「珠洲原発」 | キセキを紡ぐ Rut of hope

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 「珠洲原発」

石川県珠洲(すず)市。現在、能登半島地震で家屋倒壊や津波などの大きな被害が起きている、半島の先端にある市である。

ご存知の方も多いとは思うが、この珠洲市では、過去に珠洲原発の計画があり、推進派と反対派の議員の戦いが続いていた。

結論を先に言えば、電力会社は27年間の攻防の後、原発建設計画を凍結している。

もし、住民たちの反対運動が無かったら、珠洲原発は福島第一原発以上の事故になり、日本は壊滅的な放射能汚染が起きていた可能性がある。

我々は、石川県珠洲市で反対運動を繰り広げていた住民たちに、命を救われたのかもしれない。

志賀原発の被害は隠されていたようだが、我々の暮らしに本当に原発は必要なのだろうか。

そのことを肝に銘じなければならない。

以下は、珠洲市の攻防の歴史である。

1976年、中部電力、関西電力は石川県珠洲市に原発を建設することを検討していた。

その翌年、資源エネルギー庁は「地盤が相当固く、原発立地には別段の支障がない」との判断。

しかし1979年のスリーマイル島原子力発電所で炉心融解事故が起き、珠洲市で反対運動が始まる。

更には1981年の敦賀原発の放射能漏れで反対運動が加速、原発推進の黒瀬市長が辞職。

原発建設撤退の決定打は1986年にチェルノブイリ原発事故。1987年、原発反対の国定氏が市長に当選するが、以後、推進派と反対派の攻防が激しくなる。

2003年、推進派の議員が増える中、反対派は原発凍結の要望書を提出し、電力会社は計画を凍結。

そして、2007年、2022年、2023年と立て続けに能登半島地震が発生し、2024年1月震度7の地震が発生した。

写真は珠洲原発反対運動のドキュメンタリーの記事
 




 

 

 

表紙と挿絵を描かせていただきました↓↓

 

 

 

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