☆人工授精の妊娠に適切な卵胞の大きさは? | 松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ

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生殖医療に関する正しい知識を提供します。主に英語の論文をわかりやすく日本語で紹介します。

ベストなタイミングでの人工授精が望まれるわけですが、体外受精に関する論文は多くあるものの、人工授精についてはあまりないのが現状です。本論文は、妊娠率が最大になる卵胞の大きさを後方視的に検討したところ、クロミフェンもフェマーラも、最大卵胞径が23~28mmの直径となった後に排卵のトリガーを行うと妊娠率が最も高いことを示しています。

Fertil Steril 2012; 97: 1089(米国)
要約:2004~2009年に初回の人工授精を行った方に、クロミフェン100mg/日あるいは、フェマーラ5mg/日を5日間投与し、最大卵胞径が18mm以上となった時にhCGを注射してトリガーとし、人工授精を行いました。988名の女性のうち、クロミフェンを投与した777名、フェマーラを投与した211名を後方視的に分析しました。年齢が若い程、クロミフェンよりフェマーラ使用、最大卵胞径が23~28mm、子宮内膜厚が厚い程、不妊原因が無排卵である場合に、妊娠率が高くなっていました。最大卵胞径と子宮内膜厚はリンクしており、最大卵胞径が0.5mm大きくなると子宮内膜厚は1mm厚くなります。しかし、最大卵胞径が23~28mmより大きくても小さくても妊娠率は低下します。この傾向はクロミフェンよりフェマーラにより強く現れていました。なお、2番手の卵胞径や運動精子数は妊娠率との関連を認めませんでした。

解説:世界初の体外受精が成功するまで、多くの試行錯誤が繰り返されてきましたが、卵胞を単純に吸引しただけではダメでした。ポイントは、排卵直前の卵子を採取(採卵)することでした。つまり、排卵ギリギリで採卵すると、最も良い成熟卵が得られ妊娠に結びつくというわけです。生体内では排卵の36時間前に、LHサージ(LHがスパイク状に増加してすぐに低下)が起き、それがトリガーとなって排卵が起こります。そこで、LH作用を持つhCGを注射し、36時間の直前に採卵するという方法が編み出されました。このようにして、体外受精が成功し、今では、世界中どこでも実施可能な技術になりました。多くの施設では、複数の卵胞径が18mmを超えた時を目安に、hCGを注射して体外受精を行い、良好な成績が得られています。人工授精でも同じような考え方で行っていますが、果たして18mmでよいのかについては、あまり検討されていませんでした。2003年にASRM(米国生殖医学会)は、クロミフェン使用時の人工授精では、最大卵胞径が19~30mmでのトリガーの実施を推奨しました。本論文は、最大卵胞径が23~28mmでトリガーとすると妊娠率が高いことを示しています。

最大卵胞径と子宮内膜厚のリンクについては、大きな卵胞ほど多くの女性ホルモン(エストラジオール)を産生します。エストラジオールは子宮内膜を厚くするホルモンですので、当然子宮内膜は厚くなります。

体外受精を行う場合には、クロミフェンに比べフェマーラでは卵胞径が小さいくて採卵する方が成績が良いと考えられています(大きくなると排卵してしまうことが多いためです)。本論文のクロミフェンもフェマーラも同じ大きさが良いという結果は意外です。ただし、これまでの常識は体外受精を行う場合の経験則でしかありませんでした。人工授精の際には自費でしかも高額なフェマーラを用いることはめったにありません。しかし、妊娠率が高いのでしたら、積極的に使っていくようにしたいものです。また、フェマーラはクロミフェンに比べ調節が難しいことは、体外受精でも人工授精でも同じで、頻繁な通院が必要になるでしょう。今後も多くの症例を重ねた検討が必要と考えます。

これまでも医学の常識が覆される話をいくつも紹介してきました。昔の常識には確証がないことが多く、常識が覆った場合にもフレキシブルに対応できるよう心がけることが肝腎であると再確認しました。常に医療者は知識の「アップデート」が必要で、それを怠ると瞬く間に取り残されてしまいます。生殖医療には特にその傾向が顕著にあります。私も得られた知識を世間に還元できるように、さらに努力したいと思います。