1

 サーキットを走る車を眺めていて、突然コータは懐かしさに襲われた。黄色いフェアレディ240ZG、学生の頃、いつか乗ってみたいと夢見てた。

 

 そう言えばあの頃はイラストとか描いてたっけ。コータは押入れのダンボールから古いファイルを見つけ出した。

 「ああ、これこれ」

(画:大学生時代のマト)

 

「何これ?ダーリンが描いたの?上手いじゃない」

 カヨが覗き込む。

 「そういえば今日、この絵にそっくりの車が走ってたわね」

 「うん、そうなんだよ。何だか懐かしくなってね」

 「あら、他にも何枚かあるのね、見せて。あ、これってアンドリューの乗ってた車ね。ロータス11だっけ、ダーリン昔から知ってたんだ」

 「ああ。ロータス11はレースカーだけど、屋根付けて街乗り用にしたらカッコいいかなと思ってさ」

 「へえ、素敵な絵よね。カップルが幸せそう」

(画:大学生時代のマト)

 

 

2

 ある朝、サーキットの開場に向かうと青いポルシェターボが停まっていた。中で三木が仮眠している。コータは軽くコンコンと窓を叩いた。

 「ああ、あんたか。待ってたぜ。ちょっとサーキットを走ってみようと思ってな」

 三木は寝ぼける様も見せずに言う。常に何かに警戒して、深く眠ることはなさそうだ。そしてまだ誰も走っていないコースに入り、15分ほど試走した。

 「どうも俺には合わないな。アクセルを踏めるところがあまりない」

 三木は不満そうに言った。最初ここを訪れた時の一条を思い出す。そこに散歩がてらのマレンスキーが通りかかった。三木が一瞥をくれると、怯むことなく見返してくる。

 「誰だ?あの外人。背筋が凍りつく感じがしたぜ。裏世界独特の雰囲気、只者じゃねえな」

 三木はマレンスキーの後姿を目で追い続ける。

 「サーキットの相談役です。資産家ですが別に普通の人ですよ、興味あるなら呼んできましょうか?」

 「いや、今はいい」

 コータの申し出に、三木は首を横に振った。

 

 「ハーイみんな、元気でやってたかい?」

 突然賑やかな男が戻って来た。アンドリューだ。映画監督フィリップから主役をもらって無事クランクアップし、ゆとりが出来たのと次の作品までのリフレッシュで再びサーキットにやって来たのだ。いや、アンドリューからしたら、出稼ぎから帰って来た気分だ。早速コータと純を捕まえては自分が居なかった間の出来事を聞く。

 「おお、ユーたち結婚したのか!おめでとう、コングラッチュレーション」

 アンドリューは派手なゼスチャーで祝福した。

 「それで何だって?マレンスキー氏がアメリカからVIPを招くようになって、コータの乗ってたランダーが1000万ドルで売れたって?もう僕なんかより遥かにリッチじゃないか」

 アンドリューがひがみっぽく言う。彼にとっては車の価格もステータスの一つだ。まさかコータのランダーは自分のロータス15よりも桁違いに高いとは思ってもみなかった。

 「いや、売ったのはジョージで、コータには一銭も入ってないよ。それどころかまた借金作ってる」

 純がそう説明すると、アンドリューはフッと笑った。

 「そうだろうね、リッチなコータなんて僕には想像も出来ないさ」

 アンドリューは外を見渡して、

 「また随分とセクシーでイクスペンシヴな車があるじゃないか、トヨタ2000GTはアメリカでも羨望を集める車だよ」

 と熱い眼差しを送る。

 「あれは峠の走り屋チームのリーダーの車さ。サーキットの新しい仲間だ」

 コータが答える。

 「峠だって?日本にも峠を走る奴がいるのかい?ハリウッドにはマルホランドという有名なワインディングロードがあって、車好きなスターたちも走ったりしてる。まあ大抵のスターはカーマニアだけどね。もちろん僕もあそこにはゾッコンだったさ」

