ブレグジット(英国EU離脱)はリグレジット(後悔の離脱)なのか【その2】松田まなぶビデオレター | 松田学オフィシャルブログ Powered by Ameba

松田学オフィシャルブログ Powered by Ameba

日本を夢の持てる国へという思いで財務省を飛び出しました。国政にも挑戦、様々な政策論や地域再生の活動をしています。21世紀は日本の世紀。大震災を経ていよいよ世界の課題に答を出す新日本秩序の形成を。新しい国はじめに向けて発信をしたいと思います。

ブレグジット(英国EU離脱)はリグレジット(後悔の離脱)なのか【その2】松田まなぶビデオレター

 前回【その1】では、英国のEU離脱の背景には、英国の国家としてのあり方や国益についての長い歴史的経緯と必然性があることを論じました。
http://ameblo.jp/matsuda-manabu/entry-12185430708.html
 今回は、ブレグジットにつながる英国保守政治の変遷と、ブレグジットが示唆するものは何かについて、そもそも保守政治とは何なのかという点も含めて論じてみたいと思います。

●英国保守党の変貌
 英国保守党内では90年代以降、欧州懐疑派(Eurosceptics)が台頭します。
 英国では、ウィルソン政権の時に実施された1975年の国民投票が、欧州への懐疑的、批判的な声が上がる最初の契機でしたが、当時との本質的な違いは、保守党と労働党とがその立場を大きく逆転させたことです。
 保守党内で懐疑派が強くなっていく契機を生んだのが、サッチャーでした。
 そもそも保守党が欧州統合を支持していたのは、それが英国の国益にかなうというプラグマティックな理由によります。
 サッチャーの場合は、同氏が掲げる新自由主義的なビジョンと共通点があったからでした。
 
 ところが、1980年代以降、欧州統合の主要なアジェンダが市場統合から社会統合へと推移していくに及び、保守党やサッチャー首相の姿勢が変化します。
 1988年、ドロール欧州委員会委員長が「10年後には経済立法も、財政や社会立法ですらも、その80%までが欧州委員会起源のものになるだろう。」と発言したことに対し、サッチャーは強い苛立ちを表明して、ソ連の中央指令体制に擬して欧州共同体の官僚体質を批判し、英国の議会制民主主義の伝統や主権国家としての自立的な能力などを強調しました。
 こちら↓をご覧ください。

 こうしたサッチャーの欧州懐疑派的主張は、1990年代半ば以降、保守党内でメインストリームになり、欧州統合に敵対的な姿勢が党内で強まっていきます。
 マーストリヒト条約に向けて、次のメイジャー首相は、条約最大の目玉である「欧州中央銀行(ECB)の設立、単一通貨の導入、金融政策のECBへの移譲」などには、オブアウトを獲得しました。また、サッチャーが「社会主義を裏口から入れるもの」と批判した社会憲章もオプトアウトしました。
 その後、政権交代で1997年に誕生した労働党政権は、親ヨーロッパへと舵を切り、社会憲章にオプトインしました。
 但し、ヒトの移動の自由を規定するシェンゲン協定(欧州の国家間において国境検査なしで国境を越えることを許可する協定)からはオプトアウトしました。
2 010年の総選挙では、保守党が政権の座に返り咲きましたが、それまでの間に進んでいたのが、欧州懐疑派の更なる台頭でした。

 EU設立を目指して1993年に発効したマーストリヒト条約は、政治統合や通貨統合を含めた野心的な統合プロジェクトでしたが、これに対しての不満が、93年の「英国独立党」(UKIP)の誕生につながりました。これはEC加盟継続を問うシングルイシューの右派政党です。
 そして、社会統合や政治統合への疑念は、移民制限やEUからの離脱を掲げるUKIPへの国民の支持を次第に広げ、同党は徐々に勢力を拡大していきました。

 保守党は、それまで保守党に集まっていた欧州懐疑派の支持層の票が保守党から奪われていくとの危機感を抱き、EUに敵対的な姿勢を強めることで支持層の拡大を図るようになりました。
 2010年の総選挙で、保守党はマニフェストで「英国民の同意なくして、これ以上英国の権限をEUに移譲することはない」、EUへの権限移譲やユーロ参加については国民投票で決める旨を盛り込むに至りました。
 そして、2013年、キャメロン首相は党内の欧州懐疑派の要望に応え、2015年の総選挙で保守党が勝利した際に、2017年までにEU加盟継続を問う国民投票を実施するとしました。

 キャメロン自身はEUとの建設的な関係を発展させたいとの立場でしたが、国民投票実施の宣言で懐疑派の要求を取り込みつつ、加盟継続のキャンペーンで親欧州派をも安堵させるという両面作戦をしていたわけです。
 他方でキャメロンは、EUのトュスク常任議長あてに、国家主権の保護や移民制限を中心に、対EU独立色の強い4項目の改革提案を出していました。
こちら↓をご覧ください。


●ブレグジットは新しい秩序形成の始まりか。
 以上みてきたように、英国はEUにおいて、歴史的にも政治的にも、あるいは国家のあり方としても、一時期を除けば、ほぼ一貫して独自の立場を貫いてきました。ブレグジットそのものは、その延長線上にある必然的な事態でもあったといえます。

 そもそも英国は既に、多くの(特にEUの売りである)分野でオプトアウトし、EUに参加していませんでした。
 第一に、ユーロ圏からオプトアウトしており、第二に、シェンゲン領域からアイルランドとともにオプトアウトし、自国の国境管理についての主権を維持しており、第三に、EU理事会での機微な事項(例えば、基本条約の改正、新規加盟、共通外交安全保障政策、治安、社会保障、税制など)に対して英国は拒否権を発動できます。

