無垢なる邪悪 | mathichenの徒然なるままに

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mathichenの酔いどれ日記【Hatena版】
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ココに常駐中

BVBが極悪非道KYバイエルン王国に負けて面白くな~い
決勝の檜舞台に弱いロッベン(南アフリカW杯決勝、座り込んだ場面を思い起こしてみよ)が決勝点決めた
人生最初で最後のスポットライト浴び、運使い果たした。それが慰めだ




面白くねえ~、調子いくない!とタヌキ寝入りしながらも、思考回路は年中無休コンビニ営業状態
ある本に関する考察の徒然なるまとめ記事をば




1989年の米国映画‘バックマン家の人々’に、キアヌー・リーヴスの台詞として
「犬を飼うにも免許が要る場合がある。車の運転や釣りにも免許証が…
なのに父親は誰でも無免許でなれる」
親にド突き回され通しの子供時代を回想した言葉
この映画には、「子供は電化製品とは違うわ。欠陥製品の保証書はないのよ」
親と子、双方に完璧な者は存在しない。それは正しい
しかしながら、親は子供作るか否か決められるが、子供は親選べない以上、親が子供に果たすべき責任は重い




昨日のウェブリ休憩所記事、今日のアメブロ別荘記事への前章でした




【想像力の有無が、生と死を分ける】

以前にも触れたことありますが
もう1年半以上前、発言小町に、毒親関連トピが立ちました
トピ主の相談じゃなく、一般の意見を聞いたものでした
アナタの親は、毒親?イエスかノーで答えよ
圧倒的多数で、イエス
ノーでも、1人を除き、冷静な回答が寄せられました




1人の例外というのは、イエス派を説得する気満々でした
「自分の母親もかつて毒親だったけど、いまは違う
愛して欲しい両親に手を差し伸べればいいのですよ」
簡単に書くと、上の感じの主張でした
「お前なんて生むんじゃなかったわ」
と、毒親だったという母親が幼い娘に言い続けたとのこと
物の見事に論破され、ついでに、お里の悪さを露呈しましたわ
「アナタに、いつまで経っても行方を探し出され搾取される、わかるの?」
「本当の毒親は、話は通じず、相手の心まで食べるモンスターです」
これらのもっともな反論に対し
「両親に恵まれないと、心が歪んでしまうもなのですね」と逆切れしました
その後引っ込んだのは恐らく
「アナタこそ毒を吐いてますよ」との指摘に反論出来なかったから
自分の母親は単なる困ったチャン程度に気づいたと思えない
結局、イエス派を論破出来るだけの知能持たなかったのね




毒親の定義は、各家庭の事情や背景によって差があり、難しいですね
ただ小町の両親大好き娘の場合、絶対に毒親ではありません
「お前なんて生むんじゃなかったわ」
これが、暴力などと込みで長年続き、いまも親に反省の色見えないなら
なるほど、毒親の認定可能ですが、小町娘の母親は反省してますからね
毒親は決して反省しませんし、反省した振りして世間を欺いたりもします
というか、「お前なんて生むんじゃなかったわ」
「女の子だから、跡取りにならん、捨てようかと思ったわ」てな感じで
世間には案外、多く聞かれますよ
その中で一体どれだけが、捨てられずとも虐待受けているのやら
虐待のケースも多いでしょうが、軽い気持ちでボヤいてるのも多いでしょう
勿論、軽い気持ちなら言っても許されるわけではないものの
それらまで対象になるならば、世の中毒親だらけになる気がします




小町娘が叩かれたのは、想像力欠如も大きいと思います
ノーでも、冷静な回答というのはですね
「自分の家は幸い、親に恵まれたけど、身内には見聞きする
そういうケースもあるんだなとは理解出来ますよ」
「本当、日本語が通じない人は多くいて、驚きます
親が子供を虐待するというのは容易には信じられないが、あるでしょうね」
自分の家だけを基準に見ず、見聞を広める
想像力を持つ人から生まれるものなのですから




毒親持った子供の中には
「大学まで行かせてもらったとか、そういう面では感謝する
だからといって、親から人格否定されても、文句も言えないなんて…」
日本では、ジジババに批判的な意見は正しい場合でも、叩かれますね
親はいつも正しい、間違っていても子供は服従しろと、DNAに刷り込まれでも?




