長男が家を継ぐとか、言わなくても、シャッター街になった、大通り…抜けて小脇に入るも、町工場は壊滅的…。
瓦礫の山を想像してほしくないのだけど、バブルが弾けて、あの時、何が出来たかとか、振り返って後出しジャンケンされるのは悔しいものだ。
家制度が崩壊して、空き家ばかり。
家は引き継ぐもの。
棟上げで神主さんが?(ゴメンね~)来る家は多いだろうけど、解体するのに儀式があるのか知らない自分が居る。
とにかくだ、家の供養ってなんだ…代々続いてきた家業とかある場合は多いんだろう。
自分はおが屑で職人系アートをやりたいと思ったときに、この家の大黒柱が貴重なものに見えたりするかも。
親の仕事の内容(道具だったり)と、その家の構造材料で、私的にはギターが何本できるかとか…自分は冷たい人間なのか、柱の傷をランドセルから財布を型取りして、製作は関心がない。
空白の時間。
東京へ出て行ってても、いつでも帰ってきて出来る仕事をたくさん残すようなこと?
アートは自由だから、インダストリアルデザイン的にもそう悪くない素材だとも思うし(パスタ風おが屑?)。
親の仕事と、自分自身の経験と、家という素材の偶然性で…何かが出来ないのか…とか。
帰ってきて…。
ウルトラマンじゃないけど。
反ナチス的に、「しむけん」さんのアイーンで、敬礼!
これより、この町は生まれ変わる???
想像力のすべてで。
ただ、寂しく記憶の中で泣き三味線が聞こえているだけなのは寂しい。
極端に消滅してしまう市町村…とか。
人の気配、血の気が引いていく中で、人が立ち去るためのしりぬぐいっていうか、自然への恩返しっていうか…って、自然が美しいとか思ってないですけど…何かが出来ると思う…と言いつつ、世の中のものをおが屑にすり替える方法しか知らない自分ですが。
ってか、スマフォで、仮想空間が演出するくらいの(ポケモン騒動的)ことで、気にかけている人は手一杯だから、現実は放置なんだろうな。
でも、それって最低限、技術者の条件だし…。
言う割には、無責任な自分。
今年の汚れは今年のうちにキレイにしとかんと、来年持ち越し、縁起悪いって???