 アンドリューのテンションが高まる。

 「ユーたちも峠に行くのかい?」

 「いや、何度か行ってみたがもう十分だ」

 コータがアンドリューの熱気をかわすように呟いた。

 「ま、一応コータは峠のチャンプなんだけどな」

 純がアンドリューをからかうように笑った。

 

 「うん、そんなイメージなんだけどいけるかな?」

 「幌で良ければ難しくないですよ」

 アンドリューが蓮花の林崎に頼み込んだ。

 

 「キミがアランかい?」

 アンドリューがアランを捕まえる。

 「ああ、そうだけど、アンタは?」

 「フッ、僕を知らないなんて。ま、新入りなら仕方ないか。僕はアンドリュー、ハリウッドから戻って来た、このサーキットの実質No.1さ」

 アンドリューは微妙な言い方しかできない現状に心の奥で苛立つ。結局のところ、マレンスキーには勝ったことがない。だがそれは単に運が悪かっただけだ。

 「そのNo.1さんが俺に何の用だい?」

 アランは百瀬がホームコースであり、サーキットのアタマにはあまり興味はない。コータや純の別次元の速さを知っているし、最終コーナーの攻略は簡単にはいきそうにない。その無関心振りがアンドリューにはカチンと来る。

 「いい車に乗っているじゃないか。それに峠でリーダーやってるって?僕も峠と聞くと黙っていられなくてね、とりあえずキミにチャレンジしてみたいのさ」

 とりあえず、という言い方にアランの目付きがきつくなる。

 「別にいいが、車はあるのかい?」

 「ああ、公道を走れるように簡単に手を入れて、ナンバー取ってもらったさ」

 アンドリューはロータス15を見せた。その姿はあたかも昔コータが描いたイラストから飛び出して来た感じだ。

 

 

 

 アンドリューとアランが百瀬峠で対戦するということで、コータたちもギャラリーとして見に行った。アンドリューのロータス15の異様なまでの低さは集まった観衆をざわつかせる。

 「何だかスゲエ格好良くねえか?」

 「お伽話の世界から現れた感じだぜ」

 

 カヨはやはりコータのイラストに反応した。

 「不思議…ダーリンのイメージが現実化してるみたい」

 

 ロータス15とトヨタ2000GTがスタート地点に並ぶ。

 「何だかなあ、俺、シカトされちまってますよね」

 タケシがブツブツ言っているが、ハコスカGT-Rに敗れた時点でタケシは終わっている。この世界では無敗が伝説を作っていくのであって、土がついた者は相手にされなくなっていく。

 合図と共に2台は綺麗にスタートを切った。加速はほぼ互角、イン側のアンドリューが機先を制する。だがそれで勝負は決した。コーナーを速く回るためにはタイヤのグリップを限界まで引き出し、さらには意図的に限界を超えたスリップ、すなわちドリフトでスピードを引き上げていく。タイヤのグリップ限界はコンパウンドによるタイヤ性能が大きく物を言うが、タイヤに掛かる負荷の大きさがさらに大事だ。つまり車の重量、そしてその重量を4本のタイヤにどう分散されるか。

 単純に車重の軽さは最大の武器だ。そして通常は外側のタイヤにより大きな負担が掛かるので、それを和らげるために車の傾き、ロールを少なくしていく。サスペンションを硬く、スタビライザーでロールを発生させないように。だが見落としがちなのが重心だ。重心が低いだけでロールという動きは消されていく。そして車の大きさに対して広いトレッドは絶対的な安定感を生む。ロータス15は軽くて低くてワイドだ。このレベルになればドリフトは速さにほとんど無意味で、タイヤの限界でグリップを保つのが最速だ。コーナリングの申し子はそのセオリー通りにレーシングカートやフォーミュラーカーのように各コーナーを駆け抜ける。アランは圧倒的な差をつけられ、2000GTで始めての敗北を喫した。

 

