それからしばらく僕はボールを打つのを止め、ひたすら毎日ランニングに励んだ。練習場のおあつらえ向きの鉄パイプの梁を利用して懸垂を始めた。最初は10回もやると体が持ち上がらなくなったが、そのうちに30回は楽に出来るようになった。あとは立っている時に出来るだけ爪先立ちをしたり、左足1本で立っているようにした。自分で分かるくらい足は一回り太くなり、腕も力コブが出るようになった。代わりにお腹の周りは細くなって、ベルト無しじゃズボンが落ちてしまう。

 ケインは中学生ながら大人のトーナメントで3位に入って、雑誌の取材なんか受けて、ちょっとした有名人だ。僕も自分のことのように鼻が高かった。

 年が明け、卒業までもう少しの頃、騒ぎが始まった。何がきっかけか知らないが、クラスメイトが聞いてきた。

 「おい、秋野修一って、お前の父ちゃんじゃないのか?」

 僕がそうだと答えると、そいつは何人かとからかいだしたんだ。

 「コイツの父ちゃん人殺し、コイツの父ちゃん人殺し!」

 僕は思わずカッとなって、騒いだ奴らに取っ組み掛かった。先生が止めに入ったが、その後相手の親たちが学校に乗り込んできて、もう心配で通わせられないと訴えた。

 「何でも父親が殺人犯で死刑になったそうじゃないですか。そんな危ない子供をこの学校は平気で通わせるんですの?」

 話は教育委員会にまで持ち込まれ、僕は学校に行くのを止めた。

 

 騒ぎはそれで収まらず、ジョージの練習場に「人殺しの息子」「出て行け!」なんて張り紙が貼られるようになり、練習場にはめっきりお客が来なくなってしまった。更にケインを取材していたマスコミが手のひらを返すようにジョージを偽善者なんて呼び出したんだ。

 松浦さんが心配して顔を出した。

 「まったく大衆ってのは真相そっちのけで炎上しちまう。放って置けばそのうちに忘れてくと思うんだけどね」

 僕は松浦さんの言い回しが気になった。

 「真相って...」

 「ああ、そろそろ話しておいてもいい頃だよな。私はキミのお父さんが死刑になるほどの罪はおかしていないと思ってる」

 「え?!」

 「まあ強盗団を殺害してしまったのは確かだろう。だが本来は正当防衛が検討されてもいいケースだ。まあ過剰防衛で懲役は免れなかったかもしれない。それでも10年くらいが妥当な線だろうさ」

 僕は黙って聞くしかなかった。もう父さんは死んでしまったし、一緒に過ごした記憶さえないから、そんなに悲しくもない。どっちだっていいって感じだ。

 「警察の取り調べでキミのお父さんは、もう一人犯人らしき人物を見た気がすると言っていた。犯行現場の前で大きめのリュックを背負った男とすれ違ったと言うんだ。私たち捜査陣はすぐに目撃情報を集め、実際その時間帯に現場からバイクで立ち去った人物が居たらしいことを突き止めた。だが顔は分からない。キミのお父さんは振り返って後ろ姿を見ただけだし、他の目撃情報もフルフェイスのヘルメットを被った姿だった。我々はそのバイクの足取りを追おうとしたのだが、何故か突然上層部からストップがかかり、キミのお父さんが強盗団の一味とされたんだ。更に妙なのは、キミのお父さんをいくら問い詰めても奪われた金品の行方は分からなかったんだが、それは結局曖昧にされてしまった。被害者であるクリスハート氏もそこは騒がなかったんだ。私は警察組織に不信感を覚えて、辞職し、キミのお父さんに真相を探ることを約束した。結局間に合わなかったがね」

 「そのこと、ジョージは知ってるの?」

 僕は聞いた。

 「いや、知らない筈だ。彼は善人だが何かを隠している気がする。強盗事件の被害届けは確か総額70万円ほどだったが、犯人たちはその程度の金のために殺人まで犯すだろうか?」

 

 僕らの生活は次第に厳しくなり、ジョージは僕とケインに相談を持ちかけた。

 「この際、アメリカで新しくやり直そうと思うのだが、お前たちの考えも聞きたい」

 「オレは賛成だよ。日本でゴルフを続けてもそれほど先が見えないし、アメリカの名門大学でゴルフをもっと学んでみたい」

 とケインは二つ返事だ。

 僕も何だか日本はつまらなく感じていた。どっちみち中学に進学してもしばらくは学校に行く気はない。アメリカのジュニアハイスクールは半年先から始めるから、ゆっくりと気分転換が出来そうだ。