ま、似た傾向は海外にも見られます




mathichenの徒然なるままに-赤ちゃんは殺されたのか




‘赤ちゃんは殺されたのか’
SIDS(乳児突然死症候群)の学説を隠れ蓑にした母親による嬰児殺人
1960年代から1970年代にかけて起きた事件が
1980年代に起きた、父親による嬰児保険金殺人事件をきっかけに
1994年に司法の場で暴かれました




学説を隠れ蓑にしたというか
学説打ち立てた側が、怪しげな『ゆりかごの死』に乗っかり利権を得たというか
不明な点も見られ、複雑怪奇な事件ではあります
亡くなった5人のうち、1人は2歳を過ぎた健康な幼児であるなど
SIDSとは考えられないケースが含まれ、個人的には犯罪だと見てますがね




この本の冒頭に引用された
「発見とは、誰もが目にしていたものを見て、
誰も考えつきもしなかったことを考えることである。」
( ハンガリー出身のセーケイ人でアメリカ合衆国に移住した生理学者
セント=ジェルジ・アルベルトの語 )
皆様、興味深いと思いませんか
殺人の証拠を、誰もが目にしていたのに
母親が我が子を殺すわけないという幻想にとらわれていた

と換言すれば?




ちなみに、母親による殺人を疑っていた者も、少なからず存在しました
4番目と5番目の子供が入院していた病院の看護婦たちです
「あの子たちを家に帰せば、明日には死ぬ」
それだけの黒い感触を、母親から感じ取り、医師に警告した者までいました
が、思い込み(そして、利権)の前には、命を救う力持たなかった…




この事件が白か黒かに決着つけたい記事ではありません
「白と黒の間には、グレーゾーン見られる、そんな物事もある、お忘れなく
一度は常識から離れ、あらゆる可能性を考えてみる必要、時には生じる
看過すると、取り返しのつかない悲劇を招いてしまいかねない」
それが、主旨なのですよ
何しろ、毎日のように、子供虐待死ニュースが流されるご時世とあって…




mathichenの徒然なるままに-Waneta Hoyt





米国ニューヨーク州シラキュースに住んでいた主婦、ワネタ・ホイト
1994年3月、1965年から1971年にかけて5人の我が子を殺害した容疑で逮捕された
子供たちの内訳は以下の通り(死亡日、名前、死亡当時の年齢)
1965年1月26日 エリック・ホイト(生後3ヶ月)
1968年9月5日 ジュリー・ホイト(生後1ヶ月半)
同年9月26日 ジェイムス・ホイト(生後2年3ヶ月)
1970年6月5日 モリー・ホイト(生後2ヶ月半)
1971年7月28日 ノア・ホイト(生後2ヶ月半)




5人全員、SIDS(乳児突然死症候群)の死因が下されました
専門的なことはサッパリ。‘赤ちゃんは殺されたのか’を各自でお読み下さいまし
この本に登場する小児専門の病理学者によれば、SIDSは遺伝的素因持たないとのこと
一家に1件以上発症と聞くと、神経をとがらし、3件と聞くと、殺人と断言するという
SIDSが1件出た家の隣家で新たに出る方が確率高いとまで(それほど、連続発症はあり得ない)




