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mathichenの徒然なるままに

mathichenの酔いどれ日記【Hatena版】
https://mathichen.hatenablog.com/
ココに常駐中

しっかしまぁ何ですわな、連日のように超クソ暑いの何のって

おかげでマトモに記事ネタ浮かびませんわ(いつもやろ?言うな!)


その代わり


mathichenの徒然なるままに-wiki額縁(本館)

mathichenの徒然なるままに-wiki額縁(独話別館)


Yahoo!の本館記事と独話別館TOPを撮影したもの

画像が額縁に入っているのがおわかりで?


写真加工サイトなんかでも作れるんでしょうけど

アメブロのパクリみたいな簡単モードばっかり使用記事じゃ芸が無い

wiki文法だって小難しいなりに楽しいぞぉってんで使用しましたのさ


[[attached]]ではなく、画像URLとやらを写真に枠つけるwiki文法タグに組み込む

画像を一度非公開記事にアップロード保存、絶対動かすな消すな(「画像が見つかりません」状態になる)

ちょいと面倒な文法ながら覚えとくと便利ですね(Yahoo!間借り人であれば)

…具体的に書け?各々でYahoo!知恵袋検索して下され。何のためのPCと使わなソンの頭ですからして

生きてますけど
いくつもブログ持ってると、テキトーに手抜きせんと、暑くなくてもバテるし、ネタも(以下略)

放置中も更新日と大差無いアクセス数って
天才以上の天才のおかげ?(態度デカイ)

昨日はですな…

mathichenの徒然なるままに-御坊の空

mathichenの徒然なるままに-和歌山病院の中庭

…「空って広大。落ちてきたら、どーなる?」「緑見て目の保養、ロウ眼遅らせよっと」

山に近い場所ながら、道中に電車からも見える海も近くにあります

海で思い出す1曲ペタリ


海を抱きしめて  中村雅俊

懐かしいですね…といっても、実感あるのは40代以上
↓の曲で始まるドラマの毎回幕切れに流れたのが↑の曲


ゆうひが丘の総理大臣 OP 昭和53年10月11日-

うまいものを知るために「まずい」ものを食う
7月29日 18時27分

 最近、世の中から「作法」が失われてきていると感じている人が多いようで、各種作法について書かれた本、マナー教室といったものが人気を得ているようです。ビジネスの現場でも、「ビジネスマナー」なるものが重要視され、「正しいメールの送り方」から果ては「宴会における身のこなし方」といったものまでが、ビジネスにおける「約束事」として様々なメディアで取り上げられています。


 そもそも「作法」とは何なのでしょうか。


 広辞苑によると、「起居・動作の正しい方式『礼儀――』」とあります。この"正しい"という部分がどうやらキモで、誰が決めたのか、いつからそうなったのか等疑問がわいてこないわけではありませんが、物事にはだいたい理由や背景があるもので、「なぜ」はさておき、ひととおりの作法を身につけておくのが大人の教養だということなのかもしれません。


 一方、作法の英語での言い方、「マナー」をひいてみると「マナー (英語: manners) とは行儀・作法の事を指す」とあります。また、違う文献には「マナーの多くの様式は、四角四面に解釈して適用するマニュアルではなく、人間が気持ちよく生活していくための知恵である」ともありました。

 こちらの解説の方が、共感できる人が多いのではないでしょうか。
 
 前置きが長くなりましたが、「食の作法」をうたった書籍『東京・食のお作法』では、食に対する様々な作法が語られています。その根っこにある精神は「こうやって食べれば美味しいんだよ」という、美食に対する遊び心。遊び心なので、食べ物自体の値段は全く関係ありません。対象が高級フランス料理だろうが、駅前の立ち食いそばであろうが基本は同じ。最も美味しく食べる為の方法を追求しています。この精神の結晶が「作法」として語られているのであって、決して「こうしなければならない」といった堅苦しいものではありません。


 日本人は「作法=ルール」といっ意識が強いため、「作法が分からない」といって各種のマナーを解説したものに飛びついてしまうのかもしれません。


 しかし、「作法」というのは本来個々人が自分なりの方法で追求し、状況に応じたものを身につけるもの。そのためには、ルールで固められた「マナー本」の精神の逆を行くことも必要です。つまり、何事も試し、失敗しながら身につけていくという冒険心であり、それを支える遊び心を忘れないこと。


 本書は食における遊び心の究極の形、「まずいのお作法」で締められます。どうしてわざわざまずいものを食べるのか。それは「まずいものを食うことで、美味いものとはどういうものか本当に分かってくるからだ。そして何より、まずいものを食うことも、それなりに楽しい」と著者のマッキー牧元氏は指摘しています。


 美食に対するこの探究心。これぐらいの遊び心をもって食事にのぞめば、毎日の食卓も創意工夫のしがいがある楽しいものに変わるのではないでしょうか。


( 出典先:日刊アメーバニュース )


