子どもたちと日々関わっていると
素直な感情で向き合ってくれるので、
こちらも素直な感情で向き合えて
とっても面白いです。
もちろん
喜怒哀楽いろいろありますが。
この子達は、
無限の力と可能性を秘めているなぁ
とよく思います。
大人のやっていることも
よく見ていて、
大人が言っていることとやっていることの
矛盾も鋭くついてきますね。
なのに、
いつの間にか、大きくなるにつれて
ステレオタイプになっていくのはなぜでしょう。
あきらめに近いものなのかもしれない。
どうせ大人は聞いてもくれないし。
どうせ言ったって、何も変わらないし。
18歳に対する日本財団のアンケート調査で、
日本人がいかに社会に関心を持っていないかがよくわかります。
もうこの歳で、負の固定概念がついてしまっているのは、
あまりにも悲しいです。
大人は、私利私欲ばかりで、傲慢で、我が事を押し通して、
子どもにも旧態依然の価値観を押しつけて
負の連鎖が回っていることに気づいていなくて、
このままいくと持続不可能な世界から脱却できない。
お金があること、地位や名誉があること、学歴があること
すべてはアクセサリーでしかなく、アクセサリーを一生懸命追い求めて、
そのアクセサリーを持っていることをひけらかしたところで、むなしい。
アクセサリーがなくても、勝負できる人が本物であると思っています。
だから、アクセサリーを追い求めている人とは、一緒に何かすることはできないです。
見ている方向が違うからです。
僕も今まで、いくつかの会社や組織に属したことがあります。
しかし、その組織を抜けると、そのときに関わってきた人たちの本質がわかります。
人として付き合ってくださった方は、今でも縁があります。
アクセサリーが大事ではないことに気づいている大人はいるけど、マイノリティで。
そういう大人が行動していても、マイノリティで。
でも、小さな歩みでも、歩みを重ねれば大きな歩みになるし、
仲間が増えれば、大きな歩みになり、いつか価値転換が起こるといいなと思います。
話はそれましたが、
子どもたちの純粋な力を壊さないように、閉じさせないように
そして、子どもたちの力を信じて、その力が十分に発揮できるように
していくことが私たち大人には求められています。
子どもたちのこうしたい、ああしたいを実現させてあげるサポートを
していきたいのです。
学習の分野かもしれません。
体験の分野かもしれません。
世の中を動かすことなのかもしれません。
心に灯った火を消さないようにしていくことが、
持続可能な社会へと繋がっていくような気がしてなりません。
「持続可能な社会を子どもたちとどう築いていきますか?」