エリックの死だけならば、たまたまSIDSで亡くなったと考えても不自然でないでしょう
ホイト家の子供たちの『突然死』が当時疑われて然るべき理由として、「年齢順に死んでいない」
年齢順だと
長男エリック・ホイト
次男ジェイムス・ホイト
長女ジュリー・ホイト
次女モリー・ホイト
三男ノア・ホイト
となるので、怪し過ぎるというわけです
SIDSというのは、生後3ヶ月~9ヶ月頃が危険率高く、1歳を過ぎるとドーンと低下するそうです
どんなに多産母さんでも、1回産んだら次産むまで、母体の休養も要るだろうし、最低1年はかかりますよね
仮に一家でのSIDS連続発症があり得るとしたって、危険な時期を考えれば
妹ジュリーが生後1ヶ月半で亡くなった時、生後2年3ヶ月と乳児どころか幼児の兄ジミーが亡くなるなんて?
このジミーは至って健康
それが、朝食後、叫び声を上げて突然死。肺、肝臓と脳に鬱血が認められた。副腎が小さいと考えられた
…そんなアホな話、どんだけド素人でも信じられますか?




5人全員、彼らを襲った事故( * SIDSが即死とは限らない)は母親の報告によるものでした
ワネタは裁判の証言台で、ジュリーの『事故』について話した際
「家の外に出て助けを求める時、ジミーにおとなしく長椅子に座ってなさいと言い、ジミーは座っていた」
法廷に戦慄が走ったといいますが、賢明な皆様のご想像通り、「ジミーは、目撃してしまったのか?」
SIDSが考えられない年齢で、妹の死からわずか3週間後に突然死した
2歳にもなれば、ある程度の意思の疎通が図れる…母親に、何か伝えたのか?




「母親による殺人を疑っていた者も、少なからず存在しました
4番目と5番目の子供が入院していた病院の看護婦たちです」




ウェブリではこう書きましたが
実の所、嘆き悲しむ母親を前にしては憚られただけで、近隣で不審がられていたよう
確率的にはあり得ない、ジュリーとジミーの連続突然死当時は、特に
殺人までは思いつかずとも、母親に対して何か疑念を抱いてはいた
ワネタの夫ティムの姉アンなど、連続突然死からわずか半年後の1969年に義妹が4人目妊娠を聞き
「もう3人も亡くしてるのに、また産む?あんたの頭のネジはどこかユルんでるんじゃないの
子供産むことが務めだと母さんの教えに従った?あんたの母さんの頭がどうかしてるわ
( * アンは、ワネタの実母がどうしても好きになれなかった)
どうしても子供欲しけりゃ、どっかから貰ってくりゃいいでしょうに」
義妹に噛みついた後、次は実弟にも説教したら
ティムの方は、また子供失う恐怖から、諦めるよう妻を説得したというも、夫婦の力関係で勝てなかったと…




ティムは妻を疑うことはなかったのか?
彼は、妻から言われれば、真夏なのに外で雪が降っているを信じかねないタイプなのですよ
もっとも昔々の映画‘ラスト・タンゴ・イン・パリ’(1972年)のマーロン・ブランド
妻が自ら命を絶った原因がわからない夫の台詞として
「例え夫が200年生きようと、妻の真の姿を知ることはない」
続けて
「例え宇宙を理解し得たとしても、君の真の姿を知る事は出来ない」
これも、夫婦の一面の真理ですからね…




子供が亡くなるごとに、嘆き悲しむ母親の姿を見せたワネタ
母親なら当然と思われるでしょうが
ワネタ自身は否定した彼女の『病気』に

代理ミュンヒハウゼン症候群(だいりミュンヒハウゼンしょうこうぐん、Münchhausen Syndrome by Proxy, MSbP)とはミュンヒハウゼン症候群の一形態であって、傷害の対象が自分自身ではなく何か代理のものであるような精神疾患である。

多くの場合傷害対象は自らの子供であるため、児童虐待と同列に挙げられることも多い。しかしながら傷害行為自体は患者の目的ではなく、手段として傷害行為に及び自分に周囲の関心を引き寄せることで、自らの精神的満足を他者から得ようとしているものである。子供が患者の傷害の対象である症例では、患者は傷害を目的として行っているわけではないとはいえ、行為が反復・継続し、重篤な傷害を負わされる危険があるので、早急に対策を行う必要がある。傷害の対象と患者を隔離すれば、直ちに「傷害」は改善する。

