採卵により乳癌の術前抗癌化学療法の遅延は起きるか? | 松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ

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生殖医療に関する正しい知識を提供します。主に英語の論文をわかりやすく日本語で紹介します。

本論文は、ランダムスタート法により卵巣刺激を行い卵子凍結(あるいは胚凍結)を行った場合と行わなかった場合で、乳癌の術前抗癌化学療法の遅延の有無を検討したものです。

 

Hum Reprod 2017; 32: 2123(イスラエル)doi: 10.1093/humrep/dex276

要約:2011〜2017年に乳癌の術前抗癌化学療法を実施した方を対象に横断研究を行いました。18〜45歳、転移なしの女性の乳癌患者さんで、専門医による妊孕性温存の相談を行った方87名を対象としました。ランダムスタート法により卵巣刺激を行い卵子凍結(あるいは胚凍結)を行った58名と行わなかった29名を比較検討したところ、診断確定から術前抗癌化学療法実施までの期間は、それぞれ平均38.1日と39.4日で有意差を認めませんでした。

 

解説:現在、乳癌の10%で術前抗癌化学療法が行われています。抗癌剤には卵巣毒性が少なからずありますので、治療前に採卵することで妊孕性を温存することが肝要です。2009年に本論文と同様の検討が行われた当初、ランダムスタート法がありませんでしたので、治療開始までに4〜6週間を要していました。一方、ランダムスタート法が可能な現代では、2週間で採卵が可能です。本論文は、ランダムスタート法を用いれば、卵巣刺激を行い卵子凍結(あるいは胚凍結)を行っても、癌の治療開始には影響しないことを示しています。つまり、採卵により治療が遅れるのではないかという心配は不要ですので、患者さんに安心感を与える研究と言えるでしょう。ただし、できる限り早く専門医に妊孕性温存の相談を行って欲しいと思います。なお、本論文は後方視的検討であるため結論づけることはできませんので、ご注意ください。

 

なお、当院は日本で最も早くランダムスタート法を取り入れ(2014年3月から)、その成果を国内外の学会で報告してきました。癌の方以外にも有効な方法です。