トランプの誤解、保守とリベラルの捻れ~松田まなぶのビデオレター~ | 松田学オフィシャルブログ Powered by Ameba

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日本を夢の持てる国へという思いで財務省を飛び出しました。国政にも挑戦、様々な政策論や地域再生の活動をしています。21世紀は日本の世紀。大震災を経ていよいよ世界の課題に答を出す新日本秩序の形成を。新しい国はじめに向けて発信をしたいと思います。

 就任後、早速、世界に強烈なインパクト与えているトランプ大統領、本当にアメリカは大丈夫なのかと心配する方々も多いと思いますが、今回は、偉大なるアメリカを取り戻すとする同大統領の経済政策について考えてみます。

 

●大統領就任演説とトランプノミクス

 1月20日のトランプ大統領就任演説のうち、経済政策に関連するポイントを抜き出したのが、下図です。
 その中で目立つキーワードは、「工場」、「労働者」、「中産階級」、「保護」、「米国人の雇用」…。これを「アメリカ第一」、「自国の利益優先」で達成するというところに、トランプ政権の立ち位置が象徴されています。

 これで果たして、本就任演説の結論である「We will make America great again!」が実現するのでしょうか。

 トランプ大統領の経済政策の基本方針を整理したのが下図です。

 いわゆる「トランプノミクス」であり、これは、①大幅減税、②財政拡大、③規制緩和、の3つを柱とするもので、80年代前半のレーガン大統領の「レーガノミクス」と類似している面があるとされています。
 
 図のうち、大統領就任後に就任演説や主要政策で正式に公表された内容が下線で示してあり、その他は、トランプが選挙時に述べていたことなどからまとめたものです。

 トランプノミクスの目標としてトランプ大統領は、10年間で新規雇用創出2,500万人とともに、経済成長率を4%に引き上げることを大統領就任演説で打ち出しました。

 まず、この4%成長率目標ですが、21世紀に入ってからの米国経済の平均成長率は1.8%で、米国の潜在成長率は2%程度とされる中で、その達成は必ずしも容易ではありません。

1970年~2000年の30年間でも平均成長率は3.2%で、最後に4%台をつけたのはITバブルの2000年でした。よほどの画期的な政策が必要になります。

 そこで、3つの柱ということになりますが、ここで留意すべきなのは、これらのうち、①の大減税も、②の財政拡大も、米国では予算編成権は議会にあるため、議会の議決がなければ実現しないということです。

 しかも、①のレーガン以来の税制改革と言われる法人税や所得税の減税も、②の10年間で1兆ドルという数字も出ているインフラ整備も、巨額の財源が必要になりますが、共和党は伝統的に財政規律と「小さな政府」を重視する勢力です。

 従って、これらの実際の中身が決まるのは、議会両院で多数を占める共和党との調整を経て、実際には本年秋ごろになるとも言われています。

 レーガンの場合、②の財政拡大は、核ミサイルで「米ソパリティー」を達成するなど軍事費の増大でした。トランプの場合は内向きの国内インフラ整備が柱になっている点が異なりますが、トランプも、オバマ政権下で縮小に転じた軍事費の増大を図るでしょう。

 いずれにしても必要となる巨額の財源をどうするかが問題になります。トランプやその周辺などが言及してきた財源案としては、概ね次の4つが挙げられるところです。

 第一に、10年間で1超ドルの歳出カット。これは共和党も基本的に支持できるとしても、1兆円のインフラ投資の経済効果を減殺する形になってしまいます。

 第二に、米国企業が海外に溜め込んでいる270兆円とも言われる巨額の利益に対する課税です。ポイントは、そうした利益を国内に還流させた場合は税制優遇措置をとることにあります。国内に資金を確保することも、マクロ的にみれば財源確保に貢献します。

 米国はかつて2004年に「本国投資法」で33兆円の資金を米国に回帰させた実績があります。当時はそれがドル高を導く原因にもなりました。

 第三に、在外駐留米軍基地負担のアップを同盟国に求めることです。早速、トランプは日本にもこれを求めていますが、日本の場合、残りは米軍の人件費ぐらいとされるほど目いっぱい負担しているので、仮にアップしても、象徴的な範囲にとどまるでしょう。

 第四に、トランプノミクスの3つめの柱である規制改革の焦点は、エネルギー、金融、ヘルスケアとされてきましたが、その中でも重点がエネルギーに置かれていることが就任後、明らかになりました。この産業部門を活性化することで財源を確保することが「主要政策」に盛り込まれました。

 この規制改革については、シェールも含めた米国内でのエネルギー開発を促進し、国内でのエネルギー自給を進め、そのために環境関連の規制を撤廃することが、米国内の雇用増にもつながるとの論理です。