 ブレグジットが世界経済に与える影響がかまびすしく論じられていますが、グローバル経済における移動の自由として重要なのは、①モノ(+サービス)、②カネ、③ヒト、の3要素です。
 英国はこれら3つのうち、①を除く2つにおいて、EUに参加していません。
 ①のモノやサービスであれば、EUとの自由貿易協定(経済連携協定)によって何とでもなるものともいえます。
 経済で決定的に重要なのは、②カネであり、③ヒトです。この点が抜けている英国の状況は、EUの主要加盟国とは決定的に異なっています。
 これから2年にわたる交渉の焦点は①にあることになりますが、言われているような4つの類型、すなわち、ノルウェイ型、スイス型、カナダ型、WTO型のいずれであるにせよ、あるいは、それ以外の選択肢が採られるにせよ、これが落ち着くところに落ち着けば、従前と大きく変わらない関係がEUとの間に構築されることになるかもしれません。

 世界経済にとってブレグジットは確かにマイナスですが、いずれ、現状までのグローバル化の 流れと大きく乖離しない新たな秩序が見えてくるようにも思われます。
 戦後続いてきた欧州統合の単線的な進展のみがグローバリゼーションとは限りません。
 欧州全体としては頑丈な構造物が続く一方で、大陸側のコアの国々と、その周辺に広がる国々との色分けが次第に明確になる可能性があります。

 かつて英国は英連邦を中心とするグローバリゼーションの中核的存在であり、戦後もビッグバンに象徴されるように自由化政策を独自に進めてきた国です。
 今後、英国が欧州周辺国をまとめながら、自由主義経済のリーダー格になっていく道もあり得るでしょう。
 
 ただ、米国との関係では、果たして、英国の外交力がEUの軛から解放されても有効に機能するかどうかは未知数との指摘があります。
 今となっては、米国との特別な関係も、英国の一方的な思い込みかもしれません。欧州を率いてこそ英国の影響力は維持されるとの議論も多いようです。
 しかし、米英関係は歴史的に特別の関係です。それは世界でも他に類を見ない関係です。逆に、このブレグジットを機に、英米関係はより強まる可能性も否定できません。

 米国と大変近い関係にある日本は、その中でどのようなポジションを築くのか。
 それは、ロシアや中国との関係なども含めて、日本がいかなるカードを持ち得るかということと密接に関係する問題ですが、かつて日英同盟が存在したように、歴史的にみると、日本はアングロサクソンと手を結んだときに成功すると言われてきました。
 場合によっては、独自の日英関係を構築し、日米英関係へと発展させられるかもしれません。日本が存在感を発揮できる時が来ている可能性があります。

●保守政治について
 最後に、ブレグジットが政治面で示唆する論点を提起しておきます。それは、ブレグジットは保守主義の政治とは何なのかを改めて問うているということです。

 サッチャー首相は、労働組合や既得権益を打破するために規制緩和を推進し、伝統的な保守勢力と対決しました。その際に利用したのが欧州単一市場の理念でした。
 それが、単一市場化が次第に規制や通貨の統合に進むに及び、サッチャーは、これを国家主権の喪失であるとして激しく反発しました。
 ブレグジットは市場主義と保守主義を統合しようとしたサッチャー首相が残した亀裂に端を発しているものといえます。

 日本でも、TPP賛成派は新自由主義であるとして、保守勢力が大きく反発する傾向がみられます。しかし、櫻井よしこ氏や、同氏とともに「TPP興国論」を提唱してきた私、松田まなぶのように、TPPに賛同する保守勢力も存在します。
 こうした「国際派保守」は、安倍政権にもつながっているものです。

 しかし、他方で保守とは、国家の独自性や主権を強く主張する立場です。
 日本の国際派保守も、この面では他の誰にも劣らない自負があります。
 ただ、保守といえば自由であり、社会主義に通じかねない官僚統制には強く反発します。これは、サッチャーがEC官僚主義に反発したのと同様です。
 経済政策としては新自由主義ということになるのかも知れませんが、他方で、国家主権や独自性、伝統を尊重する。

 モノやサービスや投資といった市場経済のレベル(下部構造)では、世界共通のルールや制度的インフラを「自由」の立場から進めても、それが社会や伝統、主権や国家のレベルに及べば(上部構造)、独自性を強く主張するのが保守なのかもしれません。
 ブレグジットは、そもそも保守とは何なのか、それが市場競争主義とどのように両立するものなのかという根源的な問題をも提起しているといえるでしょう。
 これは日本のこれからの保守政治のあり方を考える上でも重要な論点だと思います。
 
(注)なお、これはある日本政府筋の見方であり、一つの可能性に過ぎませんが、国民投票でEU離脱が決まったといっても、英国として離脱に必要な様々な国内法を議会で通さないと、実際には離脱できません。議会には懐疑派は多いとしても、現実の選択としては残留派が多く、法案が通らないことが考えられます。ただ、政治的には、国民投票の結果を尊重せざるを得ず、ここにジレンマが生じます。そこで、オプションとして総選挙を行うことが考えらます。それで残留派が勝利すれば、政治的にも国民投票をオーバーライドできます。特に、新首相のメイ氏は、もともとは残留派です。結果として、英国がEU離脱をしないことになる可能性がないとはいえないかもしれません。

松田まなぶのビデオレター、第41回は「ブレグジットに至る欧州統合の歴史」チャンネル桜、7月19日放映