長々と書いた下書きがあったのですが、昨日のことの反省をすると、無意味に思えてきた。
それを掲載するのはやめた。
フェミニストが男女の個体差を踏まえているのかも知らないけど。
生きていているんだけど、生まれたか生まれていないかの境界に問題はないか(出産の定義を知らない)。
母胎から顔を出したとき、それを日の出(陽は昇る)というのなら。
動画の中の血液によって染められたシーツにタブーを見たりする。
献血には行かない自分だけど。
宗教的に女人禁制な場所にある造形物は概ね似通っている。
女性機械論を言って嫌われたくないので、考えた。
サルでも、子供のサルに人形と車のおもちゃを見せると、メスは人形を抱き、オスはクルマで遊び始めた。
適性は明らかに違うのに。
女性活躍社会というけど、ロケットのように逆立ちして重力に逆らって天に向けて赤子を打ち上げるようなこと。
アポロ計画並みの尋常なさを感じる。
かぐや姫か…。
それを美術だと言って風刺しても(無意味さ、可能性に乏しい)、堕胎罪と重ね合わせるとか、みるに値するほどのことは出来そうにない。
ただ、像としての日出、日没を示す時計として、女体像を逆さにしたり(手のような足、あえて限定しない)、普通に直立させたり、東洋的主観によって文明時計が出来るのではないかとは思う(予言の再現手段が戦争だと思っていない自分)。
赤子は「もぐら」ではないけれど、太陽のように絶対的でもないけど(「おひさまです」と言う人には敵わない)、人類の周期を機械的に観測できる可能性は残っているので、オルガニートにそれを当てはめるのは問題かもしれないが、可能性としてそれらは響きあうという。
西から東へ波が800年で移行するというのを前提に夜を迎える場所が聴いている曲は何か?
共通の言語により衰退するとでも考えればいいのか。
日本語(話し言葉)は美しくなくなったって言いますが、自分も含めて。
でも、言葉の意味も分からずに「決意」とか「不徳の致すところ」を使ってしまう人は嫌い。
日本にいて上流(お上品)階級の音楽家が、好きな国の言葉を覚えて、ヨーロッパのどこかへ旅行すること。
人と会話し食事を楽しむというのです。
それによって研ぎ澄まされる感性があるみたいです。
私には程遠い話ですが、生まれ持って平等でないことを補う手段の可能性はあるのだし(科学的に)、フランス(ドイツ(誰)でもいい)が好きなら好きでいいのですが、自分は居られるはずもないという(偉人をとても大切にはしている感くらいは分かる)。
村社会の日本、昔の人は言いました的なことが、科学的に証明されて、結果、差別(いじめ)がなくなるという、進展はないのかなと思ったりします。
いじめられる側も悪いのは承知してます。
ただ、目の前の問題は人それぞれ違うので、解決させるのに時間差はあるんでしょ。
技術文明は没落するっていうことは正しいのか。
ロリータ文化ってどうなのか?
漫画?
自分は実に臆病に出来上がっています。
「技術=宗教」を選んでいるみたいです。
だから、自由とか平等とか友愛(博愛)とか骨抜きなのに、自分の下劣さを補うために、テレビの断片的な映像を適当に補って、自分は劣悪じゃないという「おまじない」をしているようです。
以上、実行するのはいいけど女性蔑視そのものにもつながるので、表現を多少変えても同じことだろう。
クリアするのに必要な条件も見えてないし、時代のタイミングもあるんだし(予言出来るのならそれは出来るでしょって話だけど)。
陰陽、易学、その他、不明点多いまま(本を読んでも分からない)。
歴史のある華のエリア(国というより学問? あちゃー)の重み(いつも外からの観測者は嘘しか知りえないという事実)から学ぶことできたらいいけど。
その華は理解できないが「嘘つきである」ことで守られてきた?
中心じゃないと困るみたいだし。
日本は徹底的に研究された筈だし。
今もまだ、本音が分からない日本なんでしょうか。
本音のない寄り添いなど出来るのでしょうか?
せめて気遣いできるドックでありたい?
中心になるという場所からは、形あるものとして、この国を描かれたくない気持ち。
こちらからは観測できない事実。
ただ、文字として書き起こされたものから創造する余地がある?