
なんだろうなあ。
何が表現出来るかじゃなくって、ないものが何かを拾っていく作業。
でも、そんなことはできない。
知らないものを探すなんてこと。
日本の芸術とは程遠いところにいるオイラだけど・・・夢だけは一人前に見る。
能面の骨をチタンで作り、透明のアクリルで表面を埋めて、ファンデーションを塗って使うものだったり・・・。
お化粧の仕方で表情が変わるっていうインチキ・・・表現力をビジュアルに求める・・・。
どうせだからシリコーンに化粧してハリウッドのメーキャップみたくするとか。
日本の文化の中に、最先端の要素を取り入れる?
そんなことをしたいと夢見るオイラ。
日本で特撮の仕事に就けるとは思わないから、年に一度の娯楽として・・・表現者になりきれることって面白そう。
なんだかそう思い始めるとスケルトンの仏像作りたいとか・・・。
骨が見える?
腹の中までスケルトンだからメタボのオヤジの胃袋が透けて見える。
昨晩、食べたものがそのまま透けて見えるよなもの。
現代アートの表現としては使い古されたものだけど、どうして古典芸能とか、仏教美術に取り入れられないんだろう。
日本じゃあ、人体の解剖は禁止されてたって聞いたことある。
なんとなく素人的に一歩前へ進むなら人体ってこと避けて通れないような気がする。
釈迦の頭の中にアインシュタインが「?」でも構わないと思う。
けど、人体だけでなくって脳科学が進歩した現在、心の病まで、医学で治そうなんてことをいかがわしくもかなえようとしているんだから、信仰とか心のよりどころとかより希薄なものになりつつある。
そんなもので捨てられないのは分かっている。
自分の紡ぎだす言葉は、心の反映だし、日本語のカケラにそういったことは大きく影響されているとは思うからだ。
だけど、どけど・・・



