さらに異次元の世界へ飛躍した日銀の異次元緩和~総括的検証を検証する、松田まなぶのビデオレター~ | 松田学オフィシャルブログ Powered by Ameba

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日本を夢の持てる国へという思いで財務省を飛び出しました。国政にも挑戦、様々な政策論や地域再生の活動をしています。21世紀は日本の世紀。大震災を経ていよいよ世界の課題に答を出す新日本秩序の形成を。新しい国はじめに向けて発信をしたいと思います。

さらに異次元の世界へ飛躍した日銀の異次元緩和~総括的検証を検証する、松田まなぶのビデオレター~

 デフレ克服に向けて2013年4月から日本の金融政策が踏み出した「異次元緩和」、このところヘリコプターマネーへの待望論が出るほどまでに行き詰まり感が台頭していました。 

 事態打開に向けて、もしかすると適切な「出口戦略」も視野に入れて、今回、9月21日、日銀はこれまでの異次元緩和政策について総括的検証を行い、新政策を発表しました。

 これがクリーヒットになるか…。ただ、発表後しばらくしてかえって円高になるなど、マーケットは完全に消化しきれていない面がありました。

 実は、今回の日銀の政策、私は、「異次元」緩和が、さらなる異次元の世界へと飛躍したものだと解釈しています。

 これは、中央銀行による国債保有額がGDPの8割に達するまでに至り、日本の金融政策がすでに未踏の地に到達していたからこそ拓けた新境地だと思います。

 このところ、松田まなぶのビデオレターでは「永久国債」オペを順次、論じてきましたが、これも日銀が未踏の地を進んできたからこそ議論になるもの。

 今回は、必ずしも十分に理解されていない日銀の「総括的検証」を検証した上で、私からの「政府と日銀との間のデット・エクイティー・スワップ」の提案にも触れてみました。

 

●オーバーシュート型コミットメント【時間軸政策】

 日銀が今回、現在のアベノミクス「異次元の金融緩和」政策に導入した新たな手法のポイントは、「イールドカーブ・コントロール」と「オーバーシュート型コミットメント」の2つです。

 まず、オーバーシュート型コミットメントですが、これは、少し先の将来に向けて市場に展望を示すことで、民間経済主体の行動に影響を与えようとする「時間軸政策」の考え方に基づくものです。

 そもそも「黒田バズーカ」とも言われる現在の異次元緩和政策は、2013年4月に開始されたもので、当時、本政策は、次の3つの「2」という数字に代表されるものでした。

 すなわち、その時から「2年」の間に、日銀が市中から国債を購入するなどしてマネタリーベース(日銀が供給するおカネ)を「2倍」にすることで、物価上昇率を「2%」にまで引き上げる(2%の「インフレ目標」の達成)というものでした。

 その後3年半を経た現在、国債の「爆買い」で日銀の保有国債は3倍以上(2013年3月末125兆円⇒2016年8月末397兆円、3.2倍)、日銀の資産額も3倍近く(同164兆円⇒453兆円、2.8倍)、これに伴い、マネタリーベースも約3倍(2013年3月平残134.7兆円⇒2016年8月平残401.0兆円)となったにも関わらず、インフレ率(消費者物価指数、生鮮品除く全国総合)は今年度に入り、前年比マイナス(8月は▲0.5%)にまで落ち込んでいます。

 つまり、当初設定したとおりに政策を打ったものの、目標は未達、達成時期の先送りが続いてきたわけです。

 本年2月に、日銀はこれでもかとマイナス金利政策に踏み切りましたが、それによる長期金利も含めた金利全般の更なる低下や、国債利回りまでがマイナス圏に突入するに及び、民間金融機関からは貸出利ざやの縮小による収益圧迫がかえって貸出を阻害するとの声が、また、生保を始めとする機関投資家など長期運用サイドからも運用収益の過度の低下による運用難の声が上がるなど、混乱ももたらされることになりました。

 その中で金融政策の「手詰まり感」が指摘されるようになり、日銀当局としても、市場を安心させ、異次元緩和を進めていくための「次の一手」を打たざるを得なくなったわけです。