 「フッ、どんなもんだい?これで可愛い弟子の仇を取る気になったかい?」

 アンドリューがコータを挑発する。

 「いや、キミが峠のチャンプでいいよ。その代わりにチームの面倒をしっかり見てくれよ」

 コータはやる気を見せない。

 「は?チームだ?僕はそんなのどうでもいい」

 アンドリューは勝ち負けが全てだ。根っからの一匹狼でチームなんてさっぱり興味が湧かない。このままではまた三木の時代に逆戻りだ。コータは何とかするかと思案した。

 

 

3

 タケシのインプレッサは、エンジンはノーマルの状態であった。コータは津野田に相談して、ブーストアップでインプレッサの馬力を350まで引き上げてもらった。この程度なら実用上耐久性に問題はない。

 「よし、タケシ、これでアンドリューに百瀬峠で挑んでこいよ」

 コータはそう言ってタケシを送り出した。

 

 夜、再び百瀬峠にノスタルジックの面々が集まった。アンドリューは勝ったらコータと勝負するという条件でタケシの無謀な挑戦に応じた。

 「お、俺、とてもじゃないっすけど自信ないっすよ」

 タケシはやる前からビビッている。

 「何も特別なことは要らない。教わったことを活かして走ってきな」

 コータはそう言ってタケシの肩を叩く。

 

 2台がスタート地点につき、一斉に走り出す。加速でインプレッサのターボパワーが威力を発揮して、アンドリューを押さえ込んだ。そのままタケシはインを押さえ込んで限界ギリギリでコーナーをクリアする。アンドリューはタケシのテールにピタリと張り付き、コーナーの出口で横に並ぼうとするが、再びインプレッサの強烈な加速が差を広げていく。

 「やっぱり思った通りだな」

 コータと純はアンドリュー自信が気付いていないであろう弱点を見抜いていた。前を走る分には滅法速いが、実は追い越しが得意ではないのだ。相手よりも加速がいい場合には問題ない。しかし車の性能が拮抗していると思い切った仕掛けは出来ないのだ。唯一ノスタルジックの最終逆バンクでは自分のロータスの優位性を理解していて勝負を挑む。だがそれもよく見ればワンパターンで、他の車が走れない理想ラインをトレースしていくだけなのだ。だからコータや純やマレンスキーのように臨機応変の変幻自在の走りには勝てないし、文佳のローラとの2強時代も、スタートでポールポジションを得た方が勝ちだったのだ。

 タケシはよく頑張って最後までアンドリューを押さえ込んだ。

 「や、やった!やりましたよ俺!」

 これで百瀬峠は3強が並び立つ形になった。タケシはアランに勝てず、アランはアンドリューに敗れたが、アンドリューはタケシに押さえ込まれた。いいバランスではないか。そして実質的にはアランがチームのリーダーだ。

 

 コータは延期となったGT選手権の開催を練っていた。ノスタルジックを冠するからには、生産年代を70年代までにした方がいいだろう。そしてクラス分けとして日本のナンバーで「GTイエロー」「GT5」「GT3」とするのがいいだろう。これらにはサーキットスタッフは出場は見送り、制限無しのオープンクラスを設けてスタッフも自由参加とする。一条のアドバイスでオーナーズクラブなどに声掛けしてみることにした。

 「彼らは走ることよりも自分たちの車への熱意が高いから、そこを忘れないようにね」

 と一条はアドバイスをくれた。

 

 結果的に「段付き茶会」と「キタカン深海魚」が参加に興味を示し、ヒストリックカークラブと36仲間の協力で開催可能となった。

 

 

4

 ノスタルジックGT選手権、1970年代までのナンバー付き車両に限り参加可能なイベントは見学者を含めて賑わいを見せた。出場は基本的に事前登録であるが、当日の飛び入りやキャンセルも可能にしたことで、場合によっては参加しようというギャラリーも多かったようだ。車両の改造は自由だが、改造申請してナンバーを取得していることが前提である。従って車検後に不正改造している車は参加資格がない。午前中に予選を行い、各クラス上位20台で午後に決勝レースを行う。決勝は例によって3周のスプリントである。