( Wikipedia:『代理ミュンヒハウゼン症候群』より引用 )

考えられるそうです
モリーとノアの入院していた病院の看護婦たちは、ワネタは子供に興味がないと見ていました
母親は普通、子供を抱き寄せる。ワネタは、遠く突き放す格好で抱く
ティムが病院を訪れ、子供たちを抱くと、怒ったように見ていて、夫にベッタリしようとする
…何かにつけ、自分に関心を集めるためなら、手段は選ばないタイプと考えられますよね
世間の注目を集めた裁判の間も、何やら楽しそうな表情が見られたといいますし…




ワネタ裁判において、弁護側ですら胸にグッときたことは、検察側の最終弁論でした




「弁護側は政府の強力な権力について話した。わたしたちは権力を持っている
しかし政府の力など、ホイト夫人が5人もの我が子を殺した力と比べ物にならない
ホイト夫人には弁護士がつき、無実を証明しようと奔走してくれる
一方で5人の子供たちには弁護士はついておらず、誰もこの子たちの権利を訴えてくれない
権力というが、それならばタオルや肩で口をふさぐ力は何なのだ?それこそが強大な権力でないか
彼女は我が子を殺した。だから殺人罪に問われなければならない」




ワネタは自白後、法廷では一転して無罪を主張したが、4件の殺人で有罪となり、75年の刑が言い渡されました
ただし、1998年8月13日に膵臓癌で死亡したので、訴追側にすれば刑の重さが堪えない間にの無念ですかね
いや、ノアの死後に迎えられたホイト家養子ジェイが一番、無念極まりないかも
裁判長が判決を言い渡す際、ワネタへの忠告として
「ワネタ、ご主人に、また弁護士に、わたしに、神に、何を話そうと構わないけれど
そこに座っている我が子には責任がある。あなたは彼に真実を告げる義務がある」
ティムはもう成人だ。ワネタと一緒に長い年月を共にしてきた
妻の罪と自分の無知と無為という真実に向き合える。逃げることも出来る。選択肢があるのだ
だが18歳の少年であるジェイには、ワネタが母親であり、彼女を信じるしか道はない
…ワネタは刑務所で「どうしてここから出してくれないの」と不満、マスコミには無罪を主張し続けました
息子にもでしょうね
息子は母親の言葉を信じるしかないのに、現実は、母親は監獄に入れられたまま、そして死んだ
どう折り合いつける?
陪審員による有罪評決が出た直後、テーブルに突っ伏して泣く姿のジェイの写真を見ると
裁判長がジェイに言った、「あなたは6番目の犠牲者だ」、ズシリ感じませんかね




$mathichenの徒然なるままに-ソロモン王の審判




2人の娼婦がそれぞれ新生児と一緒のベッドで寝ていた所
片方の母親が自分の横に寝ていた我が子が死んでいるのに気づいた
その母親は夜中に隣の赤ん坊と死んだ子を取り替え、自分の子だと言い張った
もう1人の母親は相手の企みに気づき、互いに譲らず、遂にソロモン王に持ち込まれる争いとなった
王は剣を抜き、赤ん坊を2つに切り裂くから、それぞれ持ち帰るがよいと提案した
本当の母親は赤ん坊の命を救うため、訴えを取り下げた
そうやって王は誰が正しい母親かを見抜き、彼女に赤ん坊を渡した




旧約聖書に、世界で最初の赤ん坊の突然死が書かれているのですな




子供を敢えて危険にさらして、真の親心を試す
ジェイ・ホイトを立たせ、ソロモン王の審判に似た提案をワネタ・ホイトにしたら、どう応えるか?
証拠残さないよう巧妙に児童虐待を繰り返し、通報や児童相談所に噛みつく親に、似た提案したら?
非常に興味湧く今日この頃であります