骨髄CD133細胞移植によるアッシャーマン症候群の新たな治療 | 松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ

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生殖医療に関する正しい知識を提供します。主に英語の論文をわかりやすく日本語で紹介します。

昨日はアッシャーマン症候群手術治療をご紹介しましたが、今回は全く視点を変えた細胞治療です。とても興味深い論文で、着眼点から実現までとても素晴らしく、まさに知的好奇心が満たされる感じがします。

Fertil Steril 2015; 104: 1552(スペイン)
要約:アッシャーマン症候群(あるいは内膜萎縮)の方10名の骨髄からCD133陽性の骨髄幹細胞を抽出しました。アッシャーマン症候群のモデルマウスとして、NOD-SCIDマウス(免疫不全マウス)の子宮に24Gの針で墨汁を注入し子宮内で回転させて、子宮内癒着を生じさせました。SPIOsで標識したCD133細胞を、子宮内癒着マウスに移植(子宮内注入5匹、静脈内注入5匹)しました。子宮内癒着マウスでは、コラーゲンとグリコサミノグリカンがダメージを受けた子宮に集積していました。SPIOs標識CD133細胞は、ダメージを受けた子宮の全体の細胞の0.59%(子宮内注入)と0.65%(静脈内注入)に認められ、これらの細胞は血管内皮細胞周囲に存在していました。SPIOs標識CD133細胞の周囲では、細胞増殖が亢進しており、トロンボスポンジン1とIGF1の発現が有意に増加していました。

解説:子宮内膜は月に1回再生と剥離を繰り返しており、その回数は生涯で400回にも達します。閉経後も女性ホルモン剤使用により、子宮内膜を再生させることができ、妊娠(着床)も可能です。つまり、子宮内膜の基底膜には、極めてアクティブな内膜幹細胞が存在していると考えられます。しかし、アッシャーマン症候群では子宮内膜の再生のプロセスが障害されています。アッシャーマン症候群は、極めて頻度の低い疾患ですので、新しい治療方法の開発には動物モデルが欠かせません。アッシャーマン症候群の動物モデルとして、無水エタノールの子宮内注入や子宮内の機械的損傷によるモデルマウスが作成されており、新しい治療の開発の予備実験に使用することが可能です。

大人の骨髄には幹細胞が多数含まれ、血管を通じて各種臓器にいきわたることが知られています。最近、骨髄幹細胞を用いた子宮内膜再生について、幾つかの研究が報告されています。CD133細胞は未熟な造血細胞と前駆細胞に発現されているマーカーであり、高い細胞増殖能を示すとともに、血管内皮細胞の再生能を持っています。また、CD133細胞はVEGF-R2とCD34を発現しているため、血管損傷の際の修復機能を持つのではないかと推察されます。このため、CD133細胞は再生医療のひとつの重要な選択肢となっており、現在、虚血性心疾患などの治療に試験的に使われています。また、マウスでは骨髄幹細胞が子宮内膜再生を促進し、アッシャーマン症候群のモデルマウスの治療が可能であるという報告があります。本論文は、このような背景のもとに行われました。本論文は、アッシャーマン症候群のヒトから得られた骨髄CD133細胞をアッシャーマン症候群のモデルマウスに投与し、その有効性を示したものです。

SPIOs標識CD133細胞が少ないにもかかわらず、トロンボスポンジン1とIGF1の発現量の増加が著しく、細胞増殖も亢進しているのは、SPIOs標識CD133細胞が直接関与しているのではなく、周囲の細胞がパラクラインとして働いているのではないかと考えられます。本論文は、自分自身の骨髄CD133細胞を用いたアッシャーマン症候群の細胞治療の基礎実験として重要な知見を示しています。本論文のグループは、今回の10名の方の細胞治療に着手しており、すでに論文はHum Reprodにin presssとなっています。近いうちにその論文をご紹介できると思います。