 トランプは気候変動対策の画期的な国際合意であるパリ協定からも脱退する意向です。この点、地球環境という普遍的価値の唱道には背を向けるという意味でも、反「ウィルソニアン」といえるでしょう。

 以上のトランプノミクスは、レーガノミクスと擬せられ、画期的な偉大なる経済政策になる、レーガン同様の歴史上、類まれなる大統領の誕生で、マーケットのトレンドは大転換したとの楽観論も聞かれます。

 確かに、トランプの勝利以後、ドル高、金利上昇局面に米国経済は移行し、ニューヨークダウ平均株価も、初めて2万ドルを突破する値をつけるに至りました。
 現状、米国経済は先進国一の良好な状態にあり、これから長きにわたって米国経済の新たな繁栄の局面が訪れるとの予想が成り立ちそうな勢いではあります。

 

●本当に強い大統領になるのか?

 ただ、上記のトランプノミクスで本当にそうなるとは直ちにはいえない問題があります。

 第一に、現代の行政や政策はシステムで動いています。政治がそのメカニズムを全否定することには限界があります。

 いくらトランプが強い大統領でも、それだけで大統領の考えどおりになるものではないでしょう。

 例えば、外国とのディールの一環として同盟関係の見直しもトランプは示唆してきましたが、日米同盟の場合、その軍事体制はすでにシステムとして一体化しています。これを崩すと米軍自体の機能が大きく損なわれる可能性が強いでしょう。日本には米軍の「本社機能」の相当部分が置かれているとされます。

 ちなみに、横須賀と佐世保には、太平洋に展開する米国原子力空母のような大型艦船の海水を完全に抜く「乾ドック」があり、ここで整備をしないと、シアトルに1~2週間かけて帰らねばならなくなり、西太平洋地域における米軍の展開は難しくなるとされます。

 第二に、米国議会やトランプ政権の閣僚たちとの関係です。トランプの主張は、共和党主流派とは外交、通商、財政など主要政策で意見が違う点が多い。閣僚候補たちが公聴会で示した見解もトランプとは異なっているものが多々あります。

 あまり一般には意識されていないことですが、米国の政治は決して大統領中心ではない面があります。

 これは大樹総研における筆者の同僚であり、トランプ政権の誕生で最近はTVでも引っ張りだこの中林美恵子・元衆議院議員(早稲田大学准教授、米国連邦公務員を経験し、共和党と幅広い人脈)が述べていることですが、米国議会の役割は日本の国会の比ではないそうです。

 大統領が予算教書発表や法案起草をしても、米議会からみると行政府からのリクエストが届いたということに過ぎません。

 現在、上下両院とも共和党が多数という、近年の大統領が滅多に経験しなかったほど珍しい、「ねじれ」のない議会情勢ですが、その共和党は前記のとおり「小さな政府」の立場に立ち、外交政策もトランプ氏とは真反対の面が多いようです。

 特に、その共和党は来年11月に中間選挙を控えています。当然、共和党議員たちは地元や世論を見据えた対応をせざるを得ないでしょう。

 トランプがやりたい政策も、共和党との取引で花を持たせてもらう形で限定的になされるということになる可能性が高いかもしれません。議会共和党との連携がトランプの最大の課題になるでしょう。

 第三に、トランプ大統領誕生直後の支持率が、少なくとも近年の大統領誕生時との比較では最低の40%しかなく、世論のバックがあるとはいえないということです。

 トランプの手法はツィッターです。フォロワーは2000万人を超すとされ、SNSの力でのし上がってきました。この点、かつて「アラブの春」がSNSで既存の体制に対する革命を起こしたのと似ている面があります。フォード社もトヨタも、企業はツィッターでつぶやかれたらたまらないでしょう。言うことを聞かざるを得ません。

 これは確かに一つの権力ではありますが、賛成者と反対者で米国の分断を強める可能性があります。

 

●保守主義とは?

