【本物と偽物の違い】 | キセキを紡ぐ Rut of hope

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ちゅーことで
チヒロサトさんのFacebookより転載させていただきます
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【本物と偽物の違い】

10日ほど前に、世界初の宇宙空間で撮影された映画「チャレンジ」が、ロシアで劇場公開されたそうだ。これは、国際宇宙ステーションで胸部にケガをした宇宙飛行士を無事に地上に還すために、外科医の女性が宇宙ステーションに送られるという話で、無重力下での作業場面を撮影するために、2年前に役者さんたちと撮影の人たちが、ソユーズに乗って10日ほど宇宙ステーションに行ったそうだ。この映画の3分ほどのトレイラーを見たのだけれど、CGでもスタジオ撮影でもない生の映像だった。それを見て、本物の映像とはこんなに美しいものかと、何だかハッとさせられるものがあった。

私たちは、あまりにもCGやスタジオ撮影で作り出された虚構の映像に慣らされていて、映画とはそういうものだと思ってきたようなところがある。そればかりか、ニュース番組など、現実のものとして見せられる映像さえもが、実はCGやスタジオ撮影で作られていたりするのだ。私たちは、虚構の映像を現実だと長いこと思い込んできた。それで、本物の生の現実がどんな風に見えるものなのかも、わからなくなってしまっていたのかもしれない。

私たちは、そうしたCGやスタジオ撮影で、残虐なシーンやグロテスクな映像をさんざん見せられてきた。映画であれ、現実として放映されるニュース番組やドキュメンタリーでもだ。そして、そういうものが現実の世界なように思い込んできた。しかし、そういう映像はやはり単純にできすぎていて、現実の世界の複雑で多極的、多層的な全体性を表してはいない。

どんなに巧妙にできていても、AIで作り出される人物には、生命エネルギーといったものが感じられない。生命とは、絶えずバランスを取ろうとする、非常に多極的なネットワークのようなものなのだ。その動きは、理屈で考え出せるようなものではない。利害や思想だけで動くようなものでもない。多次元的な意識が同時に動いて、バランスを取るように共同で動いていくようなところがある。これは、プログラムでできるようなものでは決してない。

CGやスタジオ撮影が作り出す虚構の現実を四六時中見せられているうちに、私たちは現実の持つそうした多層的なバランス感覚を忘れてしまうのかもしれない。パンデミックの現実として一時期メディアで毎日流されていた映像では、人間はまるで何の抵抗力も持っていないロボットのように表わされていた。映画の暴力シーンで、まるで人形のようにバタバタと死んでいく人間のようにだ。現実の命を持った存在は、あんなゲームのコマみたいに倒れるものではない。生命の力とは、もっとずっと複雑で強い柔軟性を持っているものだ。

この頃はハリウッド映画に限らず、どの映画も残虐なシーンやグロテスクな映像が増えていて、本物の現実の持つ深さ美しさが見られるものがなくなってきている。映画もグローバリストたちに操作されていて、人々を現実から乖離させ、本来の力から切り離してしまうように作られている。それによって、思うように支配できるような心理状態にしてしまうことができるからなのだ。だんだんそんな作品ばかりになってきて、映画を見ることも少なくなっていた。それほど長くはない映画の歴史も、もう終わりなのかとさえ思っていた。

だけど、「チャレンジ」のトレイラーを見て、映画とは、本来こういうものであるべきだというのを思い出したのだ。映画とは、現実から乖離させ、現実への違和感を増すようなものではなく、現実の世界の美しさを見せるものであるべきなのだと。これまでの映画は、グローバリストたちに操作されていたから、グロテスクで退屈なものになってしまっていただけだった。グローバリストたちに支配されていないところでは、映画も本来のあり方で進化していけるのだということを、この映画は示しているように思えた。

この頃では、NASAの宇宙計画も実はスタジオ撮影で作り出された虚構のものだったことが表に出てきたりしているけれど、その一方で、ロシアでは本当に宇宙空間に行って、映画を撮ってきてしまったのだ。映画監督のスタンリー・キューブリックは、アポロ計画はスタジオ撮影で作ったものだったと告白していたし、無人ロケットが火星に到着したというのも、どこかの砂漠で撮ったものをCGでそれらしく見せているのだという話もあった。NASAの宇宙計画は実は多くが見せかけだったというのだ。それで私たちは、宇宙の映像というと、どこの砂漠で撮ったものだろうとかまず思うようになり、重力が少ないところではあり得ない砂の飛び方なんかを観察していたりする。それは、月だとか火星だとか言われている映像に、やはり何かしら現実の持つ複雑さや多層的なところが感じられないからなのだと思う。

ところで、「チャンレンジ」の宇宙空間の画像には、そんな疑いなどすべて吹き飛んでしまうようなリアルさがあるのだ。ほんの短い画像でも、宇宙空間とはこういうところなのだということを、すみずみまで行き渡るように見せてくれるようなところがある。それと比べたら、これまで宇宙の映像として見せられてきたものがたちまち薄っぺらく見えてくる。高度な技術を使って作ったハリウッド映画の映像も、まるきり安っぽいものに思えてくる。これこそは、現実というものの幅広さであり、奥行きの深さなのだ。そうしたものを目にしたとき、どんなに巧妙に作られた虚構も、やはり薄っぺらい見せかけのものにすぎなかったことがわかってしまう。

