機能していない国債減債制度と永久国債~財政財源を生み出す道はある~松田まなぶのビデオレター
●もっとおカネを回すために
老後の不安と、少子化。この2つをどうするかが、これからの日本経済や国力の決め手になると思います。
老後の不安は個人消費の低迷による経済停滞の問題に、少子化は長期的な成長力の問題につながっています。
政府は「働き方改革」に経済政策の最重点を置いており、確かに、それによる労働参加率や生産性の上昇は不可欠ですが、肝心の需要が増え、おカネが回っている経済状態であってこその「改革」ではないでしょうか。
国民総委縮状態のもとでは、企業も個人も身動きがとれません。
今年4-6月期の実質経済成長率は、速報段階での年率0.2%が、改定値で年率0.7%に上方修正され、今年の「うるう年要因」を除去すれば、年率1.7%へとさらに跳ね上がるとされます。
しかし、中身は、マイナスの超低金利で伸びている住宅投資と公共投資。これら政策要因による成長で、個人消費はほとんど伸びていません。
医療も介護も貯えも、安心でそこそこ豊かな老後をほとんどの国民が描けない国。
将来不安の中で財布の紐が固い状況がずっと続いています。
少子化については、欧州には、子どもを3人も産めば働かなくても済むだけの給付金がもらえる国々があります。
老後の不安も少子化対策も、いずれも社会保障費の財源問題に行き着きますが、日本の消費税率は欧州の20%前後に比してあまりに低く、税率引上げはさらに経済を停滞させるという袋小路にあります。
今般、日銀は金融政策の総括的検証を行いましたが、異次元緩和でいくらベースマネーを増やしても、市中マネーの回転は未だ十分とはいえません。
2%のインフレ目標もさることながら、国民の実感として、必要なところにおカネが十分に回っていないのではないでしょうか。
なんとかブレークスルーの道はないものだろうか。
こんなところにも、ヘリコプターマネーのような新機軸への待望論が出る背景があります。
松田まなぶのビデオレターでは、このところ「永久国債とヘリコプターマネー」を取り上げていますが、今回は、これを日本の世界に冠たる国債償還制度との関係で論じています。
この仕組みはあまり知られていませんが、実態は機能しておらず、永久国債を論じる上での重要なポイントになります。
●永久国債とは…
そもそも永久国債とは、その保有者に対して、国が元本は返済せず、金利だけを支払い続ける国債です。
こんなものできるのか、と言われるかもしれませんが、英国に「コンソル公債」と呼ばれる永久国債の事例があります。
これは、18世紀初めのナポレオン戦争で悪化した財政を立て直すために、金利だけを支払う国債として英国政府が発行したもので、その後、近年に至るまでロンドン金融市場で取引されていました。
1752年に、政府の財政問題に対処し債務をまとめる(コンソリデート)ために、最初のコンソル公債が利子率3.5%で発行され、その後、利子率は3%、そして2.5%へと引き下げられます。国債費を軽減する効果を発揮し、1888年には新コンソル債が発行されました。
永久債であれば、民間では、いまの日本でも「永久劣後債」のような事例がありますし、元本は返さないという点では株式に近いともいえます。
松田まなぶがかつて、その大半を執筆した共著「永久国債の研究」(光文社)では、その株式に近い性格に着目して、広く公共部門に「債務」(デッド)ではなく、エクイティー型のファイナンス手法の導入を提言いたしました。
また、財政を元本返済負担から解放するという文脈でも考察いたしましたが、そのままでは財政規律がなくなるので、別の規律が必要ということも提言しました。
●世界に比類なき日本の国債「減債制度」
私は、いま、永久国債を論じる意味があるのは、日本が世界に稀なる国債の「減債制度」を営んでいるからだと考えています。
実は、日本の財務省が財政規律の根本と位置付けているのは、60年償還ルールによる「減債制度」です。決してプライマリーバランスなどではありません。
これは、国債を発行したら、60年かけて、つまり3世代にわたって、徐々に税金で元本を返済することで国債残高を減らしていく制度です。
10年満期物の国債は10年経ったら全額、税金で償還するのではありません。そんなことをしたら財政はパンクするでしょう。
国債を償還する財源は、借換債という国債を発行して調達することで返済していますが、毎年度、国債発行残高の60分の1の金額については、借換債ではなく、税金で元本返済をする仕組みが営まれています。
単純化していえば、借換債も含めて国債がすべて10年満期だとすれば、発行された国債は、満期が来るたびに6分の1ずつ税金で返済されていき、60年後にはゼロになって消滅するということになります。
この制度を営むため、国の毎年度の予算では、国債発行残高の60分の1に相当する金額を一般会計に「債務償還費」として計上して支出し、国債整理基金に「定率繰入」をしています。
国債全体の発行や償還に預かる国債整理基金は、これを国債の元本返済の財源に組み入れ、借換債の発行で調達した資金と併せて、国債償還に充てています。
