☆中村祐輔さんの主張:エビデンス重視は思いやりを失う | 松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ

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生殖医療に関する正しい知識を提供します。主に英語の論文をわかりやすく日本語で紹介します。

東京医師歯科医師協同組合の機関誌にある「私の天職」コーナーで、医師の「中村祐輔」さんが紹介されていました。中村さんは、大阪大学医学部卒業後、外科医として活躍され、米国シカゴに留学後、現在は「がん研究会がんプレシジョン医療研究センター」の所長をされています。

 

医師協Mate 2021; 324: 4(日本)

要約:外科医として患者さんに接する中で、がんの進行、抗がん剤の効果、若いがん患者さんなど、患者さんによってがんの性質が大きく異なることを知り、その違いがどこにあるのかについて研究したいと考えるようになりました。プレシジョン(precision = 精密)医療とは、遺伝子を含めた様々な観点から、個々の患者さんの特徴を捉え、その方に適した医療を行う医療です(オーダーメイド医療)。現在の日本のがん医療は、マニュアル化された標準治療が行われています。標準治療で効果がないと「もう打つ手はない」と諦めたり、免疫療法など新たな治療法を「エビデンスがない」と否定したりします。しかし、この場合のエビデンスとはあくまでも統計学的な成績です。A治療群とB治療群を比べるとA治療群が良いからエビデンスがある、B治療群はエビデンスがないとなります。しかし、これはヒトの多様性を理解していない考え方であり、がんの性質(性格)が異なれば、A治療が合うヒトもいればB治療が合うヒトもいると考えるのが科学的です。「治療法がない」という言葉は、患者さんから生きる希望を奪います。私は、ガイドラインによる標準化により医療から思いやりが失われていると思います。私の研究のゴールは、がんで命を落とす患者さんをなくすことです。早期発見につながる検査法の確立、新しい治療法の開発、がん患者さんが最後まで希望を持って生きられるような医療システムを作りたい。そのための研究が、私の天職だと思っています。情報量が増大した医療現場を救うのはAI(人工知能)だと思います。AIを導入すれば医療者に時間的ゆとりが生まれる。それが心のゆとりになり、患者さんへの思いやりにつながる。温かい医療を取り戻すためのプロジェクトです。

 

コメント:「ガイドライン」や「エビデンス」は標準的治療です。標準的治療とは、同じような方が大勢いた場合に最も確率が高い方法です。がんの治療だけでなく、妊娠治療でも、もちろん確率の高い治療から始めるのが鉄則ですが、それに当てはまらない患者さんがおられるのも事実です。患者さんは命をかけて通院しています。もし、「もう打つ手はない」とか「エビデンスがない」といった発言があれば、患者さんは愛想をつかしてしまいます。私なら、他にできることはないのか、これまでの経過から改善策のヒントはないのかをよく考えます。もちろん、この場合にはエビデンスはありません。個別対応=オーダーメイド医療が必要になります。

 

本稿でご紹介の中村祐輔さんは外科医出身の研究者ですが、エビデンスの限界と医師の役割をよく理解しておられます。私が常日頃から感じていたことを、的確に代弁してくださっています。最初は標準治療(エビデンス治療)→うまくいかなければ個別治療(プレシジョン治療)へのスムーズな転換が重要であると考えます。エビデンスは、あくまでも最大公約数的な治療であるとお考えください。