶやいた、運転手さんのそのセリフが、なんとも心に染みました。

 

 

「行くこともない」ではなく「帰ることもない」と言われたのは、

 

 

変わらずそこが、自分の故郷だと思い続けてこられたからなのでしょうね。

 

 

新幹線でも飛行機でも、わずかな時間で行くことができる東京。

 

ですが、その距離は、50年かけても辿り着かない場合もあるのだと思います。

 

 

堺筋本町にあるホテルまでは、わずか10分もない乗車でした。

 

 

「ではお気をつけて」

 

 

と、相変わらずおだやかに言ってくださる運転手さん。

 

私は、ひょっとしたら、その運転手さんに昔を思い出してもらう役割があったのかも知れないと勝手に思ったりもしました。

 

 

そしていつか、運転手さんが東京を訪れることもあるのだろうと、

 

ホテルの玄関までの数歩の間に、もう一度走り去るテールランプを見て思いました。

 

 

今日もイイ日に。