 予選を終え、ピットや駐車場で昼食を取りながら談話に花が咲く。スミヨの居酒屋の仕出し弁当も好評だ。

 「決勝はどうする?あまりいい順位が取れなかったじゃないか」

 段付き茶会のメンバーが相談する。

 「ま、僕のアルファはジュニアだからね。排気量で不利だから決勝は見送るよ。君のはスプリントGTVだから出てみたらどうだい?」

 「そうだな、でも2リッターが何台かいるみたいだから結果は期待しないでくれよ」

 段付きとは初期のアルファロメオ・ジュリアスプリントGTの愛称で、ボンネットに独特の段を持つのが特徴である。1600ccが基本でGTVは最も高性能なモデル。そして廉価版として1300ccのGT1300ジュニアがあり、1970年には全て段なしモデルに変更された。限定的な段付きアルファは熱狂的なファンが多いのである。

アルファロメオ・ジュリアスーパーGTV

 

 ヒストリックカークラブの日下部と尾形もGT3に参加していた。

 「日下部さん、予選3番手はさすがですね」

 「いや、尾形さんだって4番手じゃないか。しかし正直なところはコースを走り慣れてる分、ポールも狙えると思ったんだけど、74カレラRSがいるとはね。73カレラRSに隠れて知名度、人気ともやや劣るが、73の2.7リッターに対して74は3リッターだ。あれは速いよ」

ポルシェ911カレラRS'74

 

 「しかしそれよりも速いのがいるとは驚きでした。5ナンバークラスではウチの新メンバーが117クーペで3位に入ってましたよ」

 「うん、頑張ってくれたね。でも驚いたのは2番手の鷹応さんだ、尾形さんは知らないかもしれないが、ヒストリックカークラブの初代会長でね。愛車のスカイラインGT-Rをレストアしていると聞いてたが仕上がったらしい。今回は個人参加でコースも初めてのはずなのに、ウチの誰よりも速いんだからさすがだよ」

いすゞ117クーペ

 

 午後の決勝、GTイエローは36仲間に所属するホンダN360T、スズキフロンテGT、スバルR2SSの三つ巴となり、スバルR2が混戦を制した。

スバルR2SS

 

スズキフロンテGT

 

ホンダN360T

 

 GT5の決勝は鷹応のGT-Rとナローポルシェが驚異的な速さで他を引き離し、ポールスタートの加賀岬のポルシェ911Rが勝利を収めた。911Rは2リッターながらターボが登場するまでの911シリーズの最速モデルである。徹底的な軽量化により車重はわずか800㎏、そこに220馬力を発生するポルシェ906(カレラ6)のフラット6DOHCを積み、パワーウエイトレシオは3.6である。ボンネットフード中央のフューエルリッドが只者でない証だ。

ポルシェ911R

 

 鷹応のスカイラインGT-RはGT-Rの最初のモデルで形式番号PGC10の4ドアタイプである。以降のGT-Rは全て2ドアなのでとても貴重な車だ。スカイラインはやはり4ドアの方が風格が漂う。その4ドアGT-Rを自在に操る鷹応の渋さに日下部は憧れと敬意を払っていた。

スカイラインGT-R4ドア

 

 「すげえな、アンタ。久しぶりに骨のある奴に出会ったぜ」

 鷹応が加賀岬に握手を求める。

 「そちらこそ、まさか国産の旧車にここまで追い込まれるとは思ってもみなかったです」

 鷹応の手を握り返しながら、加賀岬が答えた。

 「俺のGT-Rはレストアしたての新車みたいなものだからな。それに俺はこいつに40年乗り続けて全てを知り尽くしている。手足みたいなものだ」

 「私の911Rもメンテナンスは完全です。手に入れて10年ですが」

 談笑する2人にヒストリックカークラブ代表の日下部が近寄る。

 「ご無沙汰してます、鷹応さん。いやあ、相変わらず見事な走り、感服しました」

 「日下部か、クラブのみんなは元気か?」

 鷹応が笑顔で答える。

 「はい、お陰様で。それで鷹応さん、復活されたならまたクラブの代表に戻って頂けませんか?」

 日下部が打診する。鷹応が現れた以上、自分は分不相応だ。

 「何言ってるんだ、一度退いた老兵が戻ったりしたら時の流れってやつに逆らうぜ。それに俺はな、元々大所帯は性に合わないのさ。クラブの代表だったら、この加賀岬さんの方が相応しいぜ、引き受けるかどうか知らんがな」