 さて、米国でも日本でも欧州の多くの国々でも、政治の対立軸といえば「保守かリベラルか」です。

 トランプ大統領は共和党であり、この分類では保守主義者ということになりますが、同氏の主張や政策は、そもそも保守主義とは何なのかと考えさせられてしまうものです。

 もともと、日本と米国とでは、保守主義には「ねじれ」があります。

 日本の保守政党の代表は自民党ですが、自民党の代表的な政策は何かといえば、公共事業です。これは米国人からみると、奇異に映るようです。

 公共事業というのはリベラルの政策ではないか、と。

 筆者がかつて、保守主義者の牙城でもある国家基本問題研究所(櫻井よしこ理事長)の企画委員をしていたとき、これからの日本の主要政策のキャッチの一つとして「日本版ニューディール」を唱えたところ、企画委員会の同僚であり米国政治の専門家である島田洋一・福井県立大学教授から「ニューディールというのはリベラル派の言葉なので使わないほうがよい」と「注意」を受けたことがあります。

 言うまでもなく、米国のニューディール政策とは、民主党のフランクリン・ルーズベルトがテネシー渓谷開発などの大規模な公共事業を展開したことで知られる政策です。トランプの政策の重要な柱はインフラ整備、つまり公共事業です。

 これは渡辺靖・慶応大学教授から聞いた話ですが、日本では保守はどちらかといえば憲法改正派、リベラルは護憲派である一方、日本もどの国でも同性愛を法律上認めよと主張するLGBT運動はリベラル派のものであるのに、日本国憲法には第24条で「婚姻は、両性の合意のみに基いて成立する」と規定されています。LGBTの立場に立つなら、現行憲法を一言一句変えるべきではないというリベラル派の主張はおかしなことになってしまうという指摘です。

 保守とリベラルとの捻れが、今度は米国内で生じているようです。

 トランプの先の就任演説のキーワードを振り返ってみても、保守は「自立」を唱えるのに対しトランプは「保護」、保守は「小さな政府」を唱えるのにトランプは「新しい道路、高速道路、橋、空港、トンネル、鉄道を造る」(公共事業)、トランプが軸足を置く「労働者」も本来はリベラルの立場ですし、早速トランプが企業に口先介入していることも保守が拠って立つ自由市場経済の論理には反します。

 「自国の利益優先」の内向き志向も、どちらかといえば反共和党的でしょう。

 もしかすると、これは各国共通に起こる可能性のある政治の対立軸の変化なのかもしれません。

 

●偉大なるアメリカへの障害はトランプの国際経済への誤解

 ただ、トランプが「偉大なるアメリカを取り戻す」としているのは、日本の安倍総理が「日本を取り戻す」としたのと共通ではあります。この点では保守ともいえないことはないかもしれません。

 しかし、トランプが取り戻そうとするときに意味するアメリカとは、1950年代のアメリカです。その頃とは国際経済のパラダイムは大きく変化しています。

 トランプの最大の問題は、彼の頭には古き時代の国際経済関係があり、近年のパラダイム変化に対する理解が薄いことにあるのかもしれません。もし、理解した上で発信しているのなら、それは世界に誤ったメッセージを出すことになり、一層、罪深いでしょう。

 少なくとも、現在の国際経済のメカニズムに反する政策で「偉大なるアメリカ」を本当に取り戻せるのかは疑問です。

 議会が決定する予算や法律などとは異なり、外国との条約などの国際合意や通商政策などについては大統領に大きな権限があります。

 大統領就任後、トランプは早速、通商政策について正式な決定を下しました。それが、「主要政策」や大統領令で出されたTTPからの脱退であり、NAFTA(北米自由貿易協定)の再交渉です。

 しかし、トランプノミクスが擬せられるレーガノミクスが偉大なる米国経済の繁栄をもたらしたのは、それが国際的なオープン・エコノミー(開放経済)を土俵に展開されたからでした。「双子の赤字」で世界中からモノとカネを吸引し、高い国内支出水準を達成することで世界経済と米国経済の好循環を導いたのがレーガノミクスでした。

 それは、基軸通貨特権を活用しながら、米国世界の資金循環センターとしての米国の繁栄を築くことにつながりました。

 貿易赤字を損失(ロス)だと表現するトランプは、輸出は売上で、輸入は経費だと言うのでしょうか。一国経済と企業経営とは異なります。

 ここに国際経済のメカニズムに対するトランプの深刻な誤解があり、恐らく、この点がトランプノミクスの成功の上では最大の壁となるでしょう。

 この点については改めて取り上げます。

 米国が世界に普遍的価値を提唱するウィルソニアン型のアメリカを放棄した世界において、現在の国際経済のメカニズムを支える自由経済圏の普遍的ルールを提唱、推進し、トランプノミクス成功の環境を維持促進しようとする役割は、誰が担うのでしょうか。

 人類普遍の価値である「法の支配」や民主主義、人権や「人間の安全保障」、核不拡散や地球環境(気候変動対策)等々を掲げて世界をリードするのは、誰なのでしょうか。

 そこに、トランプ政権の誕生が促進することになる日本の国際社会におけるアイデンティティー確立のゾーンが存在すると思います。

 

松田まなぶのビデオレター、第54回は「トランプの誤解、保守とリベラルの捻れ」。チャンネル桜、1月24日放映。