Brillānte -7ページ目

Brillānte

joy miracle wonder and love...

 

どこまでいっても同じことの繰り返し…

と思う今日この頃

 

ふと前のブログを読み直してみると

3年前でも同じことを言っている

 

いい加減 もうここからは抜けたい

 

でも どう すれ ば…

 

疲れてるのかな…

 

***

 

「どうすれば」 「何かしたら」

いつも 『考えて』 いる気がします

 

一度 この「考え」をすっぱりとめてみたところ

とても心地よかった

 

目の前に集中できて

いまここにあること できることを 全肯定

 

風が心地よく ふいている

 

***

 

気になるあの人を何とかしたいというのもあります

 

いつも同じような場所にいるようにみえる

心の奥底にある何かに気づかず 同じようにふるまっている

 

それは自分の姿だと思いながら

そうやって 「考える」 こともまたしんどくて

 

でも目の前に 苦しそうな人 笑顔でない人がいれば

助けたい できることがあれば何かしたい

そう思う自分もここにいます

 

そうだよ 助けたい 何かしたいんだよ

 

***

 

じゃあ今までとは違うことをすれば いいじゃないかと「思う」のですが

身体がまったくそちらにはいかない

 

頭に浮かんでくるのは 非生産的な?

従前の【稼ぐ】とは程遠く

 

でも 子どものようにわくわくして

時間が 矢のようにとんでいく

 

そればっかりしていると 身体がかたまって疲れてしまうこともあるから

何とか 運動とかして バランスをとっていこう

 

明日もこれができるように

食べ物にも気を付けて 体調を整えよう

 

そう思えることがある

 

今のところ それを 50:50で 人生に組み込んでいけたら と思っていますが

これが100になったらどうなるんだろう

 

まだそこまではいきません

 

***

 

自信がないというのがあります

 

自分が感じていることが正しいと思えない

 

それは 過去に否定されたから?

子どもの頃だけでなく もっともっと前も?

 

好きなことをやらせてもらえず

それは悲しいけれど

悲しい気持ちを感じ続けるのもつらいから

何とか理由をつけて これでいいんだと思い続けてきた?

 

キーワードは 過去世 お墓参り

 

***

 

自分の気持ち・やりたいことを

誰に遠慮することもなく

 

そこに何の理由もなくても 

ただ言いたいから言う 

やりたいからやる

 

それができたとき

わたしの魂は 心から満足するのかもしれません

 

怖い

新しい世界はいつもこわい

 

やっぱりその繰り返しです… orz

 

何かをしたいと思うとき

 

そこで感じる 「気持ち」 があります

 

  エヘ(*´∀`*) となったり

  しゃきっとしたり

 

その 自分 を感じ分けて

次の行動を選んでいく

(というほど選んでいない テキトウ)

 

以前は エヘ(*´∀`*) という自分はいけないと思っていました

でもそれも大事な自分の一部

 

書きたいと言う自分は どっちかはよくわからないけれど

とにかくやってみる  実験です

 

===

 

以前のブログを読み返してみる

誰かに読んでもらえたらいいなと思って書いていたけれど

 

その誰かは 自分 だった

 

同じ時期に同じところをぐるぐるしていて

でも答えとなるようなメッセージをくれたり

 

道のことを度々書いていて

それは 確実にいまにつながっている

 

===

 

叶うことと 叶わないこと

 

「叶わない」があるから「叶う」がある

 

ある場所で景色をみながら それを実感しました

 

「行けない」 があるから 「行きたい」 がある

行けてしまえば 「行きたい」 はない

 

”それ” が叶ったとき

きっと わたしはまた そこにはないものを探して

 

懐かしがったり ほしがったりするんだろうな

 

===

 

叶ってしまうのがこわい

 

そうしたら この状況が 気持ちが 終わってしまう

 

夫は その先があるんだ といいますが

 

叶ったらいいなと夢見ている時間が いちばん幸せなのかも

 

===

 

自分がもっとも恐れていることに

人生の秘密がある

 

 

最近 youtube で本田健さん ご自身を拝見しました

 

 

 

 

「叶わない」 は 「叶う」 ために存在しているのだから

 

わたしの願いはいつかは叶ってしまうのだ(💦)と

 

心底思いました

 

 

 

 

たまに燃え尽きてしまうことがあります

 

主に家族のことで

 

こうしたらいいはず とか

こうしたい とか思っても

 

それは「頭の中」というやつで

 

やってみると 疲労困憊

心もとげとげ

 

「こんなにやっているのに どうして~」

という 期待 というやつです

 

===

 

どうしてこんなに何かしたいんだろう

 

  いやしたいんだよ わたし

 

  何かしたい

 

  そして 笑顔になってくれたら とってもうれしい

 

====

 

こんなにやっているのにどうして~と思ったとき

 

臓器のことが頭に浮かびました

 

胃とか腸とか 意識にも上らない 脾臓とか膵臓とか?

 

たべたいというわがままを叶えるために

こんなにがんばっているのに

 

ちょっと痛くなると 「あぁまた痛くなって…怒」 と思われる

 

家族がやっていることは

まんま わたしがやっていること

 

いつものパターンです

 

===

 

どうしたら それを避けられるんだろうと思う

どうしたら もっとうまく過ごせるんだろうと 考える

 

でも 根底にあるのは

 

  そういうことになってしまって 悲しい

  うまく過ごせなくて 切ない

 

でも その「悲しみ」も自分の大事な一部で

湧いてきたからといって 和気脇にどけるようなものではありません

 

===
 
「聖地と編み物」 とずっと言われています
 
でもそれが 「本当??」とどこかで信じられない
 
もっとできることがあると思ってしまうし
もっと幸せを感じられることがあるような気がする
 
一方 人生 このようなものかもしれない
すべてがあるのだから それを体験したいのだから
 
頭が 意識が それは違うと言っても
 
現実は何一つ動かず 変わらない
 
だから
 
そこを 
 
  手放すというか
 
  あきらめるというか
 
 
と手の動くままに書いてみて
 
 
こうして書くことで 誰かにすごいと思われたいんだろうな
 
認めてほしい ほめてほしい
 
そんなこと一瞬で 人にどう思われても変わらないよ と思う一方で
 
ほめてほしい と思う自分が 現実にここにいる
 
笑ってくれなかった あの人に
 
その身代わりとなっている 周りの人に
 
===
 
そっか ほめてほしかったんだね
 
よしよし
 
十分よくやったよ
 
本当にもう十分
 
笑わなかった あの人は 今も超絶幸せだし
 
いまのわたしは充分よくやっている
 
 
魔法の呪文は
『これでいいのだ』