☆エビデンスの落とし穴 | 松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ

松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ

生殖医療に関する正しい知識を提供します。主に英語の論文をわかりやすく日本語で紹介します。

本日ご紹介の「中村祐輔」さんのお話を、妊娠治療に当てはめてみます。

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

A病院に10名の不妊症の方がお見えになりました。

7名は、「ガイドライン」通りの「エビデンス」治療で採卵3回以内に赤ちゃんを授かりました。

2名(Xさん、Yさん)は、「ガイドライン」通りの「エビデンス」治療で採卵10回以内に赤ちゃんを授かりました。

1名(Zさん)は、「ガイドライン」通りの「エビデンス」治療で採卵を20回を行いましたが赤ちゃんを授かりませんでした。この方は、個別治療(プレシジョン治療、オーダーメイド治療)を行っているB病院に転院したところ、(現在のところエビデンスが乏しいと言われている)α療法とβ療法を行うことで、初回採卵・初回胚移植で赤ちゃんを授かりました。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

Zさんは、明らかに「ガイドライン(エビデンス)」の治療が合っていません。最初から「個別治療(プレシジョン治療)」をやっていれば良かったと思うでしょう。Xさん、Yさんも、もしかすると「個別治療(プレシジョン治療)」をもっと早くからやっていれば、早く赤ちゃんを授かったかもしれません。

 

「ガイドライン」重視の先生は、「エビデンス通りにやっていれば間違いない。Xさん、Yさん、Zさん例外的な症例だから仕方がない」と考えます。ですから、患者さんへの説明もその通りにします。Zさんが「20回の採卵を無駄にしてしまった」といくら嘆いたとしても、「間違った治療はしていない」と主張します。その通りです。しかし、Zさんはエビデンス通りの治療では赤ちゃんを授かれず、α療法とβ療法で赤ちゃんを授かっています。α療法とβ療法は現在のところエビデンスは乏しいかもしれませんが、将来的に認められる方法かもしれません。このように、新しい治療は(たとえ有効だとしても)最初は「正体不明」のものとして排除されるのが「エビデンス」治療の原則です。

 

「エビデンス」治療重視の医師は、マニュアル化された標準治療で効果がないと「もう打つ手はない」と諦めたり、新たな治療法を「エビデンスがない」と否定したりします。しかし、この場合のエビデンスとはあくまでも統計学的な成績です。A治療群とB治療群を比べるとA治療群が良いからエビデンスがある、B治療群はエビデンスがないとなります。しかし、これはヒトの多様性を理解していない考え方であり、A治療が合うヒトもいればB治療が合うヒトもいると考える方が理にかなっています。「治療法がない」という言葉は、患者さんから妊娠への希望を奪います。とても冷たい対応(表現)です。しかし、それは真実なのでしょうか。他の治療でも上手くいかないのであれば真実と言えますが、他の治療で上手くいってしまうと真実ではなくなります。よく統計のマジックと言いますが、統計は万能ではありません。「ガイドライン(エビデンス)」治療は、統計学上最大公約数的な治療です。

 

さて、もし最初の治療から「ガイドライン(エビデンス)」治療ではなく「個別治療(プレシジョン治療)」を実施したらどうなるでしょうか。上手くいったはずの最初の7名のうち半数程度は上手くいっていないかもしれません。従って、最初は標準治療(エビデンス治療)→うまくいかなければ個別治療(プレシジョン治療)へのスムーズな転換が重要であると考えます。

 

問題は、個別治療(プレシジョン治療)にはエビデンスがないことです。100名の医師がいれば100通りの治療の選択があります。どの方法を選択するのかしないのかの判断には、深い「想像力」と「洞察力」が必要不可欠です。そのヒントは、これまでの治療経過に隠されていると私は考えています。生殖医療に携わる医師の役割は「赤ちゃんを授かりたい」患者さんの希望を叶えることです。もし現在の「ガイドライン」や「エビデンス」を逸脱したとしても、患者さんが赤ちゃんを授かるのであれば、すすんでその治療を行うのが生殖医療に携わる者としての務めではないでしょうか。

 

不妊症の観点から上記の文章を書きましたが、不育症も同様です。不妊治療よりもさらに不育治療のエビデンスが少ないのが現状です。その治療は「エビデンスがない」からと否定されることが少なくありませんが、「エビデンス」は誰が作るのでしょうか。どこかから湧いてくるものではありません。積極的に治療を実施して初めて生まれるものです。リプロダクションクリニック は、私たちがエビデンスを作るという意気込みで、不妊症も不育症においても、新たな治療にチャレンジしています。