なかなか厳しい1週間でした
娘の友達が遊びに来て 1週間滞在
その話があったとき 「あぁ無理デショ(自分のキャパ的に)」と思ったけれど
台風も来ているし 出かけ続きで またどこかへ…という感じもしない
うまくやれば何とかなるかも…と![]()
お弁当などもつくってみることにしました
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やっぱりだめだった![]()
わたしの中の何かが騒ぎます
やりたい放題やってこなかった過去
子どもは遠慮するものだ
わたしを大事に 気遣ってほしい
様々な思い込みがあります
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一方で そうした思い込みを持っている自分じゃ
だめだと思っている
誰がどう 何がどうであろうと
わたしは こう 感じている
手伝わない 普通にしているヒトに もっとこれもどうぞとは出せない
出せればいいのかもしれないけれど 出せない
できない
そういう自分を これじゃあだめだ と思っているようにも思います
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もうそういうことに 立ち向かうのはやめたいと思っていた
自分を傷つけたくない
だからどこかへ避難すればいい
一方で 流れに任せたい という気もする
自分であっち!というのではなく
状況から 何となく こちら~という方へ
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うまく「選択」することで
うまく世の中を過ごしていけるのではないかと思ってやってきて
いまもそう思っています (たぶん)
だからうまく選択できなかったときは自分を責めるし
そんな体験を選んだことをしまったと思う
一方で どうやっても起きることは避けられない
どの道を選んでも 体験したいことは起きる
という気もします
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だから もう起きたことを受け止める しかない
発生した気持ちを抱きしめるしかない
そのときにできる最善のことを
たとえ それが心が痛んで血を流していると感じることであっても
いま
ここで 生きている
それ以上に大切なことはないのだと
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人の役にたちたいとか
お金を稼いで充実感を味わいたいとか
もっとあそこに行きたいとか
もっとおいしいものが食べたいとか
そいういうことが人生の主眼であり
生きている価値だと思っていた
だけれど
本当に大事なことは
例えば 食べ物を口に運ぶことや
きちんと寝るために 寝床を用意して 夜そこに行くこととか
「生きていく」ことのためにやっているすべてが
途方もない価値のあることで
あとのことは 人生のおまけ スパイス ではないかと
思うようになりました
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伊勢白山道山のブログに 何か暗い時期は トンネルだと思えと
そこを抜ければ また一段 違う世界にいる自分がいると
穏やかな暮らしはないのかな といつも思います
心を煩わせることが何一つ起きない
平和で 幸せで お花畑のような
苦しい思いをしなくても トンネルを抜けることはできないのか
苦しい があるから その後の喜びが際立つのか
苦しいを苦しいと思い 避けているから 余計に苦しく感じるのか
わかりません
人生は シンプルなようで 矛盾にも充ちている
続きます