私はどういう人として、どんな風に生徒と関わるのか?ということを改めて考えてみて……
私が子供の頃から出会ってきた大人たち、そして私がなぜこういう私になったのか?みたいなことを、いろいろ振り返ってみた。
一番最初に思い浮かぶのは、小学生の頃に、宇宙飛行士になった向井千秋さん(当時は内藤千秋さん)を見て、かっこいい!って思ったこと。
思わず「私も宇宙飛行士になりたい」って言ったら、母は「じゃあ京都大学とか行って医学か工学の研究者になるといいわよ」って言ったっけ。
母……今から思うと小学生の憧れに対してかける言葉にしては現実的すぎて笑える。
それからは…宇宙飛行士というよりも、宇宙そのものに興味が移っていった。
中学の頃には「ホーキング、宇宙を語る」なんかも出て、宇宙論が流行って。
その頃のクラス担任が理科の先生で、私が宇宙とか物理に興味があるって知ったら、「こういうのあるけど、読むか?」ってNewton見せてくれて。
読みたいって言ったら、バックナンバーどっさりクルマに積んで家まで持ってきて貸してくれた。
それを1冊読んでは職員室に返しに持って行って、先生といろいろ話をして、楽しかったなぁ。
高校では写真部だったんだけど、暗室があるからということで、偶然にも物理準備室が部室で。
そこにいた物理の先生が、いろいろヘンでおもしろい先生で。
お互いの持ってる本をよく貸し借りしたりしていた。
読み終わると「あの本のあれ分かった?」「いや…全然w」みたいな話もして、写真よりそっちを楽しんでいた部分もあったかな。
まぁ写真部自体も、先輩たちが突然「ハムっていいよね!」と言い出して、なぜか部内でアマチュア無線が流行って、「じゃあみんなで試験受けよう」ってなる人たちで楽しかった。
……写真部とは?
いや、ちゃんと写真もやってたけど。
大学では、1年の最初からいろいろな研究室に顔を出して入り浸っていた。
わりとほのぼのしていて、先生たちも手が空いていると、おいでおいでって手招きしてお茶淹れてくれたりした。
そこで院生に混じって実験を手伝ったり。いろんな話を聞いたり。
所属でもない研究室のスキーに、一緒に連れて行ってもらったりもしたなぁ。
そうやって研究室に出入りしていたのと、エコラン同好会つくっていたのもあって、「国際学会が横浜であるから参加してきたら?」って声かけてもらったりもして。
いろいろなことをやらせてもらった。
そういえばエコランを応援してくれた内燃の先生の初回授業では、利き酒ならぬ利きオイルをやった。
重油、軽油、ガソリン、灯油、?、を色とにおいで当てていく。
まあ違いはすぐ分かるんだけど、みんな楽しんでて。
「?」は、におい嗅いで「これ飲めるやつ…だよね?」「ニンゲン用?」ってザワザワしてたら、先生が「…僕のウイスキーです」って。
なんていうか、勉強なんだけど、遊びで。でも本気で遊ぶ。
みんな先生っていうよりも、共通の興味を通じた仲間みたいな扱いをしてくれていた感じだった。
その時々で、自分の好奇心や価値観をおもしろがってくれる大人が周りにいたことは、本当にラッキーだったなと思う。
ちなみに実は10代の頃、私は先生にだけは絶対なりたくないと思っていた。
学校という場が好きではなかったこともあって、特に学校の先生には。
でも今振り返ると、私が好きじゃなかったのは小中の時の荒れていたクラスで。
先生たちとの時間は、同じものをおもしろがる大人と話せる大好きな時間だった。
そうして気がつけば、私は30年くらい数学を教えている。
かつてはあんなに先生にはなりたくないと思っていたのに。
いまでは生徒から「先生めっちゃ楽しそう」と言われながら。
今度は私が、あの頃の先生たちのような大人として、生徒の隣にいられたらいいなと思っている。
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