平成14年にNHKで放送されたものが記事になっていました。
帝国ホテル料理顧問村上信夫(むらかみのぶお)さんのインタビュー記事です。
何気に見つけた記事ですが、あまりの内容に「はぁぁ…」と声が出っぱなしでした。
なんて苦労した人なんだ。
なんてすごい人なんだ。
なんて立派な人なんだ。
なんて前向きな人なんだ。
村上さんのエピソードが1つ語られる度に
「はぁぁ…」
しか出てこない。
インタビューをされてる方のセリフにも
「ハァー」
がよく出てきます。
もうね、「すごいですねぇ」「大変でしたねぇ」
という簡単な言葉なんて出てこないんですよ。
人というのはこれ程まで自分の知恵を絞れるものなのか、自ら学ぶというのはこういうことなのか、こんな酷い状況でもこんなに前向きに生きていけるものなのか、ということを教えてくれる内容です。
村上信夫さんは大正10年(1921年)生まれ。
インタビュー記事ではまだまだお元気な80代の現役シェフでしたが、2005年に亡くなられていました。
村上さんはわずか11歳の時に両親と死別をしています。2人とも結核だったそうです。
病気の両親を見ていて「手に職をつけなければ」とこの頃から思っていたと。
妹はいたけれども11歳の少年には小さい妹を養うことはできないので養女に。
厳しい料理の修行をしている昭和17年に出征。
終戦を迎えた昭和20年、38度線より北にいた部隊はシベリア抑留になりましたが、ここに村上さんも。
マイナス48度〜50度の壮絶すぎるシベリア抑留。
シベリア抑留のことがよくわからない方はこちらの漫画が大変参考になります。
こちらの漫画は、実際にシベリア抑留されていた方の娘であるおざわゆきさんが父親の話を聞きながら書いたものです。
この作品は第16回文化庁メディア芸術祭マンガ部門新人賞を受賞されています。
長いインタビュー記事ですが、興味のある方は是非お読み下さい。
http://h-kishi.sakura.ne.jp/kokoro-7.HTM
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