【完】2016/9/2③ インドネシア・スマトラ旅行記 パダンの旧市街とインド洋の夕陽 | まとばの公営競技つれづれ

まとばの公営競技つれづれ

払戻金の金額を入力します。

 

2016/8/29 羽田夜発

2016/8/30 プカンバル観光、ブキティンギへ移動

2016/8/31 ブキティンギ観光

2016/9/01 ソロクへ移動、ソロク観光

2016/9/02 パダンへ移動、パダン観光

2016/9/03 クアラルンプール経由で帰国

 

9月2日その2です。ソロクからパダンへ移動して、最後の街歩き。

 

パダンは人口100万人を数える、スマトラ島でも指折りの大都市。

まずは駅へ向かいます。

 

とりあえず空腹だったので、近くの店でミーゴレン。

写真見返すとアイスティーばかり飲んでることに気付いた。

アイスティーはインドネシア語でエステ(Es teh)。

Esが冷たい、Tehがお茶。発音が違うだけで同じような言葉です。
 

駅の少し南側にある線路。

鉄道はパダンから北にしか走らないため、南側は放置されています。

 

駅近くの踏切。どこかで草を燃やしてたのか、煙が凄い。

 

駅入口。もう屋根に慣れましたね。

 

パダン駅と時刻表。

1日4往復のみで、そこまで規模は大きくありません。

インドネシア国鉄の駅看板には海抜が記載されています。

ここは8mだそうで。

 

駅のホーム。ソロクと違って稼動しているので、ホームには入れませんでした。

 

気を取り直してホテルへ、雨。

 

幹線道路の中央にあるモニュメント。

夜の照明用なんだろうけど、こんな位置に置いたら突っ込む車が出そうな。

 

パダンにもトランスパダンというバス網があります。

路線図もあって、観光客には便利。

 

ホテルから歩いて5分くらいのところにあるモスク。

写真を撮るには手前の看板が少し邪魔。

事前にネットで調べたときは看板なんて見当たらなかったのに。

 

ホテルはGrand Zuri Padang

確か1泊3500円くらい、部屋は綺麗でwifiもサクサク。

 

少し休んで、街の南側にある旧市街へ。

パダンの発展に取り残されたような、少し古めの町並み。

 

歩くと線路が見えました。当然稼動していません。

 

線路の上に住宅が建っている状態で、おそらく鉄路の復活もないでしょう。

 

旧市街に存在するチャイナタウン。

と言っても少し人が多め、という程度で、他のチャイナタウンのような賑わいはない。

 

このあたりの建物も古いまま。空き家もあるようです。

 

南端の川に出ました。おそらくクルーザーは外国人向けでしょう。

これ以外にも結構な数置いてありました。

 

川と、横切る橋。

この橋を渡った右側にある建物で、外国人がビール飲んで騒いでた。

ホテルにも見えないし、どういう経緯でそこに居たのか全く分からない。

 

道路を横切ってインド洋へ。

 

海沿いに屋台が出ているんですが、客席が海を向いてました。

日没が近く店は閉まっていて人もまばら。

 

そんな中、海沿いで営業していたレストランで夕食。

観光客向けで値段は高めだけど、ソロクで入手できなかったビールが飲めたのは嬉しい。

 

ビールを飲みながら観るインド洋への日没、そして旅の終わり。

至高の瞬間。

 

翌朝のフライトが早いので、日没後はそのままホテルへ。

帰宅ラッシュで各地へのミニバスがわんさか。

 

一方マーケットも始まっていて、大都市故に規模は大きい。

途中の中国人がやってるコンビニでビールを買って、ホテルへ。

 

翌朝、パダン・ミナンカバウ国際空港。

空港で最後にロントンを食し、日本へ戻りました。

 

ソロクのモスクに行きたい、という目的から発した今回の旅。

外国人が訪れない街を歩く楽しさは何度行っても止められないし、

俺にとってはそれが海外旅行の醍醐味。

 

何より、インドネシアの人や時間の流れが、凄く俺と合う。

モスク巡りも出来て食事も合うので、今後も定期的にインドネシアへ行くことになりそうです。