 目標未達の原因として、今回の総括的検証で日銀は、①原油価格の下落、②消費税率引上げ後の需要の弱さ、③新興国経済など国際情勢(外的要因)を挙げています。

 ③の外的要因とは、国際金融情勢の不安の中で世界の市場が「リスクオフ」状態になり、安全資産である円資産への逃避が円高を生み、これが景気を冷やしたり、あるいは円高による価格引き下げ要因が物価を弱含みにしたことを指すものでしょう。

 さらに日銀は、こうして実際に物価が低迷したことで、④「適合的な期待形成の要素が強い予想物価上昇率が横ばいから弱含みになったこと」を、もう一つの総合的な原因として挙げています。

 つまり、人々が予想する物価上昇率は、これまでの過去の情報に依存して形成されるという「適合的期待」によるものだという見方に立てば、実際に物価が上昇し、それが定着し始めて、人々が予想物価上昇率を引き上げていくには時間がかかるという、ごく当たり前のことです。

 そこで今般、日銀は「フォワードルッキング」、つまり、当局が将来に向けた政策を表明することで、家計や企業などの民間経済主体が将来動向に関する期待形成を変えて、行動が変化するという考え方を強く打ち出しました。

 これが、「合理的期待形成」の考え方に基づく「時間軸政策」です。

 具体的には、①2%の目標達成について「いつまでに」との期限設定はやめ、②これに腰を据えて取り組み、しかも、③2%目標が達成されたからといって「出口」にはせずに、2%超の状態がしばらく安定するまで今の異次元緩和を続けることとしたわけです。

 これまで2%インフレ目標といっても、いかなる状態になれば目標達成なのか必ずしも明確ではありませんでしたが、それが今般、初めて具体的に示されたと評価されています。

 私は、ここでさらに重要なのは、「マネタリーベースについて長期的な増加にコミットする」と明示されたことだと思います。

 

●イールドカーブ・コントロール

 しかし、そもそも人々の「適合的期待」を上げていくためには、現実に物価を上昇させる必要があります。そのためには、日銀が国債購入で懸命に増やしているマネタリーベースではなく、「市中マネー」(マネーストック)を増やす必要があります。

 ここで大事なのは、この両者が異なるものであることへの理解です。

 日銀が国債を市中から購入すると、その代金が日銀当座預金の口座に振り込まれます。

 日銀当座預金とは、決済機関である銀行が、銀行と銀行との間や銀行と政府との間の決済、あるいは預金の引き出しに備えた準備のために、日銀に有する口座です。

 これは日銀券(お札)と同様、日銀の負債です。

 マネタリーベースとは、日銀当座預金と日銀券残高の合計のことを指します。

 これは日銀が直接増やせるおカネです。

 異次元緩和による国債「爆買い」で、日銀当座預金は3年半の間に、58.1兆円(2013年3月末)から303.5兆円(2016年8月)へと約5倍に増えました。

 これと日銀券残高を合せたマネタリーベースは、前述のように401.0兆円へと、約3倍にまで増えていますが、銀行は、この300兆円あまりの日銀当座預金を取り崩して市中への貸付など運用に回すのではありません。

 私たちが手にするおカネである「市中マネー」とは、日銀券残高と民間銀行の預金残高の合計です。民間銀行の預金残高を増やすのは、民間銀行の信用創造です。

 銀行の本業は、貸付先の預金口座に振込みをすることで「市中マネー」を創出する機能を発揮することにあります。

 日銀当座預金は、▲0.1%(本年2月からのマイナス金利適用分)、0%(準備預金分)、0.1%(科年度までの超過準備分)と、ゼロ%近辺の最低金利水準ですから、銀行としては、ここに預金を積めば積むほど全体的な資産収益率が低下してしまいます。

 そこで、これに比べればより金利や利回りの高い貸付などの市中運用を増やすことに追い込まれる。こうした「ポートフォリオ・リバランス」効果を通じて「市中マネー」を拡大させ、2%物価目標の達成に結び付けるというのが異次元緩和のメカニズムです。

 ところが、現実に何が起こっていたかといえば、3年半の間に、日銀当座預金の積み上がりによってマネタリーベースは約3倍(2.98倍)まで増えているのに、肝心の「市中マネー」は1割強(12.9%)しか増えていないという現象です。

