人が恋をするとき。
例えば、
陰キャとか陽キャだとか、
スクールカーストの順位だとか、
あるいは友達の数だとか、
そんなものに縛られる必要は万に一つとしてありはしないんだ。



でも、どうしても気にしちゃうよね。
これはこの時代この国に産まれて生きる人の多くが背負う


「呪い」


のようなものだと思う。
誤解無きよう先に言うが、「俺はそんなことに縛られない。」と優位性を誇示したいわけではない。


「気にしない。縛られたくない。」


その意識に囚われているということは、結局かの呪縛からは逃れられていない。
よって、俺がやっている事は反骨精神で奔流に抗おうとしているだけであり、つまるところただの逆張りでしかない。
最初に述べた「呪い」に影響されている点で、同じコインの裏表。
核心的なところは何一つ違わないんだ。



ところで、先ほど「呪い」に例えたことだが、悪いことばかりではない。
例えば、カーストの順位を上げるために勉強や運動にに励むなど、状況をプラス動かすきっかけにもなる。

俺が危惧していることは、

友達とか恋人とか、そういった元来損得勘定を超越した人間関係を、単なるカースト順位を上り詰める手段の内のひとつにしか思えなくなる

ことだ。

例えば、

「自分の地位を上げるためにクラスのリーダーのご機嫌取り」とか

「凄いやつだと思われたいから容姿の優れた恋人を作る」といったことだ。

 



「この商品は得だから買う。あの商品は得じゃないから買わない。」



今日の「友達付き合い」「恋人付き合い」もこれと同じだよ。
友情だの愛情だの表向きは綺麗な言葉を並び立てておきながら、結局自分がヒエラルキーの上位に立つことしか考えていない。



虚しい。
少し前の自分じゃプライドが邪魔してこんなこと思っても絶対に気のせいにするだろうが、今は正直に言う。
虚しいです。
このむなしさから解き放たれる瞬間は訪れるのだろうか?

 

 

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俺がブログを書いて公開したところで大体は笑いの肥やしにしかならないことは百の承知だ。
ただ、心の片隅だけでも共感してくれる人がいるかもしれない。ブログを書く理由なんてそれだけで十分だ。


感想や意見、質問、こういったことを書いて欲しい要望があればメールください。
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