日本も極寒でございます
まぁ外が冷凍庫でなくても、部屋内は冷蔵庫、今日は心も…(理由は、本館記事に)
【遥かなる国よりの調べを独り寂しく聴く夜の前に】
で、サッカー放置、本館番外編を別荘にて
…というのは、2010年12月27日のお話(【乙女でも勇ましき我が子を愛するのが親心】)
今冬も、メチャ寒い。耐寒訓練にも疲れた
25日~30日まで放送の、NHK-FM年末恒例バイロイト音楽祭。これで暖を取ろう
今年と来年は続けて、♪ニーベルングの指環がお休み(2013年、ワーグナー生誕200年に新演出登場)
今年は新演出♪タンホイザーの他、♪ローエングリン、♪トリスタンとイゾルデ、♪パルシファル
の3演目はほっといて、♪ニュルンベルクのマイスタージンガーをお題に当記事一丁上がり☆
写真右下、ヒヒ爺が超若いカノジョ連れてご満悦ではありゃしませんぞ
昨年90歳にしてようやく地獄落ち、失礼、遂に昇天された、演出家ヴォルフガング・ワーグナーと
爺さんが還暦頃に略奪婚でもうけた、親父の薫陶の下で成長して演出家になった娘カタリーナちゃん
早い話、作曲家の孫息子と曾孫娘です
ヴォルフガング爺さんは計3回、マイスタージンガー演出を手掛け(1968年・1981年・1996年)
カタリーナちゃんは2008年の聖地デビュー作品としてマイスタージンガーを発表
マイスタージンガーという作品、反ユダヤ的思想じゃナチス・ドイツ利用問題じゃと後ろ暗い歴史持つ
いろんな解釈読み換えし放題、演出家の創作意欲そそるといえば全くその通りながら
ワーグナー家にすれば、深く触れないでいたい、でも見ざる聞かざる言わざるも難しい、厄介な遺産であります
1980年代のヴォルフガング父ちゃん演出(写真左上)、これは伝統的な舞台装置他で語られます(YouTube)
悪役を悪役のまま終わらせないなど当時としては斬新な面見られる一方
悪役ベックメッサーにはユダヤ人がカリカチュアされているという指摘が残されているを思うと
作曲家の反ユダヤ的思想ひいては…に触れるのを避けたという見方も出来ます
これに対し、カタリーナちゃん演出(写真右上)は、見た目も解釈もブッ飛んでいるとか
(見た目は、Bayreuth Live 2008 、Die Meistersinger (Bayreuth) ペタリ)
ちゃんと全部観ていないため、アタクシですら意味不明(観ていても?ほっとけ)
いくつかの評を読む限り、まだまだ作品の掘り下げ浅く稚拙な部分が散見されるとのこと
しかしながら、カタリーナちゃん演出には、過去との訣別の意志が感じられるそうな
ひい爺さんの思想や、鉤十字時代、それらが数十年や一世紀ちょいで清算されるはずなくても
前進し、新たなバイロイト神話を築かねば、『神々の黄昏』(ひい爺さんの作品題名)ですからね
脱線すると
ワーグナーの反ユダヤ的思想は非常に個人的なものである説が、日本ワーグナー協会内に根付いているそうな
下級官吏であった父カール・ワーグナーはリヒャルトの生後まもなく死に
母ヨハンナはカールと親交があったルートヴィヒ・ガイヤー(ユダヤ人)と再婚
ガイヤー姓を名乗っていたこともあるリヒャルトですが、やがて両親に恐ろしい疑念を抱いてしまいました
出生環境を調べた結果ですかね、「継父こそ、実父ではないか」
ガイヤーが実父であれば、自分にもユダヤの血が流れていることになる
ユダヤ教徒と異教徒から生まれた子供は、母親がユダヤ人でないと自動的にはユダヤ人にならないから
ユダヤ教の観点からいえば気に病む必要無いんですけど、まぁ欧州の伝統的な反ユダヤ観からの恐怖でしょう
何にせよ、疑念を抱いた頃には、答えられる両親はこの世にいなかった。永遠に答の出ない質問
自分の存在意義を問う葛藤が、反ユダヤ的思想に見え隠れする
と、ワーグナーの諸々に一家言持つオタク揃いの協会内で定説化しているといいます
ちなみに、鉤十字総統の風貌、どう見てもアーリア人というよりゃ…言わないお約束でしたかいね???
