PGDにも誤りが!? | 松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ

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生殖医療に関する正しい知識を提供します。主に英語の論文をわかりやすく日本語で紹介します。

染色体に相互転座を有する方では、正常な染色体を持つ胚を移植し流産を回避するためにPGD(着床前診断)が行われることがあります。本論文は、相互転座のPGDをFISH法で行い、正常な胚を移植したところ流産に至り、胎児染色体異常が認められたというものです。なぜこのような事態が生じたのか、予防策はあるのか述べています。

Hum Reprod 2013; 28: 3141(オランダ)1症例報告
要約:3回流産を繰り返した33歳の女性の染色体は、46,X,t(X;5)(q13;p14)の相互転座であり、夫は46,XY(正常)でした。同じ相互転座は母親と弟にもみられ、母親は流産を1回経験しており、弟は重度の精子減少症を認めました。PGDをご希望されたため、体外受精でPGDを行い、正常な胚を移植する方針としました。4~7細胞の場合は1個の割球で、8細胞以上の場合は2個の割球でFISH法によるPGDを行いました。初回と2回目の刺激周期ではOHSSのリスクを回避するために、採卵をキャンセルしました。3回目の刺激周期で9個の胚が得られましたが、正常の胚がひとつもなく移植をキャンセルしました。4回目の刺激周期で11個の胚が得られ、正常の胚2個(男女1個ずつ)が得られました。この2個を移植したところ、単胎妊娠に至りました。しかし、心拍確認後の妊娠8週6日に胎児心拍が停止しました。流産の処置を行い、流産胎児染色体検査を行ったところ47,XX,+der(5)t(X;5)(q13;p14)matであることが判明しました。残っていた割球の検体と流産胎児の検体でFISH法を実施したところ、最初に診断に用いた5p15(5番染色体の短腕を認識)のプローブは2個を示し(正常)、次に用いた5q31(5番染色体の長腕を認識)のプローブでは3個を示し(異常)ました。

解説:47,XX,+der(5)t(X;5)(q13;p14)matは、染色体の不分離によって生じたと考えられる異常であり、5番染色体にX染色体の一部が転座したものが1本余分に加わったものです(図を参照)。つまり、5番とX染色体の部分トリソミーです。しかし、この異常は、5p15プローブでは見つからず、5q31のプローブで見つかりました。このことから、1本の染色体に1本のプローブでは不十分であることがわかります。また、1個の割球分析ではたまたま染色されない可能性もありますので、2個の割球で分析することも必要でしょう。相互転座におけるPGDの誤診率は0.4%という報告や、FISH法のプローブが染色体に結合するのは95%程度であるという報告もあります。つまり、FISH法によるPGDはそもそも100%の正診率ではありませんので、注意が必要です。


相互転座はしばしばみられる染色体の構造異常ですが、X染色体を含んだ相互転座は非常に珍しいものです。X染色体は女性の場合に2本ありますが、1本は不活化されています。X染色体を不活化する遺伝子(XIST)は、X染色体の長腕のXIC(Xq13.2)にあります。X染色体の転座の場合に、PGDでは、この不活化がうまく行われているかいないかが明らかではありません。したがって、正常パターンでも異常が起こる可能性もあります。今回の染色体を持つ胚が妊娠8週まで生存した理由を考えてみると、興味深い見方ができます。つまり、3本目の5番染色体に転座したX染色体には、XIST遺伝子を持つ部位が含まれています。このため、この染色体が不活化されたのではないかという推察です。以上のように、X染色体の転座は普通の転座と違った注意が必要ではないかと考えます。また、X染色体を含んだ相互転座の女性ではPOF(早発卵巣不全、早発閉経)が、男性では不妊が報告されています。これも、XIST遺伝子の不活化作用に基づくものかもしれません。