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mathichenの酔いどれ日記【Hatena版】
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うまいものを知るために「まずい」ものを食う
7月29日 18時27分

 最近、世の中から「作法」が失われてきていると感じている人が多いようで、各種作法について書かれた本、マナー教室といったものが人気を得ているようです。ビジネスの現場でも、「ビジネスマナー」なるものが重要視され、「正しいメールの送り方」から果ては「宴会における身のこなし方」といったものまでが、ビジネスにおける「約束事」として様々なメディアで取り上げられています。


 そもそも「作法」とは何なのでしょうか。


 広辞苑によると、「起居・動作の正しい方式『礼儀――』」とあります。この"正しい"という部分がどうやらキモで、誰が決めたのか、いつからそうなったのか等疑問がわいてこないわけではありませんが、物事にはだいたい理由や背景があるもので、「なぜ」はさておき、ひととおりの作法を身につけておくのが大人の教養だということなのかもしれません。


 一方、作法の英語での言い方、「マナー」をひいてみると「マナー (英語: manners) とは行儀・作法の事を指す」とあります。また、違う文献には「マナーの多くの様式は、四角四面に解釈して適用するマニュアルではなく、人間が気持ちよく生活していくための知恵である」ともありました。

 こちらの解説の方が、共感できる人が多いのではないでしょうか。
 
 前置きが長くなりましたが、「食の作法」をうたった書籍『東京・食のお作法』では、食に対する様々な作法が語られています。その根っこにある精神は「こうやって食べれば美味しいんだよ」という、美食に対する遊び心。遊び心なので、食べ物自体の値段は全く関係ありません。対象が高級フランス料理だろうが、駅前の立ち食いそばであろうが基本は同じ。最も美味しく食べる為の方法を追求しています。この精神の結晶が「作法」として語られているのであって、決して「こうしなければならない」といった堅苦しいものではありません。


 日本人は「作法=ルール」といっ意識が強いため、「作法が分からない」といって各種のマナーを解説したものに飛びついてしまうのかもしれません。


 しかし、「作法」というのは本来個々人が自分なりの方法で追求し、状況に応じたものを身につけるもの。そのためには、ルールで固められた「マナー本」の精神の逆を行くことも必要です。つまり、何事も試し、失敗しながら身につけていくという冒険心であり、それを支える遊び心を忘れないこと。


 本書は食における遊び心の究極の形、「まずいのお作法」で締められます。どうしてわざわざまずいものを食べるのか。それは「まずいものを食うことで、美味いものとはどういうものか本当に分かってくるからだ。そして何より、まずいものを食うことも、それなりに楽しい」と著者のマッキー牧元氏は指摘しています。


 美食に対するこの探究心。これぐらいの遊び心をもって食事にのぞめば、毎日の食卓も創意工夫のしがいがある楽しいものに変わるのではないでしょうか。


( 出典先:日刊アメーバニュース )


小難しく考えず、『グレードアップの楽しみ』でいいんじゃないですかねぇ


現代は何でも選択肢が増えて、食のヴァリエーションも然り

それ自体は悪くないのですが、幼少時から美食慣れするのは考えもの

カウンターでつまむ時価の寿司で育ったら、家で作るノリ巻きや持ち帰り寿司に難癖つけそう

高い位置から始めると、低い位置に降りる勇気が持てない、そんな気サラサラない、じゃぁ


いまの40歳辺りが、ザ・昭和の庶民感覚を体験した最後の世代ではないでしょうか


スパゲッティといえば、ナポリタンかイタリアン、あるいはミートソース

家で作る大ざっぱなのや、せいぜいデパート大食堂の


大食堂といえば、お子様ランチ、ありゃサイコー☆の楽しみでもありました

お子様ランチでなくても、子供にはお外で食事が超のつくゼータクでしたし

映画‘鬼畜’(1978年) の、娘を東京タワーに置き去り場面

直前に父親が大食堂的な場所で美味しいものを食べさせていたと記憶しています


わたしくらいの年齢(ちびまる子と同じ昭和49年の小学3年生)だと

コンビニなんて知るかよ、駄菓子屋じゃっての

で、駄菓子屋といえば…

mathichenの徒然なるままに-粉末ジュース

…こんな上等なのとは違います。とにかくジュースといやぁ、手頃な値段で飲める粉末ジュース を重宝

50代のおっさんに言わせれば、「昔のは物騒なモノが使用、ワシら長生き出来んで~」

そない言うたかて、昔は瓶入りジュースの選択肢と値段がッ


…気を取り直し…


まぁアレやコレやと時代の変遷を見ちまってるわけですよ

だからといって見る目が育ったとは限らないものの

物が豊富にあふれている現代を昔から続いているとばかりの貧相な想像力のガキンチョどもよりゃ、ね


何事でも当たり前のことが当たり前とは限らないを知らない

物事にはピンからキリまであるを実感出来ない

そうやって育つと、食べ物への感謝だけでなく、人を判断する目や、地道な生活の有難さも、知らない…