マイスタージンガーそしてバイロイトへ戻ると
Furtwangler or Abendroth in Bayreuth 1943
1943. Die Meistersinger von Nürnberg - Prohaska, Lorenz, Müller (Wilhelm Furtwängler, Bayreuth)
1943. Die Meistersinger von Nürnberg - Schöffler, Suthaus, Scheppan (Hermann Abendroth, Bayreuth)
指揮者と出演者がA組B組に分かれた、1943年の戦時音楽祭マイスタージンガー
その上演ライヴ録音2種類(4時間以上かかる長大な作品を2回もアップした御方お疲れ様)
幕切れが盛り上がり過ぎのA組録音は、第一幕の教会場面冒頭と第三幕の歌曲洗礼場面が欠落するも
ノンベンダラリな面が聴かれるB組ともども、戦時中の空気を後世に遺す価値は充分ございます
だけに…
2000年夏、大阪某所にての当所管理人と日本ワーグナー協会員の会話
「mathichenさん、この間のNHK観たやろ(*‘魅入られた祝祭 ワーグナーの世紀’)
傷痍軍人招いた慰安公演としてマイスタージンガー上演風景、あれは間違いなく鉤十字のプロパガンダやけどな
あのライヴ録音が存在するとしたら、どこに隠されてると思う?」
「そんなもん、ソ連、ロシアに決まっとるがな。モスクワのどっかに埃かぶって半世紀以上って感じで」
「ロシアやな、やっぱ。存在しようがするまいが、ボク探しに行きたいわ~」
「ロシアは遠いで~。着いてから探す時間もかかるし、どんだけ会社休まなアカンねん」
歴史
メディアを帯磁させることで音声信号を記録する磁気録音方式自体は、1888年にアメリカ人オバリン・スミスが最初に着想しているが、システムとして実用化された最初は、デンマークの発明家ヴォルデマール・ポールセン(1869年-1942年)が1898年に完成させた、メディアにピアノ線を利用した磁気録音式ワイヤーレコーダー「テレグラフォン(Telegraphon)」である。
テレグラフォンに始まる磁気録音ワイヤーレコーダーは、人間の声を聴き取りうる実用水準で録音でき、一定の長時間録音も可能であったが、音質向上の困難さやワイヤー伸びの問題などを伴い、一般的なものとはならず、テープレコーダーが実用水準に達するまでの約半世紀の間、ごく限られた範囲で用いられたに過ぎなかった。簡易な録音機としてはトーマス・エジソン発明の蝋管レコードの系譜に属する機械録音装置「ディクタフォン」が第二次世界大戦以前の主流であった。
磁気記録の媒体を、より扱いやすく耐久性のあるプラスチックテープにしたのは、ドイツ人技術者フリッツ・フロイマー(Fritz Pfleumer 1881年-1945年)で、1928年にこれを利用したテープレコーダーの原型を完成した。以後電機メーカー・AEGの手で改良され、1935年に「マグネトフォン(Magnetophon)」の名で市販されたものの、音質が悪かった。
その後、化学メーカーBASF社の協力によるテープ材質の改良(アセテート樹脂)と、1938年の永井健三、五十嵐悌二による交流バイアス方式の発明で、1939年~1941年までに音質が飛躍的に改善され、実用に耐える長時間高音質録音が可能となった。
この結果、テープレコーダーは第二次世界大戦中のドイツにおいて、政治宣伝・対敵宣撫放送用のメディアとして大いに活用された。アドルフ・ヒトラーの長大な演説やクラシック音楽を、レコード針等の雑音・ディスク交換による中断などなしにいつでも連続録音・再生できることは、放送用メディアとしての非常な利便性であった。ラジオ放送用としてフルトヴェングラー指揮によるベルリン・フィルの演奏もテープ録音され、貴重な歴史的音源となっている。この過程ではステレオ録音もすでに試みられていたという。