 「いや、私も一人を好むタイプでして、クラブなどには所属したことがないです」

 鷹応の推しに加賀岬は首を横に振る。

 「加賀岬さん、アンタ車のメンテは苦労してないか?ヒストリックカークラブならポルシェのメンテナンスもバッチリだぜ」

 「あ、それは私もナロー乗ってるので保証します」

 鷹応の言葉に日下部は大きく頷く。

 「うーん、だったらただのメンバーということで加入させてもらえれば…」

 「いや、速い者が下っ端だとまとまりが悪くなる。興味があるのなら頭でお願いしますよ」

 鷹応は加賀岬の尻を押す。

 「じゃあ鷹応さん、相談役として私と一緒にやってくれませんか?右も左も分からないもので」

 加賀岬はやる気を見せてきた。

 「まあこの際相談役なら受けるか。日下部、お前も副代表で実質クラブをまとめろよ」

 というわけで、鷹応と加賀岬の実力者を加えて、ヒストリックカークラブは一気に強力な体制になった。

 

 GT3は注目のポルシェ911カレラRS'74を抑えてジャガーEタイプSr1が圧勝した。キタカン深海魚のリーダー、坂口だ。キタカンとは北関東、深海魚とはかつてエンツォ・フェラーリをして世界一美しい車と言わしめたジャガーEタイプSr1の印象的なフロントマスクを指す。坂口はアンダーステアの強いジャガーEタイプを、ドリフトを駆使しながら見事に操って勝利した。

 

 

5

 オープンクラスにエントリーしたのは、スカイラインGT-Rの鷹応、ポルシェ911Rの加賀岬、ジャガーEタイプの坂口、そしてノスタルジックサーキットからトヨタ2000GTのアラン、ロータス15のアンドリュー、アバルト850レーサーのコータである。コータは純もマレンスキーも出ないので出場を迷ったが、アンドリューとアランに押されてエントリーを決めた。

 グリッドは今日の持ちタイムと排気量により、ポールスタートはポルシェ911R、2番手にスカイラインGT-R、3番手にジャガーEタイプ、4番手にロータス15、5番手にアバルト850レーサー、6番手にトヨタ2000GTとなった。

 

 観客の見守る中、レースはスタートを切った。ポルシェ911Rはリアエンジンのトラクションを生かしてトップで第1コーナーをクリア。2番手はイン側グリッドから3.8リッターのパワーでジャガーがGT-Rの機先を制した。同じく5番手からアバルト850レーサーがロータス15のインに飛び込んで抜いた。コータのアバルトは続けて鷹応のGT-Rのテールにつく。第4ヘアピンへのブレーキングを遅らせてGT-Rを攻めるが、鷹応はインをキープして簡単には飛び込ませない。コータはアウトからドリフトでオーバースピードを調整する。そのままアウトから被せれば次のヘアピンに向けてインを取れるが鷹応はGT-Rのテールを滑らせてコータをブロックした。2台はツインドリフトの体制で並んでコーナーを立ち上がる。アクセルをワンテンポ早めに開けられたコータのアバルトがやや前に出るがコーナーに向けてのインは鷹応が抑えている。

