ジーンズのユーズド加工、手作業による職人技と言われているけど、岡山の聖地を見ていて思ったことは、CNCの工作機械で、外人さんなら機械化してしまうだろうなと思った。
シワのついた立体的な型紙をジーンズの中に入れてサンダーで削っていく訳だけど、これが1番手っ取り早いのは確かだ。
しかし、この削りを切削機械で削り出すのは馬鹿げているだろうか。
版画そのもので、絵を彫りつけることは可能だろう。
しかし、削りだけでは表現に限界がある。
もちろん、お茶を使った染めや、パッチワークなどで、表現は多岐に及ぶ。
鉱山の中から発見された100年前のジーンズを再現したようなものまである。
これらは削りによるものだ。
工作機械なら付加って作業が可能になる。
例えば、ブリーチした白いジーンズに、シワのパターンをブルーで描いていく作業とか。
薄いインディゴのブルーを重ね塗りして濃淡を出す?
削りと染めが逆転したパターンだ。
経年劣化による、表面の痛み具合を付加価値として仕事にしている訳だけど、これでは中国に真似されてしまうとオラは思うのだ。
完全機械化へのアプローチ。
付加する作業だから、3Dプリンタのナイロンのフィラメントをジーンズに塗り重ねるという作業も可能になる。
削ることには限界があり(突き詰めるといくらでもアイデアは出てくるんだろうけど)付加することには限界がない。
重くなるだけで、トレーニング用のパンツに変身することだって考えられる。
テレビでジーンズの汚しの職人技が広く紹介されるようになってしまうと、もう時代遅れ、個人レベルで始める人も増えて、ありきたりの技になる。
そこには道があるのだから、極める人は先へ進んでしまうのだろうけど。
究極に機械が仕事をすることを理想とする…。
CNC工作機械は日本の文芸復興に大きく関わることだ。
ミリングマシン、マシニング・センタとか言い出すと、切削工具を削り技を変更する毎に、持ち替えて加工するなんてトンデモだって可能だ。
人間にはできない緻密な汚しが可能となる。
先へ進むのは3Dプリンタ。
ジーンズに洗濯できる機械時計をプリントすることができると、東洋の魔法と言われることだろう(オラじゃ無理か)。
とにかく、技術は陳腐化し、次のステージへ行かなくてはならないときだ。
中国にこの技術は持ち出されるだろうから、今から準備しなくてはならない。