 つまり、銀行の信用創造が期待ほど増えず、2%物価目標など覚束ない状況でした。

 なぜこうなるのか。

 その原因として今回の総括的検証で認識されたのが、「イールドカーブ」(利回り曲線)が、低い水準で、横に寝過ぎた形になっていることでした。

 イールドカーブとは、次の図のように、縦軸を金利水準、横軸を運用期間(時間)とするグラフを描くと、期間が短いものから長いものに向けて、金利水準が上がっていく形で描かれる右肩上がりの曲線です(この図では直線になっていますが)。

 大まかにいえば、銀行は預金やコール資金など、金利の低い短期資金を調達し、それがコストとなりますが、これを、より金利が高く、より長期の貸付などの運用に回し、それが収入となる形で、長期と短期との金利差である利ザヤを稼ぐことで収益を上げるというのが、銀行の基本的なビジネスモデルです。

 しかし、近年、長期にわたる金融緩和政策で、短期金利だけでなく長期金利も低下し、銀行の利ザヤが小さくなってきたところに、異次元の金融緩和でさらに利ザヤが縮小し、本年2月からのマイナス金利政策で長期金利の中心である10年物国債利回りまでマイナスに沈むに及び、民間金融界からは悲鳴が上がるようになっていました。

 金融庁がいくら中小企業への貸出を増やせと音頭をとったところで、預金金利は最下限(メガバンクでは0.001%)に張り付いてもプラスですし、人件費や管理費などの諸経費もかかる中で、わずかの金利収入ではとても商売にならず、貸出を増やすメリットはない、ということになります。

 こうして銀行の収益基盤が弱れば、財務状況も悪化し、信用創造への対応力も弱ることになります。この点について、金融庁も警告を発するようになっていました。

 

 国債の爆買いとマイナス金利政策により、これまでの異次元緩和は、長期短期両面にわたってイールドカーブの位置を全体的に下方に引き下げてきました。

今回の日銀の新手法は、このイールドカーブを立てる、つまり、より急な勾配の形状にすることで、長短金利の差を確保しようとするものです。

 ただ、これについては色々な議論があるでしょう。「そもそも銀行には、中小零細企業や個人などが必要とするおカネを供給する公共的使命がある。」

「いま、カネ詰まりが言われている中で、多くの事業者は多少金利が高くても銀行融資を必要としており、銀行としては、融資先のリスクの度合いに応じて金利を高く設定すれば貸せるはずであるが、土地担保と信用保証に依存する体質の中で、銀行自身の目利き能力やリスク管理能力が不十分なのは、銀行側の怠慢である。」

こうした批判は当然ありますが、銀行にモラルやスキルのアップを求めていても、即効性ある問題解決にはならないでしょう。

あまりに金利が低いのは、金融システムのユーザーにとっても、運用収入の低迷や投資機会の制約などの問題があります。現状では、長短金利差の確保で銀行の貸出増と「市中マネー」の増大を狙うしかないでしょう。

 

●前人未到の領域に踏み込んだ日本の金融政策

 今回注目されているのは、この政策で、近年、マネーの量をコントロールする「量的緩和」の手法を講じてきた日銀が、金利を目安とする手法に転換したとされることです。

 加えて、イールドカーブを「コントロール」するということは、すなわち、日銀として長期金利を操作すると言うに等しいのですが、従来、短期金利は操作しても、長期金利は操作できないというのが、中央銀行の常識でした。

 通常、長期金利は、期待経済成長率などを反映して市場で決まるものであり、中央銀行は短期金利を操作して長期金利に間接的な影響を与えられるにとどまるとされてきました。

 マイナス金利のマイナス幅を拡大しない限り、イールドカーブをコントロールして立てるということは、長期金利を引き上げる、ということを意味するものです。

 現に日銀は今般、マイナスに沈んだ10年物国債利回りをゼロパーセントまで持っていくことでイールドカーブを立てることとしており、また、今後、長期国債の購入に当たっては、必要とあらば、利回りを先に決めた「指し値」で購入することもあるとしています。

 今回の措置については、異次元緩和の出口に向けた「テーパリング」の開始ではないかという見方もある。テーパリングとは、量的金融緩和の縮小を意味する言葉です。

 つまり、中央銀行による毎月の資産購入の規模を段階的に縮小し、最終的に資産購入額をゼロにしていくことを指すもので、「tapering」とは、細長いロウソク(taper candle)が徐々に燃え尽きていくように、先細りになっていくことをイメージするものです。

