AFP=時事 1月23日(水)16時13分配信
【AFP=時事】「貧困から逃れ、地球温暖化を避ける唯一の道を世界にもたらすのが原子力エネルギーだとしたら・・・? 」──過去には原子力エネルギーに異を唱えながら、主張を180度転換させた人々の声を集めた映画『Pandora's Promise(パンドラの約束)』が18日、米国で開催中のサンダンス映画祭(Sundance Film Festival)で上映され注目を集めている。
日本の食をむしばむ放射能への恐怖、福島第1原発事故
1988年の反核映画『Radio Bikini(ラジオ・ビキニ)』で米アカデミー賞(Academy Awards)長編ドキュメンタリー賞にノミネートされたことのあるロバート・ストーン(Robert Stone)監督は長年、原子力反対派として知られてきたが、09年の『Earth Days(アースデイズ)』を制作する中、自らの立場が変わったという。「多くの環境保護運動家の側に諦観や宿命論、終末論的な考えがあると思い知らされた。彼らは本当は自分たちの解決法がうまくいくとは思っておらず、われわれはみんな滅びる運命にあるという。わたしはそういう考え方をしたくない」
今回の映画は、これまで人生のほとんどを反核にささげてきたにもかかわらず、考えを変えた著名な科学者や環境保護運動家、ジャーナリストらに主張の機会を与えている。「反核を唱えていたのに心変わりした人々の目を通して、なぜ彼らは反核を主張していたのか、語らせたかった」
映画は原子力エネルギーを完璧なものとしては描いていない。しかし統計も用いた現実的な姿勢で、「エネルギー消費を減らしながら、力強い経済成長を達成する」といった環境保護運動が支持する考えを論破しようと試みている。
■「原子力こそ最良のクリーンエネルギー」
ストーン監督は「世界の人口は増えていく一方で、貧困から世界の人々を引き上げる道徳的責任もある。そうするためにはもっとエネルギーが必要だ。『まず第1に風力と太陽光で世界のエネルギーをまかなおう』という幻想は打ち破る必要がある」と言う。さらに「温室効果ガスの排出制限で全世界的な合意は得られないのではないか。非常に簡素で効果的な、先進的な原子炉を設計することで未来は拓けると思う」
また地球に対する人間の影響を最小限にする必要があると述べ、「それを実現する唯一の方法は19世紀に逆戻りすることではなく、われわれが持っている最良の技術を使うことだ」と語った。
映画は事故のリスクを含めた原子力の恐怖についても扱っている。2011年に起きた東京電力(TEPCO)福島第1原子力発電所の事故の映像から始まり、核兵器の拡散や核廃棄物問題の映像へと続く。さらに国連(United Nations)などから入手した資料を用いながら、化石燃料の使用によって起こる危険と原子力エネルギーの危険を対比させた上で、原子力エネルギーは依然、最も環境を汚さず危険が少ないと主張している。
ストーン監督によれば、原子力エネルギーの価値を再評価する環境保護主義者は今、増えてきているという。「私たちは転機にある。2012年は史上最も暑い年だった。ハリケーン・サンディ(Sandy)によって多くの人々が、今までわれわれがやってきた方法ではうまくいかない、違うことをしなければならないということに気付いた。その答えが原子力だ。しかし、その結論に至ることをみんな恐れている」【翻訳編集】 AFPBB News
( 出典先:Yahoo!ニュース )
理数系は全くダメ、原子力なんてサッパリだから、mathichenさんが賛成か反対かは言いませんよ
「世界の人口は増えていく一方で、貧困から世界の人々を引き上げる道徳的責任もある。」
この点が、反対派に懐疑的な目を向けたくなる理由ですね
環境保護運動家が全員そうだとは言わないですが、結局、運動に集中出来るだけの裕福な環境じゃないの?
昔々、米国の運動家が来日、何かの反対した時の映像を観ました
何かが生活の糧である日本のおっちゃんが、「それじゃ、オレたちはどうやって暮らせばいいんだ?」
返ってきた言葉は、「転職すれば済む話ですよ」
おっちゃんは、「フザけるなッ」
運動家は風貌と立ち居振る舞いから見て、大学生か卒業して何年も経っていない、上層中流白人坊や
その気になれば運動から撤退して転職、いや本職の片手間かも
生活の糧を奪われる恐怖抱えるおっちゃんの怒りの何がわかりますか?
