あなたの趣味は何か、と聞かれますと、私は必ずチェロ演奏と答えていますが、プロフィールの趣味の欄には、これと並んで、「俳句」と必ず書いております。
と言っても、もう四半世紀も前に大蔵省の先輩たちの句会の世話役をしていたご縁から、この世界に足を踏み入れ、その後、20年以上、作句から離れていたのですが、昨年から、横浜市開港記念会館で開催される某句会に時々、参加するようになり、思い出したように素人作句にいそしんでおります。
本年9月某日の句会に久しぶりに参加しましたが、今回の兼題は「肌」。これは季語ではありませんが、次の句を提出しました。
◎肌つたふ 手水(ちょうず)やや冷ゆ 例大祭 まなぶ
毎年、秋には靖国神社で秋期例大祭が行われます。8月15日に参拝したときに比べると、参拝前に手を洗う手水も、ちょっと冷えた感じがする。やっぱり秋だな。
国会では、稲田防衛大臣が8月15日に靖国参拝をしなかったことについて、ご本人のこれまでの発言や思想信条とは違うとして、民進党の辻元清美議員から厳しく追及されていましたが、この時に稲田防衛大臣が涙ぐんだことが随分と話題になりました。
時には自らの思想信条を抑えて国益に尽くさなければならないのが為政者の立場。
それを追及するほうも追及するほうだと思いますが、稲田大臣の涙?には色々な批判が聞こえてきます。
ただ、これは本当に泣いていたかものかどうかわかりませんし、演技とは言わないまでも、参拝しなかったことの悔しさを表現することで、少なくとも、日本の右寄りの方々の気持ちに、ある程度、応えることになったのではないでしょうか。
その意味で、私には立派なパフォーマンスだったように見えました。
極右政党の台頭が懸念されている欧州などとは異なり、日本では極右は政治的に力を持ちません。日本人は極右に対する強い警戒心があります。
そのことを、私は自ら、選挙で実感しています。
私が属していた「たちあがれ日本」も、日本維新の会の分党でできた「次世代の党」も、決して排外的な右翼でも極右でもありませんが、一部の熱烈な応援者は別にして、政治的には、期待されたような広範な国民的支持を得ることはできませんでした。
特に、次世代の党は、極右と誤解されたことも、党勢拡大の妨げになったようです。
保守の多くの支持者の方々からみれば、安倍政権があるではないか、右寄りとの代表格とみなされてきた安倍氏が総理である限り、安倍政権に期待すればよい、他の勢力の台頭は不要だ、ということになります。
ただし、その安倍政権、実際には、必ずしも右寄りの方々の期待通りに政治を進めているわけではありません。戦後70年談話や、従軍慰安婦問題についての日韓合意を始め、実際に採っている政策をみると、安倍総理は保守ではないなどと批判する論者もいます。
政権を担うというのは、政権を担う者自身の思想信条とは異なる次元で重いものを背負うことになります。
私もささやかながら、財務官僚として、自らの信念と国の政策の立場とのやむを得ざる乖離は嫌というほど経験しました。
その時々の国益を優先するのが本物の保守だと思います。
思想信条も、その実現には、順序と国際情勢などの流れというものがあります。
反対勢力の反対を押し切ることだけが強い政治ではありません。
時に、支持勢力の反対することでも、国益のためには遂行するのが、強い政治だと思います。思想信条についての信頼があるからこそ、支持勢力も支持する。
これは保守とは逆の立場の話ですが、現在の強いドイツ経済の基礎を作ったのは、労働者側に立つ政権でありながらも、労働市場改革を断行したシュレーダー政権でした。労働者側に立つ政権だからこそ、彼らにとって痛みの伴う改革を実行できたという指摘もあります。
右寄り勢力から信頼されている安倍政権だからこそ、日本の政治は、極端な右傾化を回避しつつ、保守政治を現実的な路線で着々と進められる状況になっているのだと思います。
話を俳句に戻しますと、今回の句会には次の句も出しました。
◎虫採りの 子に蜩が 夕餉告ぐ まなぶ
…句会の先生からは、「が」が良いとのお褒めのことば。
◎アスファルトに へばりつき鳴く 秋の蝉 まなぶ
◎ママたちも 慣れぬ晴れ着の 七五三 まなぶ
◎来し方は 流さるるまま 秋の鮎 まなぶ
…これからは流されてばかりというわけにはまいりません。
◎助手席の 汝(な)は言葉なし 星月夜 まなぶ
…無口な女性が助手席で黙り込んでいるのではありません。クルマから見える夜空の無数の星の美しさに言葉も出ないという意味です。
合間をみて、これからも作句できればと思います。