小難しく考えず、『グレードアップの楽しみ』でいいんじゃないですかねぇ


現代は何でも選択肢が増えて、食のヴァリエーションも然り

それ自体は悪くないのですが、幼少時から美食慣れするのは考えもの

カウンターでつまむ時価の寿司で育ったら、家で作るノリ巻きや持ち帰り寿司に難癖つけそう

高い位置から始めると、低い位置に降りる勇気が持てない、そんな気サラサラない、じゃぁ


いまの40歳辺りが、ザ・昭和の庶民感覚を体験した最後の世代ではないでしょうか


スパゲッティといえば、ナポリタンかイタリアン、あるいはミートソース

家で作る大ざっぱなのや、せいぜいデパート大食堂の


大食堂といえば、お子様ランチ、ありゃサイコー☆の楽しみでもありました

お子様ランチでなくても、子供にはお外で食事が超のつくゼータクでしたし

映画‘鬼畜’(1978年) の、娘を東京タワーに置き去り場面

直前に父親が大食堂的な場所で美味しいものを食べさせていたと記憶しています


わたしくらいの年齢(ちびまる子と同じ昭和49年の小学3年生)だと

コンビニなんて知るかよ、駄菓子屋じゃっての

で、駄菓子屋といえば…

mathichenの徒然なるままに-粉末ジュース

…こんな上等なのとは違います。とにかくジュースといやぁ、手頃な値段で飲める粉末ジュース を重宝

50代のおっさんに言わせれば、「昔のは物騒なモノが使用、ワシら長生き出来んで~」

そない言うたかて、昔は瓶入りジュースの選択肢と値段がッ


…気を取り直し…


まぁアレやコレやと時代の変遷を見ちまってるわけですよ

だからといって見る目が育ったとは限らないものの

物が豊富にあふれている現代を昔から続いているとばかりの貧相な想像力のガキンチョどもよりゃ、ね


何事でも当たり前のことが当たり前とは限らないを知らない

物事にはピンからキリまであるを実感出来ない

そうやって育つと、食べ物への感謝だけでなく、人を判断する目や、地道な生活の有難さも、知らない…

ただいまYahoo!お手入れ中
ヒマなので、FC2別館で連続更新した後、アメブロ別荘へ避難

$mathichenの徒然なるままに-人間万葉集

作詞家・阿久悠の作品集CD5枚組ですね

一番よく聴くのは…


沢田研二 時の過ぎ行くままに

1975年夏にTBS系列で放送された‘悪魔のようなあいつ’の主題歌
この年の12月10日に時効の三億円事件をモティーフにしたドラマでした

三億円事件といえば、40代以上の脳裏には…

『モンタージュ写真による捜査』

~12月21日にモンタージュ写真が公表された。しかし、事件直後に容疑者として浮上した人物(後述の立川グループの少年S)の顔を見た銀行員4人が犯人に似ていることを根拠として、事件発生1年前に事故死した人物(写真撮影時は19歳)の写真を遺族に無断で用いたものであり、通常のモンタージュ写真のように顔のパーツを部分的につなげた物ではなかった。本来“このような顔”であるべきモンタージュ写真を“犯人の本当の顔”と思い込んだ人が多く、そのために犯人を取り逃がしたのではないかという説もある。

結局、捜査本部は1971年に「犯人はモンタージュ写真に似ていなくてよい」と方針を転換、モンタージュ写真も1974年に正式に破棄されている。しかしその後も各種書籍物でこのモンタージュ写真が使用されており、犯人像に対する誤解を生む要因となっている。~

( Wikipedia:『三億円事件』より引用 )

モンタージュ写真の顔、しっかり!焼きついてるってば~

『府中市の運転手』

~以下F。府中市に住む運転手。事件当時は25歳。住まいや過去の運転手の仕事から各現場の地理に精通していること、血液型が脅迫状の切手と同じB型、タイプライターを使う能力を持っていること、友人に送った手紙が犯行声明文と文章心理が似ていること、モンタージュ写真の男と酷似していることなどから12,301人目の容疑者候補として浮上。しかし、脅迫状の筆跡が異なっており、金回りに変化がないことから、警察は慎重に捜査をすることとした。

発生から1年後の1969年12月12日に、捜査員を取材していた毎日新聞の記者が筆跡が異なるなどの否定材料を入れた上で警察が容疑者としていると掲載し、モンタージュ写真にFの顔を合成するなどして犯人視する報道を展開。それを新聞配達前に知った警察は逃亡の恐れがあるとして、身柄拘束を視野に入れた上で運転手Fに任意同行を求め、十数時間の取調べの後に別件逮捕した。新聞各社も「容疑者聴取へ」などと実名入りで書き立てたが、事件当日に就職試験を受けていたアリバイが証明され翌日釈放された。報道による人権侵害の最たる例であり、この月の縮刷版・当日のマイクロフィルム紙面は現在各社共封印している。

なお、Fは逮捕や一連の報道によって職を失い、その後も真犯人の見つからない「三億円事件の容疑者」としての偏見と事件に関するコメントを求めるマスコミ関係者に悩まされ職を転々とし、2008年9月に自殺した。~

( Wikipedia:『三億円事件』より引用 )

三億円強奪犯人とされるモンタージュ写真、どれだけの『冤罪』を?