軍用特殊用途として特筆されるのは、ドイツ海軍の潜水艦・Uボートの多くにテープレコーダーが搭載されたことである。潜水艦が発信する通信電波は敵方に自らの潜伏位置を知らせてしまう危険を伴う。そこで通信内容をテープレコーダで一旦録音し、それを早送り再生して送信した。これで無線交信時間が最小限となり、また傍受されても敵には内容解読が困難になる。第二次世界大戦後、この高速再生通信のアイデアは世界各国の軍用・外交・諜報の分野で情報秘匿通信に広く用いられるようになった。
ドイツの敗戦後、テープ録音技術がアメリカに移転され、民生用途に広く転用されるようになった。1947年には3M社が磁気録音テープを発売した。1948年のLPレコード開発と相前後して、高音質へのニーズが高まり、レコード会社は高音質化と長時間録音実現のため、相次いでテープレコーダーを導入する。各国の放送局でもその利便性を買われ、同時期から長時間放送や音声取材の手段として活用されるようになり、特に取材ではポータブル・テープレコーダーが広く用いられた。
( Wikipedia:『テープレコーダー』より引用 )
ドイツ帝国放送を傍受していた連合軍、レコード針などの雑音・ディスク交換による中断も無しが不思議だった
ドイツが世界に冠たる技術の開発を知るや、そりゃもう手を出さずにゃおられない
ベルリン陥落後放送局に押し入ったソ連軍なんて、さすがは綺麗なおねえさんを何輪も落花狼藉の実績持つだけあって
目についたものは全部、壁のコンセント差し込みまでお持ち帰りになる略奪ぶり
西側では海賊版でしか知られなかった大戦当時の貴重な録音オリジナル版が大量、ソ連崩壊前後に登場の背景ですが
そこから、「慰安マイスタージンガーも…」との和製ワグネリアン2人の妄想が生まれたのですよ
これは、1960年代前半上演の映像、ヴォルフガングの兄ヴィーラント演出より、第三幕の『迷妄のモノローグ』
人の迷いについて思いを巡らし、ザックスは「迷妄を巧みに操って、気高い行いを成し遂げよう」と心を決める
小心者ベックメッサーを陥れて、軟弱騎士ヴァルターの歌合戦優勝を勝ち取る。何たる極悪非道よ
と実はベックメッサー大好きなmathichenさんの独り言は置き
迷妄を巧みに操って、気高い行いを成し遂げよう。国家単位でやられたら、怖いですよねぇ
何が言いたいか?
10年経った現在、アタクシは正直、慰安マイスタージンガーを聴きたいと聴きたくない相反する心境に至っております
慰安マイスタージンガー上演、1944年夏
連合軍がノルマンディー上陸作戦をほぼ成功させ、ドイツ上空には爆撃機が飛来している
ドイツ国内では、総統暗殺未遂事件が発生して、政権は盤石ではなくなっている
ドイツ帝国破滅の日は遠くない
世界に冠たるドイツの崇高なる芸術どーたらとノンキたらしく唱和してられへんやろッ
事ここに至っても本気で、千年帝国の栄光を信じての讃歌であったのか?
それとも、破滅を感じ取って、しかしながら最後の瞬間まで諦めないドイツ精神が勝ってか?
勝手に同胞と決めているドイツの皆様の心理を知りたいような知りたくないような葛藤からです
ヴォルフガングの母堂ウィニフレッドが、右手上げる系で総統ファン
ワグネリアンな総統をお招きして喜ばせ、何かと面倒な鉤十字時代にも存続させた祝祭劇場
聖地なんだか悪の本丸なんだかのバイロイト祝祭劇場には、一度でいい、行ってみてえや~
