☆顕微授精の是非:紙面上バトル | 松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ

松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ

生殖医療に関する正しい知識を提供します。主に英語の論文をわかりやすく日本語で紹介します。

米国生殖医学会(ASRM)の機関誌であるFertil Steril誌における今回の「紙面上バトル」は、顕微授精(ICSI)の是非についてです。

 

Fertil Steril 2022; 117: 270(米国、スペイン、ベルギー、オーストラリア、ベトナム)doi: 10.1016/j.fertnstert.2021.12.001

Fertil Steril 2022; 117: 268(オーストラリア)コメント doi: 10.1016/j.fertnstert.2021.11.033

要約:顕微授精(ICSI)の是非について、賛成派と反対派の意見を伺いました。

 

顕微授精(ICSI)は可能な限り少なくすべき:1992年の顕微授精の登場により、男性不妊の方には間違いなく大きな成果を上げました。同時に不妊治療の万能薬でもあるかのような錯覚を与えたため、男性不妊でない方へも普及しました。米国では、顕微授精が1996年の36%から2012年には76%にまで増加しました。しかし、男性不妊でない方における顕微授精の有用性は明らかではありません(受精率は増加するも、出産率は変化なし)。採卵数が少ない場合、女性年齢が高い場合、原因不明不妊の場合に顕微授精が実施されることがしばしばありますが、顕微授精がより良いことを示す論文も、そうでない論文もあり結論は得られていません。また、かつてのPGTでは顕微授精が必須とされていましたが、現在のPGTでは体外受精(cIVF)で問題ないことが明らかにされています。したがって、原点に戻って、顕微授精は正しい適応(男性不妊)の方にのみ実施すべきと考えます。顕微授精による赤ちゃんへのリスクとして、染色体異常によらない胎児奇形、染色体異常、エピジェネティクス異常などが報告されていますが、体外受精と顕微授精で有意差がないとの報告もあり、ART治療(体外受精、顕微授精)を行う患者さんの特性ではないかとされています。つまり、メリットもデメリットも同じなのであれば、より侵襲の少ない方を選択すべきと考えます。

 

顕微授精(ICSI)はなるべく多く実施すべき:顕微授精の安全性については、男性不妊の有無を問わず、多くの研究で(体外受精と比べ)有意差なしと報告されています(母体の周産期予後と赤ちゃんの先天異常、発達障害、健康状態を含む)。一方で、ART治療(体外受精、顕微授精)では、ドロップアウト症例が多いという問題点があります。ドロップアウト症例を検討したところ、金銭面よりも累積出産率が最大の関心事であると報告されています。累積出産率に着目すると(受精率が高く、より多くの胚盤胞ができるため)、体外受精よりも顕微授精に軍配が上がります。安全性に問題がない訳ですから、累積出産率の高い顕微授精を選ぶべきと考えます。

 

解説:このバトルは毎回そうなのですが、全く議論がかみ合っていません。まさに平行線です。その最大の理由は、両者のスタンス(立ち位置)にあると思います。皆さん同じ論文を読んでいるのですから、それをどう解釈して実際の臨床に役立てるかが重要です。顕微授精反対派は単回の出産率に有意差がないので顕微授精は男性不妊のみにすべきであるとし、顕微授精賛成派は累積の出産率に有意差があるので確率の高い顕微授精をすべきであるとしています。どちらが正しいとは一概には言えませんので、皆様のお考え次第だと思います。

 

コメントでは、顕微授精は割高(培養士のトレーニングや品質管理の費用による)であることを述べており、どちらかと言うと顕微授精は可能な限り少なくすべきとの意見に寄っています。また、米国など民間の保険会社が治療法を決定する権限を有している場合には、それによって顕微授精の比率が大きく変化することを指摘しています。

 

下記の記事を参照してください。

2020.11.14「男性不妊でない方に顕微授精は?

2020.9.7「☆男性因子がない方の顕微授精:ASRMの見解

2020.5.23「☆男性因子がない方の顕微授精は?

2020.4.27「男性不妊でない38歳以上女性の受精方法

2018.7.18「非男性因子に顕微授精は有効か?

 

リプロダクションクリニック 東京公式ブログの下記の記事も参照してください。

2020.5.8「体外受精(IVF)と顕微授精(ICSI)は、どちらが"確率"が高いか(生殖医療解説シリーズ15)