●減債制度を営むために国債を発行するという矛盾
政府が掲げるプライマリーバランス目標も、あるいは、公債等/GDP比率を安定的に低下させる目標も、財政や経済運営のよろしきを得て、結果として財政健全化を達成するものであるのに対し、この仕組みは、国債発行残高そのものを直接減らそうとするものですから、財政規律の中でも最も厳しいものだといえるかもしれません。
他国はどうなっているのか、国立国会図書館に調査してもらったところ、日本と類似の、こうした減債制度を営む国はほかに見当たらないということです。
他の主要先進国は、国債の償還財源は国債で調達し、財政に余剰が出た場合には税金で返済するというやり方になっているようです。
つまり、世界に冠たる厳しい財政規律を課しているのが、日本の60年償還ルールです。
ところが、減債制度としてこれが本当に機能しているかといえば、そうとは言えません。
この仕組みを営むために、今年度当初予算の場合、一般会計に、国債発行残高(今年度末約838兆円)の60分の1に相当する13.7兆円の金額が債務償還費として計上されています。
しかし、今年度当初予算での新規国債発行額は34.4兆円です。
毎年度、この定率繰入をはるかに上回る新規国債が発行されており、いくら定率繰入で残高を減らそうとしても焼け石に水、ネットでみれば国債発行残高は増える一方です。
問題はここからです。
実際のところ、残高を減らすという意味では機能していないこの減債制度も、毎年度の国債発行に対する歯止めになっていればよいのですが、逆に、毎年度の国債発行額を増やす原因になっています。
残高の60分の1は税金で返済といっても、その源である一般会計の財源自体が、税収以外に、多額の国債発行で賄われています(歳入に占める国債の比率は今年度予算35.6%)。
カネに色目はありませんから、歳出に計上されている債務償還費(定率繰入)の財源は税収だと強弁できるかもしれませんが、大事なのは、この減債制度なかりせばとの比較です。
もし、このルールがなければ、債務償還費を計上しなくて済み、その分、歳出額は減りますから、歳入のほうも同額だけ、つまり、今年度の場合、13.7兆円、新規国債発行額を減らせます。
減債制度を営むために国債発行額が増えているという自己矛盾状態です。
結局、現状は、残高の60分の1の国債を減らすために同額の国債を発行している、つまり、実質的には、国債の全額を借換債でロールオーバーし続けているのと同じです。
よく考えてみれば、これは、元本を返済しない永久国債と同じ状態だといえます。
●永久国債で国債を減らす
元本を返済しないなら定率繰入も不要になるはずですし、事実上機能していない減債制度を維持する理由もないはずですが、これについて、当時、国債の責任者だった財務省の私の同僚は、こう答えていました。
「減債制度は確かに機能していないが、理想と現実との間にこれだけのギャップがあるということを毎年度の予算で国民に示すことが財政規律につながる。」と。
果たして、予算書を見て、こういうことを理解し意識している国民がどれだけいるでしょうか。
日本は国際スタンダードより厳しいことをしながら、先進国最悪の財政となり、機能していない仕組みによって自分で自分の首を絞めても金科玉条のルールを守り、やせ我慢している。そんな姿にも見えます。
自分の首を絞めているというのは、定率繰入をやめれば、同じ新規国債発行額で、その分、財政支出を増やして、国民にもっとおカネを回せるはずだからです。
ただ、そうは言っても、減債制度を全面的にやめるべきだとまでは言いません。
私は、この国際標準以上に厳しい日本のルールは貴重だと思っています。
むしろ、本当に国債を減らす真の「減債」制度を考えるべきです。
ここで登場するのが永久国債です。
現状がすでに永久国債状態なら、アベノミクスで日銀が多額に保有することになった日銀保有国債について、満期が来るごとに永久国債に乗り換え、これを日銀が半永久的に保有すれば、その分、国債そのものが消滅します。
永久国債の場合にも国が負い続ける財政負担は利払い費ですが、日銀が保有すれば日銀が国から受け取る金利は国庫納付金で国に返りますから、実質的に元本も利子も国の債務は消えることになります。
むしろ、現状よりもこちらのほうが本物の「減債」だといえるかもしれません。
政府と日銀との間で一種のデット・エクイティ・スワップを行うようなものともいえます。
こうして国債が実質的に消滅するのであれば、その分は定率繰入の必要はなくなり、財政の自由度は高まることになります。
ただ、すでに400兆円にのぼる日銀保有国債の全額についてこれを行うことには、色々な問題があります。やるとしても、そこには一定の限度が必要です。
それを考えるのが政策論です。
次回以降は、このオペレーションが可能な条件を論じ、この議論をもう一歩、世の中に提言できる政策論へと近づけてみたいと思います。
松田まなぶのビデオレター、第45回は「減債制度の構造的矛盾、必然と言える永久国債の発行」チャンネル桜、9月13日放映。