平穏な毎日が過ぎるのは速く、8月の終わりから僕は公立のミドルスクールに入学した。テキサスでは公立の学校は2学期制で僕の学年は7年生になる。半年足らずで背も伸びて、子供から少年の体つきになった。ケインは同じエリアのハイスクールでゴルフ部に入り、レギュラーを目指して朝夕の練習に没頭している。日本ではトップクラスの実力だったが、こっちでは全然通用しないようだ。あの自信満々だったケインが、飛距離が足りないと嘆いている。僕は世界のレベルの高さを感じた。
あれから一度、封印していたメロウイエローを試してみたが、やはりボールは上がらない。父さんのアドバイスを何とか知りたいと思った。父さんの手紙と松浦さんのメモを完全に覚えるくらい読み返したが、分からず、思案に暮れた。
気になるのは、父さんと似た体格という部分。それが鍵なのだろうが父さんの体格を思い出せない。ジョージに聞いても中肉中背の日本人だったという答えしかない。ある時、ケインが僕をからかったことがある。
「お前、背はオレより低いのに腕の長さは一緒だよな。テナガザルみたいだぜ」
それが普通とは違うということだろうか。
秋の夕暮れ、窓から射し込む西日を浴びながら僕はぼんやりと父さんの手紙を眺めていた。眠気に襲われて手元から手紙が床に滑り落ちた。手紙には何も書かれていない便箋が1枚添えられていて、捨てるのも忍びないしそのまま一緒にしていた。その空白の2枚目に夕陽が照りつけ、そこに筋跡が見えるのに気が付いた。僕は鉛筆を寝かせて、便箋を薄く塗り潰してみた。
「あっ!」
そこにはいたずら書きのような図が浮かび上がった。おそらく父さんが別の紙を重ねて描いた跡なのだろう。
何を示しているのだろう。僕は父さんの意図を懸命に探ろうとした。
最初はティーアップしたボールだろうか、高めのティー、ボールを1個分くらいずらす?
そしてバックスイングからダウンスイングに移るところだろう。Stopは左足に重心を移して体を止める、Accelerationはヘッドの加速だろう。そしてWait、インパクトまで体を動かすなと言いたいのか。だが最後が分からない。Pulled、引っ張られる、下のImpactは何を言いたいのか。僕はジョージに相談することにした。
「白紙の便箋か…囚人の手紙は検閲を受ける。怪しまれれば破棄されることもあるだろう。シューイチはそれを避けたかったのかもしれないな。こんな図、何も知らない素人が見たら何かをたくらんでいると思っても仕方がない」
僕はなるほどと感心した。
「さてシューイチが何を伝えたかったかだが、まず最初は高めのティーアップだろうな。アッパーブローに入れて打ち出し角度を上げる。かつて日本のジャンボというトッププロがやり出して流行ったものだ。アッパーに打つために通常よりもボール1個分くらい左に置くのさ。そしてバックスイングからダウンスイングへの移行だな。通常は左に体重が移る時には腕がもっと降りているから、溜めを意識しろと言いたいのだろう。そしてインパクトまで体を止めてヘッドを走らせる。これは飛ばすための常套手段だ。分からないのは最後の余分な図だな」
僕はやっぱりそうかと思った。ジョージをもってして分からなければ、描いた本人に聞くしかない。謎は謎のままと言うことか。
「ちょっと待てよ」
ジョージは立ち上がると、僕に立てと言う。
「私の手を両手で掴んで、足を踏ん張りなさい」
するとジョージは強く僕の両腕を引っ張った。
「やはりな。ジョージについて思い出したのだ。彼は肩関節がかなり柔らかかった。今のダイのようにね」
そして最後の図をもう一度じっくりと見つめた。
「なるほどな。よく見ると、最後は肩が引っ張られて丸みを帯びたように画かれてる。スイングスピードはインパクトの瞬間に最大になるが、それはボールにヘッドがぶつかるからで、素振りでは最下点を過ぎた辺りで最も速くなるんだ。つまりその本当の最速ポイントでボールを打てれば初速は更に増すと言うことだ。だが実際には最下点を過ぎたところで右手が被さってクラブヘッドのフェイスは左に返っていくから、そこでボールを捉えようとしても左に飛び出して、左にフックしていくだろう。シューイチやキミのように肩関節が柔らかく腕が引っ張られればフェイスの向きが変わらないインパクトゾーンが数センチ伸びて、最速ポイントでボールを打てるということだ」
「しかしタイミングが僅かでも狂えばとんでもないことになる。これを実践しようとしたら強靭な足腰とクラブの遠心力に耐える握力が必要だ」
そこまで聞いて、僕は父さんの伝えたかったことを全て理解出来た。
「ああ、Xフレックスの47インチシャフトは、このスイング理論に基づいて、ヘッドスピードを上げながらフェイスが返りにくくするためか!シューイチめ、何て奴だ」
ジョージは修一を惜しむように笑った。
僕はメロウイエローを手にして打席に立った。数回素振りしてイメージを体に覚えさせる。ボールをこころもち左にティーアップし、ゆったりとしたバックスイングから軸を左足に移して体が先行しないように踏ん張る。黄色いヘッドが加速しながら大きな弧を描き、僕の両肩を引っ張るようにボールを捉えた。ボールは青空高く舞い上がり、長い長い滞空時間の後、300ヤードの看板の先で砂煙を立てた。