「ヴェトナム戦争を取材した経験から政治家を志した」
ようやく引っ込んでくれた前都知事、これが躓きの石ですね
現地に行かず遠吠えしていたべ平連(ベトナムに平和を!市民連合)
この類よりは上等ながら、昔から革命家もどきやテロリストは中流階級に現れる法則の見本
温室育ちの引け目を覆うべく・単なる勘違い、そういう発端が大半
上流階級は、上座から出来る範囲での支援をして、現場を混乱させない
下層階級は、見過ぎ世過ぎに忙しく、遠方の未知なる他人の心配してるヒマない
と書けば?
インテリスタ(誰やねん?)とバルセロニスタ(mathichenさん)の同意した事
「何もお手伝い出来ない足手纏いを認識した上でか、よほど自信あるか
この2タイプでなけりゃ、被災地に赴こうとする奴、ただのお邪魔虫」
ちなみに、インテリスタは、神戸被災地を直に見た経験を持つ
上段は、東日本大震災直後、天罰どーたら発言した都知事を見ての感想
言わんとしていることおわかりですよね
仕事やおカネなどの逃げ場を自ら捨てる、不退転の決意が感じ取れなければ、何とか運動家には半信半疑です
『ノー』は未知の事柄への恐怖に対する防衛機構であることが多い
しかし、一旦ノーと言うと、その決定を覆すのは困難になってしまう
何ですか、ビジネスマンの能力開発セミナーでは、『ノーと答えるタイプ』に対して
どんな提案にも、例え馬鹿げているように思えても、取り敢えず『イエス』と答えるように教えるとか
後で考えてから、意見を変え、『ノー』と答えるのは構わない
人は、参加するという最初のハードルを越えれば、その決定を大事にし
その反対の場合より多くの機会を掴めるようになるのだとのこと
「しかし、その結論に至ることをみんな恐れている」
参加した上で、それでも意見が変わらないのは、その人の信念として認めよう
取り敢えずこちら側へ飛び込んでみろと説得する
原子力エネルギーの価値を再評価する環境保護主義者の課題でしょう
「いのち」プロジェクト第21章「元原子力安全委員会 住田健二」(前)
「いのち」プロジェクト第22章「元原子力安全委員会 住田健二」(後)
昨年の大震災時にTV釘付け状態の方々はご存知でしょう
その後TV出た時、推進派の言い訳とぬかしたヤホー記事あります
反対デモの大半は、大震災まで危機意識も知識も持たずノンキに?
そうだったら、付け焼刃のようなもの。デカイ顔するんじゃない
【記憶の旋律を残す楽譜代わりに】(2011年9月2日本館)
東海村の時の憔悴ぶり思い起こすたび、お気の毒になるんだよ
( 2012年11月25日ウェブリ休憩所【高校卒業証書持たずとも、気分だけ高等遊民】より )
「阪神大震災のあと、耐震指針を見直したとき、『問題はない』という見解になりました。
今思い出せば、あのとき『自分は少数派だから、意見が通らないと思って強くは発言しな
かったが、基準は見直すべきだ』と言ってきた学者がいました。1人ではなく、何人も。
みなさん、原子力に利害のない学者でした」
(「アエラ臨時増刊・原発と日本人」5/15 日号より )
反対か賛成かに関わらず、利害のない者は、何でも好き勝手にやれるのですよ
それが例え、誰かの生活を破壊するとしても、知らぬ存ぜぬでね
住田先生と原子力エネルギーの価値を再評価する環境保護主義者、対話させて見て下さい
現在の位置づけはともかく、一応、両極端から始まっている、見物だと思いますよ
何故か?
1991年か翌年頃、ある雑誌社が左右両翼対談を企画
両極端を円状に繋げば、紙一重の隣合わせになるのではとの意図
この2人を公園で引き合わせた結果は、大成功。両者は議論に花を咲かせた
これって、思うに、各々が確固たる信念の持ち主だからでは?
『自己確立』していれば、180度違う相手でも受け入れられるとでも