昨日の講義は面白かったですね(と冒頭から自画自賛かよっ)。
T理論が馴染んできた感じがします!
というか、グラフによってグラフが思考するタイプのT理論の使い方に馴染んできた感じがします!
非常に良い感じです!
昨日は期せずして、セミナー終了後にたまたまセラピストの初期メンだけが残ったので、セラピスト講習会というかカンファレンスというか、質疑応答というか、そういう時間と空間が広がり、それもまた非常に楽しかったです。懐かしかったですしね。
先の大戦の生き残り同士が久々に別の戦場で邂逅(かいこう)したような感慨がありました。
戦場と言えば、僕の好きな小説の一節があります。
ずっと一緒に戦ってきた仲間の一人がからだ中から出血して死にかけている時、それを悲しいと思わない兵士はいない。彼らは深く悲しんでいる、だが、悲しいとは言わないし、悲しい表情も作らない。悲しい悲しいと叫び大声で泣くことによってミツイが助かるならば彼らはそうするだろう。UG兵士はシンプルな原則で生きている。最優先事項を決め、すぐにできることから始め、厳密に作業を行ない、終えると次の優先事項にとりかかる。悲しいときにただ悲しい顔をしていても事態の改善はないことを彼らは子供の頃から骨身に染みて学んできたのだ。アメリカのテレビでおなじみの光景、災害や事故や犯罪の現場でレポーターが被災者や被害者の家族に聞く、悲しいですか?悲しいでしょう?最優先事項がなく退屈な人々はそれを見て今自分が悲しくないことを確認して安心する。(p.237 村上龍 ヒュウガ・ウイルス 幻冬舎文庫)
引用箇所全体のトーンは「最優先事項がなく退屈な人々」に対する批判ですが、主要なメッセージは「UG兵士はシンプルな原則で生きている。最優先事項を決め、すぐにできることから始め、厳密に作業を行ない、終えると次の優先事項にとりかかる」という点です。
気をつけないと、「最優先事項がなく退屈な人々」を一緒になって攻撃しているうちに、自分も「最優先事項がなく退屈な人々」になってしまいます。
ニーチェが指摘するように、怪物と戦うものは気をつけないといけないのです。
「君が長く深淵を覗き込むならば」というところが肝で、「長く」なければ良いのです。深淵に魅入られる前に、立ち去りましょう!
ナルキッソスもまたある意味で長く深淵を覗き込んだのです。いまだに水仙として自分の姿を水鏡に覗き込み続けています。
グノーシスを紐解けば、世界の始まりもまた覗き込んだ深淵からスタートしていることに気付かされます。
「ヨハネのアポクリュホン」にはこうあります。
ちなみに「ヨハネのアポクリュホン」とはグノーシス主義では最も重要な神話であり、ナグ・ハマディにも3つのコプト語写本があり、他にベルリン写本が1つあります。
そのナグ・ハマディの2つめの写本から引用します。
(引用開始)
彼は[霊の泉の中に彼の像を見]るとき、それを認識する。[彼は]彼の[水の光、すなわち]、彼を取り巻[く純粋たる水]の泉の中へ意志を(欲求)を働かせる。すると[彼の思考が活]発になって現れ[出]た。それ(「思考」は歩み出て]、彼の光[の輝きの中に]彼の[前]へ[現]れた。(ナグ・ハマディⅡ4)
(引用終了)
至高神が泉をのぞきこみ、そこに自分の似像であるバルベーロが現れる瞬間です。
ここから数段階を経て、人間が生まれます。
c.f.ギルガメッシュとディアーナは水が冷たい泉を見た 水のなかへ降りて行って水浴をした 2016年01月05日
で、話をもどして、、
「UG兵士はシンプルな原則で生きている。最優先事項を決め、すぐにできることから始め、厳密に作業を行ない、終えると次の優先事項にとりかかる」という点です。
この作業感が非常に僕は好きです。
気功も思考もブランディングも作業です。
ひたすら作業です。
カチャカチャと作業です。
(最優先事項を決め、すぐにできることから始め、厳密に作業を行ない、終えると次の優先事項にとりかかる)
昨日のセミナーのテーマは卓越性とブランディングでした。
とは言え、一般的な「卓越性」や「ブランディング」について語ったというよりは、もっと具体的な話です。あえて言うならば、「『まといのば』のメンバーがどうやったらもっと正当に社会的評価を受けられるかの方法をT理論で考えてみた」という講座でした。
c.f.人間は繰り返しおこなっていることの結果である。したがって、卓越性とは行為ではなく習慣なのだ。 2023年05月26日
卓越性とブランディングは月とスッポンくらいに離れた抽象度の現象です。
これを混同するから厄介なことになります。
たとえば、好きを極めていくと「卓越性」に通じます。それは現象としては、日々やり続けていて、行為が習慣化されるくらいまでにやっているWant toです。
一方でブランディングは高い高いところから落とされた鉄球です。ピサの斜塔からガリレオ・ガリレイが落とした大きな球と小さな球です。
地上から離れれば離れるほど、情報空間のうちで最も抽象度の低い場所である物理空間から離れれば離れるほど、情報空間のポテンシャルエネルギー(位置エネルギー)は大きくなります。
適切な受け皿というか、着地点があれば、そのエネルギーを集客にもキャッシュポイントにも切り替えられます。エネルギー保存則的なものは情報空間にも働くので、全てを熱エネルギーで発散させてしまわずに、適切に別な形に変えたいものです。
そのブランディングをしていくにあたり、圧倒的な作業が必要になります。
手を動かして作業をしながら、そしてクライアントと繰り返し対話を繰り返しながら、ネバネバネバネバと縁起ネットワークの納豆をかき混ぜていくと糸(意図)を引きます。その意図がブランディングを構成する材料を提供してくれるのです。
頭の中で作り上げたものは脆弱ですが、対話を通じて練り上げた納豆の糸は強靭(きょうじん)です。
我らがソクラテスの偉業のほとんどが対話、残りは独演会(『ソクラテスの弁明』)です。
卓越性は自分のため、ブランディングは他者のために行います。
能力の輪というのはその折衷の次元にあります。能力とは他者に果たす機能のことだからです。
一方で卓越性のイメージは、たとえば、村上隆さんのお弟子さんの「Mr.」が生まれた瞬間にあります。
c.f.「人生でいちばんハッピーな瞬間って何?」「コミケで同人誌を買う時です」〜世界で唯一の自分の発見〜 2019年01月06日
「人生でいちばんハッピーな瞬間って何?」
「コミケで同人誌を買う時です。
ぼく、エロ同人誌を六〇〇冊以上は持っているんです。
まわりの人がイヤがるので今まで黙っていたんですけど」(pp.141-142 村上隆 『芸術起業論』)
これが卓越性の風景です。
卓越性もブランディングも本来は楽しいものです。
ブランディングは自分の好きな人々を仲間として迎え入れるためのラブレターのようなもの。卓越性は自分の好きなことを極めていくための一里塚です。
リラックスして楽しんでいきましょう!!
【藤井聡太】
藤井聡太7冠がまたまた伝説を創りました(セミナーでシュンくんと盛り上がっていたのはこちらです)
藤井さんの卓越性の風景が凄まじい!
解説はいつもながらアユムさん!