 「上手い」

 コータは思わず唸った。第5ヘアピン、鷹応がブロックを意識してドリフトで侵入してくれればコータはそれに合わせたツインドリフトでインから抜くことができる。だが鷹応はインベタのグリップ走法で侵入し、後半ドリフトさせてコータのドリフトをブロックしてくる。こんな手強い相手は初めてだ。コータは戦法を変え、GT-Rに対してやや車間距離を開けた。第6ヘアピン、両者は最速ラインでクリアする。短い直線に続く第7ヘアピンで最速ラインを取る鷹応のGT-Rに対してコータは軽量を活かしたコーナーリングスピードの高さで一気に差を詰め、アウトに膨らんでいくGT-Rのインをドリフトで指した。そのまま立ち上がり加速で抜き去り、ようやく前に出ることに成功した。2位のジャガーEタイプとはやや差が開いている。その後方ではコータと鷹応のバトルでスピードを殺されたアンドリューのロータス15をアランのトヨタ2000GTが隙を突いて抜いていた。アンドリューは屈辱を感じてアランを攻めるが、ドリフトのブロックを破ることができない。

 コータは坂口のジャガーを最終コーナーで追い詰めると、ホームストレートの加速で綺麗に抜き去る。アランは鷹応の絶妙の走りに舌を巻いている。トップを快走するポルシェ911Rは速い。コータはそれでもジリジリと差を詰めると、最終コーナーで勝負を仕掛けた。この逆バンク複合コーナーは車重が軽いほど有利である。ポルシェ911RはRRのタックインを使った見事なドリフトでクリアしていくが、コータのアバルトはそれよりも速い速度でツインドリフトさせると、立ち上がりで綺麗にポルシェを抜いた。レースはそのままコータが征し、2位は加賀岬のポルシェ911R、3位は坂口のジャガーEタイプ、4位は鷹応のスカイラインGT-R、5位はアランのトヨタ2000GT、最下位はアンドリューのロータス15という結果になった。コータのアバルト850レーサーは2周目にマレンスキーのコースレコードを塗り替えた。

 加賀岬と坂口はコータに敬意の握手を求める。コータは一番手強かったのは鷹応だなと思った。その鷹応にアランは最大の賛辞を送り、自分もいつかはこの域に達したいと願った。アンドリューは一人打ちのめされたようにうな垂れる。

 「何故だ、車は僕のロータスが一番速いはずなのに・・・」

 純が近寄って言葉を掛ける。

 「まだ気がつかないのか?アンドリュー、キミは邪魔者がいない状態で単独で走る時はとても速い。ノスタルジックNo.1かもしれない。それはレーシングスクールで教わるような教科書通りの走りさ。ところが応用が利かない。レースのバトルでは最速ラインを走れる時の方が少なくて、後ろをブロックしたり、追い抜きを仕掛ける時などはラインを外して走らなければならない。キミはそれが苦手だろう?だからこれまでのバトルでオレやコータやマレンスキーに翻弄されたし、今日も腕の立つGT-Rやアランを抜くことが出来なかった。それは無意識のうちに車を決して傷付けたくないという思いが働くのかもしれないな。それはそれで悪いことじゃない。だが、ここぞという時に無理ができない」

 アンドリューは反論することなく聞いていた。そういうことか、自分の走りはお坊ちゃまみたいなものか。

 

 パドックでは加賀岬がコータに似た様な話をしていた。

 「ヒストリックカークラブの面々は、私が見たところ走ることよりも自分の車の存在をアピールしたい感じです。まあ大抵のオーナーズクラブというのはそんなものでしょうね。そういうメンバーは自らサーキットに走りに来たりはしませんよ。今日みたいなイベントも付き合いで顔を出してるようですし。私や鷹応さんや、あるいはキタカン深海魚の坂口さんなどは奇異な存在かもしれませんね。まあ私はこれからも個人的にここと懇意にさせていただきます。逆に走ることだけが生きがいという人もいますね。ただし彼らは改造でスピードを競い合っているから、やはりこういうテクニカルコースには来ないでしょう。走るのももっぱら夜中のようですし」

 つまり本物はまだまだ隠れているということかとコータは感じた。別にサーキットの客としてそういう輩まで引き入れる気は無いが、個人的に見てみたい興味はある。それにはこちらからそれなりの舞台へ出向く必要があるのだろう。

スカイラインGT-R4ドア

 