その一方で、相変わらずロシアについては嘘ばかりが報道されている。スーダンで紛争が起こったら、ロシアの傭兵部隊ワグナーが紛争を起こしていると言っているというので、私はかなりびっくりした。この頃ずっとドイツ語で入ってくるタス通信とかRTとかロシアのニュースを追っていたのだけれど、そんなことは一言も言っていなかったからだ。ウクライナでのワグナーの状況についても逐一情報が入ってきているけれど、スーダンなんかに行っている場合だとはとても思えない。それで調べてみると、ワグナーもスーダンも、そうした事実はないと否定していると、ロイターが書いているのを発見した。どうも実のところは、何の根拠もない話のようだ。

それでも、メディアで繰り返し言っていると、人々は本当だと信じてしまうのだ。ロシアがウクライナに軍事介入を始めてから、西側メディアは何の根拠もないことをまことしやかに報道するのだということがよくわかった。スーダンも、アメリカのバイオラブがあるとかいう話があり、どうもウクライナと似たような話らしいのだ。アメリカ政府は、何か隠したいものがあるときには、ロシアのせいにすることにしているらしい。何の根拠もない上、筋も通っていないのに、それでもメディアで繰り返し言っていると、あたかもそういう事実があるように思い込んでしまう。テレビが普及してからのこの何十年間、いったい私たちはどれだけ作られた虚構を信じさせられてきたのだろう?

イギリスの劣化ウラン弾は、さんざん警告されていたのに、やはりウクライナに送られてしまったらしい。それで今、ウクライナでアメリカが放射線センサーのネットワークを設置しているというのだ。アメリカは、ロシアが核兵器を使うことはないとよくよく知っていながら、ロシアが核兵器を使う使うと宣伝してきた。それで今、ウクライナ軍に劣化ウラン弾を使わせておいて、ロシアが核兵器を使ったと騒ぎ立てるつもりでいるらしい。

ウクライナのことでも、ロシアからやってくる映像は、まったくごまかしのない生の現実がある。西側諸国に難民として行っているウクライナ人たちが、ロシアの残虐行為という虚構の話を大げさに語っている一方で、ドンバスの戦闘地域に今でも生活している人たちがいる。そこには、そんな大げさな話も感情的な身振りもない。実に淡々とした厳しい現実があり、自分の土地に住み続けるという一人一人の選択がある。それを見ていると、ワグナーがスーダンに行っているとか、ロシアが核兵器を使おうとしているなんていう話は、まったくあり得ないことがよくわかる。この人たちは、そんな安っぽい現実を生きているのではないことが、はっきりとわかるからだ。

ガスパイプライン、ノルド・ストリームの爆破については、アメリカのジャーナリスト、シーモア・ハーシュが、バイデン政権が指示したという調査を発表してから、実はウクライナのグループの犯行だとアメリカとドイツのメディアが同時に言い出していた。それも、まったく何の根拠もないような作り話なのだ。犯行に使ったのがバカンス用のレンタルヨットだというので、世界中で大笑いしていた人が大勢いた。小型ヨットではやはりあまりにも嘘っぽいと思ったのか、あれからあまり言わなくなってしまったけれど、すると今度は、爆破された海域で、小型潜水艦つきのロシアの軍艦が目撃されていたということが、今になってわかったとドイツのメディアが報道していた。小型ヨットじゃやっぱり誰も信じないというので、今度はロシアの潜水艦だということにしたのだろうか? その海域は、NATOも厳重に監視しているのに、ロシアの軍艦が通ったのを、今まで見逃しているわけがない。しかも、それをデンマーク海軍が見ていて、写真に撮っていたといって、その画像が証拠写真として出されていた。

これについては、もうSNSでジョークが出始めていて、ロシアの軍艦の写真が出るまでに7ヶ月もかかったなんて、フォトショップの使い方を覚えるのにそんなにかかったのか、と書いてあり、コンピュータの画面で、物を右や左に移動させている動画が拡散されていた。小型のレンタルヨットでやったという話に死ぬほど笑っていた人たちは、今度も大笑いするだろう。これまで何十年も、筋も通らないような話を現実だと信じ込まされて、私たちは何が現実なのかが定かでないような世界で生きさせられてきた。だけど、本物がどんな風なのかがわかってしまったら、これまで信じてきた虚構も、爆笑してしまうばかりだ。これこそは本物が持つ力なのだ。本物を見てしまったら、でっち上げられた虚構の嘘くささは、もう鼻についてしまう。

水瓶座の時代に入ったからなのか、今までずっと現実と思ってきたものが、実は意図的に作られ広められていた嘘にすぎなかったことが、殻がはがれるように表に出てきている。そして、その下から現実の世界が現れてくるとき、現実というものは、本当はこんな風に複雑で奥深いものだったということを、私たちは思い出すのだ。これまでの古い世界が崩壊していくときに、新しい世界が生まれてくるのは、おそらくはこの現実の感覚からなのだろう。

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画像は、映画「チャンレンジ」の宇宙ステーションの場面


転載ここまで、、、


 

 https://twitter.com/RusEmbassyJ/status/1652495714633785344