先週から大賢者様で古今東西の冤罪事件をお勉強中
当事者はもちろん、周囲の人々の人生をも狂わせる、この世の生き地獄なのですぞ
時の過ぎゆくままに消えるとは限らない、意外としぶとい人間の記憶力ですからな…

話は急に変わって

わたしは、幼少の頃より作家志望でした
限界を見極め中学段階で断念したものの、物語作り好きはその後も延々と続いて
いろんなネタが未完のまま放置されてますが、その中より…

松本清張の‘鬼畜’に、シェークスピアの‘マクベス’の要素を絡め
ドルトムント市井を中心としたドイツを舞台に繰り広げられるこの世の生き地獄絵巻
♪garde-moi la derniere dance(ラストダンスは私に)、♪時の過ぎゆくままにが主旋律


…仮に映像化されたら、どんな傑作なんでしょうね( ̄ー☆
何なら鬼嫁役を自分でやってもΣ\( ̄ー ̄;)…俳優志願でもあったから…(=◇=;)
某スポーツライターが、数年前のブンデス解説中
「シュヴァインシュタイガーって、薄幸感漂うんですよね~」てな意味不明発言を

わたしが薄幸感を見るのは…

グティが退団を発表「僕の心はいつでもレアル・マドリーとともにある」
2010年7月26日(月) 11時38分 スポーツナビ

 25日、レアル・マドリーのグティが本拠地サンチャゴ・ベルナベウで記者会見を行い、既報通りクラブから退団することを発表した。グティはまず、レアル・マドリーへの感謝と深い愛着を口にした。

「レアル・マドリーに対しては感謝の言葉しかない。このクラブでは、素晴らしい瞬間も厳しい瞬間も味わってきた。クラブに入団してから24年、トップチームに昇格してからは15年の間、僕はレアル・マドリーで成長してきた。今後もプレーは続けていくが、僕の心はいつでもレアル・マドリーとともにある」

 グティはまた、家族や友人、サポーターらにも感謝の気持ちを伝えた。

「これまで自分を支えてきてくれたすべての人にお礼を言いたい。家族や友人はいつでも僕のそばにいてくれ、子供たちは僕にすべてを与えてくれる。また、ここには偉大なるサポーターがいる。彼らとは素晴らしい時間を共有してきた。“マドリディズモ”(レアル・マドリー主義)は僕のことを必要としてくれたし、僕もまたファンの力を必要としたんだ」

 一方、慣れ親しんだクラブを後にするのは難しい決断であったことを説明した。

「繰り返しになるが、ここではとても充実した時間を過ごしてきた。今は、このクラブに良いサッカーが戻ってくることだけを願っている。ここにやって来た9歳から、ここを去る33歳まで、僕はレアル・マドリーというクラブであらゆる恩恵を受けてきた。今回の決断を下すのは決して簡単ではなかった」

 レアル・マドリーでは、グティに続き主将のラウル・ゴンサレスの退団も確実となっており、「1つの時代の終焉(しゅうえん)」を指摘する声も多い。だがグティは、それらの意見に対して異を唱えると同時に、生え抜き選手の積極的な登用に期待を寄せた。

「1つの時代が終わったなどとは思わない。クラブにはすでに素晴らしい選手がそろっているが、カンテラ(下部組織)出身の選手も積極的に使い続けてくれるよう願っている。このチームは、これまで常にカンテラ出身選手とスター選手の調和を特徴としてきた。今後もその流れが続いてくれればよいと思っている」

 一方、退団と同時にトルコのベシクタシュへの移籍も発表されると見られていたグティだが、今回の記者会見では移籍先については明言しなかった。

「ベシクタシュから興味深いオファーをもらっていることは確かだが、まだ最終決定を下していない。ただ1つ言えるのは、自分がどこに行くとしても、持てる最高の力をもってプレーするということだ」

 最後に、フロント入りも含めた将来的なクラブ復帰のプランをほのめかしたグティは、立ち並ぶ多くのチーム関係者や報道陣からの温かい拍手とともに記者会見を終えた。

「自分がどのチームでプレーを終えるかは分からない。だが、サッカー選手としてのキャリアが終わる際には、再びレアル・マドリーの力になれるチャンスがあることを願っている」

(C)MARCA.COM

( 出典先:Yahoo!スポーツ )

何があってもどこにいても白組一直線!、クラブ愛の鏡みたいなグティですけど

$mathichenの徒然なるままに-グティ ミスド店員

グティのミスドのCM

…このCMあまりにもの現実味から、「何か…いずれとりあえずバイトしながら就活の末路?」
そうTVの前でシミジミしたものです…(^▽^;)…白組の扱いの軽さを…(T_T)…

「自分がどのチームでプレーを終えるかは分からない。
だが、サッカー選手としてのキャリアが終わる際には、
再びレアル・マドリーの力になれるチャンスがあることを願っている」
グティが力になってやれんようならば、その時こそ白組の末世と終焉の鐘ですわ