 

6

 早朝のサーキット、三木がポルシェターボを停めて仮眠しているところにマレンスキーが一条夫妻を伴って散歩していた。三木は気配を察して目を覚ますと、車を降りて話し掛ける。

 「あんた、裏世界の人間だよな。それも相当な大物だろう。何故こんなところに居る」

 一条満が間に入ってマレンスキーに伝えた。

 「私はイェシェマルク・フォン・マレンスキー、オーストリア貴族の末裔だ」

 「ふっ、まあいいか。俺の独り言だと思って聞いてくれ。俺の父親は海軍の特攻の生き残りで、戦地から帰ってきたことを恥じて暮らしていた。それで荒れ果てた焼け跡の無法地帯、東京でヤクザの用心棒に成り下がった。それこそ何人も殺した挙句に敵対する組のヒットマンに撃たれて死んだ。俺は幼いながらも裏世界独特のピリピリした空気を当たり前にして育った。母親は米兵相手のバーで稼いで、俺も学校引けると店を手伝うようになって、そのうち自然と顔を知られるようになった。以来ずっと夜の住人だ。店の売り上げはそこそこ良かったが、ある頃から大麻に手を出してな、だって罪悪感など無えぜ、それまで普通に使われてたのが突然麻薬扱いになっちまうんだからよ。勝手な決まりに従う気は起きないぜ。秘かに栽培して精製して、売人に流した。俺の勘じゃアンタもそっち系じゃないのかい?」

 マレンスキーは沈黙している。

 「俺は捕まらねえように盲点を見つけた。それは警察を引き付けておいて堂々と取引するのさ。つまりよ、高速で全開で走っておまわりを振り切って、サービスエリアで売買するのさ。スピードは追尾して現行犯でなきゃ捕まらねえし、おまわりが後から追ってきたとしても十分な時間を稼いでる。落ち度がないように車は全くのノーマルだ。おまわりは諦めるしかねえのさ。取引相手にも同じことをやらせる。それができずにヘマする奴はごめんだぜ」

 「何故私にそんな話をする」

 マレンスキーは眼光鋭く聞いた。

 「何故だろうな?俺は峠でコータって奴に会って以来どうも気になってな。で、ここに来てみて、サーキット自体はどうでもいいが、ここの奴らを妙に気に入っちまった。それでアンタのような奴が堂々とここにいられる訳を知りたくなったってところかな」

 三木はマレンスキーを見詰め返す。

 「ふむ、では一つだけ言わせてもらえば、ここと関わりたかったら薬から足を洗いたまえ。それが出来なければ来るな」

 マレンスキーは強い口調で言った。

 「そうだろうな、だがどっぷりと染まっちまった世界から簡単には抜け出せねえさ」

 「どうしても抜けたければ、ここに居る一条氏が力になってくれるだろう」

 マレンスキーは三木を他人事には思えなかった。

 「ああ、やっぱりな。アンタにへつらうことなく一緒にいる若いの、只者じゃないよな」

 「力になってもいいが、それ相応の覚悟を示してもらわなければ私は関わる気は無い」

 一条は三木がどういう人物なのかを確かめてからでないと動きたくなかった。

 「いや、いい。他人に借りを作りたくはないさ。邪魔したな」

 そう答えると三木はポルシェ3.6ターボに乗り込み、朝靄に消えていった。

 

 「オート三輪は走行できますかね?」

 そんな電話がノスタルジックサーキットに掛かってきた。四輪専用サーキットと謳っているからの問い合わせだろうが、コータはそういう存在を思ってもみなかった。サンドロに電話を代わってもらう。

 「うーん、今のところ二輪は並走が危険と思うので許可してませんが、6もしくは7ナンバーの三輪で他の四輪車の走行に支障をきたさなければいいですよ」

 とサンドロは答えた。コータは6とか7ナンバーが何なのかさえ知らずにポカンとしている。それがノスタルジックサーキットにセンセーションを巻き起こすとは夢にも思わなかった。

 

 

終わり