 この言葉は、かつて米国FRBのバーナンキ議長(当時)による異例の量的金融緩和の縮小(テーパリング)の示唆が、米国債市場を始め国際金融市場に大きな波乱を巻き起こしたことで注目されるようになったもので、現在もFRBは、イエレン議長のもとで慎重にテーパリングを進めています。

 日本の場合も、これまでの金融政策の枠組みのもとで、現在、年間ネットで80兆円規模でなされている国債購入のペースを少しでも落とそうとすれば、急激な長期金利の上昇による様々な混乱が予想されます。

 「出口戦略」をどう描くかが異次元緩和の最大の課題であり、問題であるとされてきましたが、黒田日銀は、ここに一つの答を出したのではないかと思います。

 つまり、黒田総裁は今般の総括的検証によって、国債の購入ペースを緩めることはないとして、長期金利急騰のリスクを回避する一方で、イールドカーブ・コントロールにより、その結果として国債購入額が増減することはあり得るとしています。

 これは、将来、国債購入額を実際に減らした局面においても、「いま行われている大胆な異次元緩和は、適切なイールドカーブの確保によって実現されていくものである」として、金融緩和の度合いが不変であることを別のパラダイムから説明できるようにするための布石といえます。

 戦後、長期金利を操作目標とする金融政策を営んだ中央銀行の例はないとも言われます。

 大量の国債購入でGDPの約8割にまでベースマネーを拡大させた日銀の異次元緩和それ自体が、すでに前人未踏の地に踏み込んでいます。

 そうであればこそ、イールドカーブ・コントロールという、更なる前人未踏の領域へと日本の金融政策は進化を目指せる位置に到達しているといえます。

 

●政府と日銀との間のデット・エクイティー・スワップの提案

 しかし、これがそう遠くない時期に所期の目的を達せられるかどうかは未知数です。

 マネタリーベースならともかく、市中マネーの場合、その規模は市場での資金需給などによって決まる面が大きいからです。

 銀行が貸出など運用を増やそうにも、肝心の資金需要が実需の面で増えていかなければ限界があるでしょう。

 金融政策は環境を創るにとどまります。それだけで市中マネーが拡大し、成長率が上昇し、インフレ目標が達せられるというものではありません。

 やはり、実需をどう増やすか、政策面では財政政策との緊密な連携がテーマになります。

 ならばこそ、日本の金融政策をさらにもう一歩、前人未踏の「永久国債オペ」へと進ませることを考えてみたいと思います。

 日本の財政金融政策は、それができる地点にあるのではないでしょうか

 

 日本の財政当局が財政規律の根幹としている国債の「60年償還ルール」は機能していないこと、国債の元本返済のための「定率繰入」のために、毎年度の国債発行額は、国債発行残高の60分の1に相当する金額分、多くなっていることなどを取り上げてまいりました。

 日本の現状は、国債の全額について借換債でロールオーバーを続けているのと同じです。

 ただ、だからと言って、私は60年償還ルールをやめろとは言いません。世界に類例なき厳しい財政規律の原則は維持すべきです。

 しかし、維持するなら、本当の「減債」になるよう、永久国債オペで国債を事実上、消滅させてはどうか。

 ならば、今年度予算で13.7兆円にのぼる定率繰入も、その分、不要になる、ならば、同じ国債発行額で実需を増やす財政支出におカネを回せるようになるのではないか。

 このオペは、異次元緩和で膨れ上がった日銀保有国債の一部を、元本が返済されない金融資産に変換するという意味で、一種の「政府と日銀との間でのデット・エクイティー・スワップ」のようなものかもしれません。

 そもそも日銀券も、永久日銀債務証書であることにも留意すべきでしょう。

 今回の「検証」で、日銀は「マネタリーベースについて長期的な増加にコミットする」としましたが、永久国債オペは、それに向けた決意のシンボルにもなる「異次元財政金融政策」かもしれません。

 今後、このオペが現実に可能な範囲や実行の条件について、さらに議論を進めていきたいと思っています。

 

 松田まなぶのビデオレター、第46回は「日銀の新政策を検証する」チャンネル桜、9月26日放映。