聖なる基準を知る、人生の暗部を知ってからの話 | mathichenの徒然なるままに

mathichenの徒然なるままに

mathichenの酔いどれ日記【Hatena版】
https://mathichen.hatenablog.com/
ココに常駐中

ここ4年近く、雑誌は除き新しい本はほとんど買わず
一からジックリ読む気力が湧かない状況のため、過去に読んだ本の再読をゴロ寝しながら多い



mathichenの徒然なるままに-聖と賤



‘日本の聖と賤 近代篇’と‘アジアの聖と賤’、野間宏沖浦和光の共著ですね
‘日本の聖と賤’の中世篇と近世篇は未読であるものの、その時代について他の資料である程度は
明治維新の解放令以降と照らし合わせると、日本という国が如何に欺瞞多いか知れます



被差別部落民が皆、貧乏と差別に苦しんだわけでは無い
カネ持ち階級は存在し、部落を生涯出なければ差別とは無縁であった



無論、多くの人々は厳しい生活と闘ったのですが
大坂の釜ヶ崎では、貧しく汚い長屋暮らしに身寄りの無い孤児や障害者を受け入れ面倒を見るなど
見捨てられた底辺の人々ほど、慈悲深く互助精神に溢れていた



何でも選り好み出来る都心のクソ生意気なドグサレ似非中流だからこそ
汚染された物でも食べざるを得ない被災地を無視、単なる偏見や我が身可愛さによる風評被害を拡大
東電だけに責任あるのでなく国やその関連も共犯である側面が見えない



定収入の安定した仕事ありオール電化慣れした飽食育ちでカタログやネットに依存したお買い物
つまり、手に取って自分の目で判断する力持たないからこそ
見えなくても真摯に思ってくれる相手を、見えても欺瞞かもしれない相手より格下げし
見落としあるかもなのに口先だけの同情で遠巻きにする痛点ゼロにもかかわらず
反原発掲げるなど、便利な生活捨てられるかどうかのくせにエラソーな口利く資格無いんですけどね
温故知新、まずは上の写真の本を探しもとめジックリ読んでお勉強して来いっての
話と相談に応じるは、それから後の話