精神疾患の発症と不妊症の関係 | 松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ

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生殖医療に関する正しい知識を提供します。主に英語の論文をわかりやすく日本語で紹介します。

不妊症の方の心理的要因とその重要性については、これまで何回かご紹介しました。特に、2012.11.24「心のケア(心理サポート)の必要性:女性編 」2012.11.30「心のケア(心理サポート)の必要性:男性編 」です。女性の場合、治療がうまくいかないと不安や抑うつが生じ、次の治療にもマイナスに働きます。しかし、不妊治療後の精神状態を長期に観察した研究はこれまでほとんどありませんでした。今回紹介する論文は、不妊治療でうまくいかなかった場合に、その後に精神疾患の罹患率が増加することを示しています。

Acta Obstet Gynecol Scand 2010; 89: 677(フィンランド)
要約:国のデータベースから30歳~34歳の男女合計2291名をランダムに抽出したところ、338名の不妊治療経験者と1953名の未経験者を得ました。女性の20%、男性の9%に不妊治療経験があり、不妊治療経験があってお子さんが居ない女性では、不妊治療経験がない女性と比べ、うつ病(3.41倍)と不安障害(2.67倍)の頻度が有意に高い結果でした。逆に、不妊治療経験があってお子さんが居る女性では、パニック障害の頻度(2.58倍)が有意に高い結果でした。不妊治療経験がある男性では、不妊治療経験がない男性と比べ、QOLが有意に低い結果でした。

Hum Reprod 2010; 25: 2018(フィンランド)
要約:国のデータベースから1969年~2006年に精神疾患で入院した女性で、体外受精の実施経験のある9175名と実施経験のない9175名を抽出しました。体外受精経験者の体外受精前は、そうでない方と比べ、精神疾患での入院はほとんどありませんでした。この傾向は体外受精実施後10年間変わりませんでしたが、適応障害による入院は増加(3.43倍)し、アルコールや薬物依存症による入院は減少(0.44倍)していました。体外受精経験者でお子さんが居る女性では、体外受精経験者でお子さんが居ない女性と比べ、不安障害(0.38倍)、うつ病(0.63倍)、アルコールや薬物依存症(0.38倍)による入院は減少(0.44倍)していました。体外受精経験者でお子さんが居ない女性の精神疾患による入院状況は、体外受精実施経験のない女性と同等でした。

Hum Reprod 2013; 28: 683(デンマーク)
要約:国のデータベースから1973年~2008年の98320名の不妊治療を行った女性を、不妊治療開始の時期、精神疾患での入院の時期、移住か死亡の時期を人口動態調査をからめて後方視的に調査しました。53547名(54.5%)の女性が治療後に妊娠しており、44733名(45.5%)は妊娠に至っていませんでした。その後、全体の4633名が精神疾患で入院していました。妊娠していない方は、妊娠した方と比べ、精神疾患(1.17倍)、アルコールや薬物依存(2.02倍)、解離性障害(1.46倍)の頻度が有意に高く、逆に情動障害は有意に低く(0.90倍)なっていました。また、不安、適応障害、強迫観念、摂食障害では両群に有意差を認めませんでした。

解説:3編とも北欧からの論文でいずれも国家単位での研究です。北欧諸国では、いわゆるマイナンバー制を導入し、医療費は全額が国の負担のため、全ての医療情報と住民台帳の情報をリンクさせることができます。したがって、このような大規模な調査が可能になります。
1番目の論文のような不妊治療の男性の心理状態の長期の研究は珍しく、非常に貴重です。男女とも不妊治療後の精神面での長期フォローの必要性があることを意味しています。2番目の論文から、もともと精神的にも健康な方が不妊治療を受けるのですが、治療をしてもお子さんが得られないことをきっかけに、精神疾患が生じ、その程度はもともと精神疾患のある方と同じ位であることを示しています。3番目の論文は、2番目と似ていますが、国が違っても同じ傾向があり、不安、抑うつ、アルコール依存、薬物依存がキーワードになります。
このような調査がされる背景には、例えばデンマークでは体外受精での出産が9%(2009年)にも達するため、治療がうまくいかなかった方のケアやフォローの重要性が盛んに議論されているという現状があります。ちなみに日本では体外受精での出産が2.7%(2010年)ですから、多くなったとはいえ依然として少数派です。