花いちもんめ考 | またしちのブログ

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幕末史などつれづれに…

ふるさと求めて花いちもんめ

 

ふるさと求めて花いちもんめ

 

もんめもんめ 花いちもんめ

 

もんめもんめ 花いちもんめ

 

あの子がほしい

 

あの子じゃわからん

 

相談しましょ

 

そうしましょ

 

(それぞれの組で誰にするか相談する)

 

◯◯ちゃん求めて花いちもんめ

 

✕✕ちゃん求めて花いちもんめ

 

(じゃんけんで勝敗を決める)

 

勝ってうれしい 花いちもんめ

 

負けてくやしい 花いちもんめ

 

 

 

「花いちもんめ」は、元々京都市内の子供たちが遊んでいたものが、昭和の初期に全国に広まったといわれています。

※.『京都のわらべ歌』(日本わらべ歌全集15/高橋美智子著)参照。

 

 

昭和の頃は全国の子供たちが「花いちもんめ」で遊んでいたので、地方により歌詞や遊び方に若干の差があったようですが、歌詞に関してはおおむね上記のものがベースになっていたのではないでしょうか。

 

 

この「花いちもんめ」について、ウィキペディアではタイトルのとおり花の売り買いをモチーフにしたものだと紹介されていますが、「あの子がほしい」等の言葉から実際は「花」とは娘のことで、人身売買を歌ったものであろうと思われます。

 

 

『京都のわらべ歌』を読むと、京都には「子とろ子とろ」や、そのままズバリの「子買お子買お」といった人身売買を連想させるわらべ歌もあったらしく、他にも心中事件や殺人事件を歌ったわらべ歌というのもあり、大人たちなら口にするのも憚れるようなことでも、子供だからこそ遊びに転化してしまうことが出来たのだと思われます。「花いちもんめ」もそのような「実は残酷なわらべ歌」のひとつだったのでしょう。

 

 

そんな「花いちもんめ」ですが、昔から「どういう意味なんだろう」と疑問に思っていたことがあります。それは歌いだしの「ふるさと求めて花いちもんめ」の意味です。「ふるさとを求める」とは、どういうことなのでしょう。

 

 

花の売り買いをする歌だとしたら、まったく意味が通じませんし、娘を売る話だとしても「ふるさとを求める」というのは、ちょっと意味がヘンになると思います。買い手である遊郭の女衒(ぜげん)の言葉だとしても、求めているのは「花」の方であって「ふるさと」ではないような気がしますし、まして「売り手」である娘の親の方からしても、自分のいる場所が「ふるさと」のはずなので意味が通じません。

 

 

・・・と思ったのですが、どうもそうでもないようだという気がしてきました。というのも、以前記事にしたこともある、江戸吉原の遊女名鑑というべき、ある書のことを思い出したからです。

 

 

その書の名は『全盛故郷便覧』(別名「吉原細見記」明治17年)です。ここでいう「故郷(ふるさと)」は遊女の出身地のことではなく、所属する揚屋を意味しているのです。「故郷(ふるさと)」は揚屋の別称であった可能性があります。

 

 

つまり、「ふるさと求めて花いちもんめ」とは、親の方から買い手の女衒に「うちの娘、銀一匁でどうですか」と積極的にアピールしている様子だと解釈出来ます。実際のところ、銀一匁というのは娘を売る値としては、あまりにも安すぎますが、この「花いちもんめ」が京で歌われていたことを考えると、銀一匁は契約成立に際して娘自身に手渡された金額だったのかも知れません。

 

 

遊女となった娘が、自分が買われた時の話を近所の子供たちにしたのが、「花いちもんめ」が生まれるきっかけだったのかも知れません。ちなみに、遊女といえば年季が明けるまで事実上軟禁状態に置かれた江戸の吉原のイメージがありますが、京においては江戸吉原とちがって比較的自由が与えられていたようで、『嶋原紋明朱雀諸分鑑』(延宝九年)に「遊女の身持ち気ままにて、洛中洛外にもたやすく徘徊せしなり」とあります。あるいは敢えて自由を与えることで「気ままで気高い京女」のイメージを植え付けていったのでしょうか。

 

 

それにしても現代人の感覚からすればひどい話ですが、娘を売るしかなかった当時の親たちにすれば、なんとかして京から来た女衒の目に止まるよう、必死だったのでしょう。京の女衒に買われなければ、あとは丹波の亀岡か、丹後の舞鶴(宮津)の遊郭に売るしかないのです。そうなれば値は大幅に下がるでしょうし、娘には人足や水夫相手の厳しい生活が待っています。

 

 

一方、同じ遊女でも京ならば、裕福な町人や公家、武家、あるいは仏僧などの気に入られれば、身請けされて妾になることも出来るかも知れない。そうなれば、家族ともども貧しい生活から脱することも夢ではありません。

 

 

今の世に生きる我々からすればひどい話ですが、生きていくためには他に選択肢のなかった時代に、それでも前向きに生きていた家族の証しが「ふるさと求めて花いちもんめ」の言葉に凝縮されているのかも知れません。