今回ご紹介する話は、ずいぶん前に「通りすがり」さんから教えていただいた情報です。近江屋事件の刺客のひとりとして知られ、このブログでもたびたび取り上げている京都見廻組の渡辺吉太郎。実は彼を主人公にした小説があるというのです。
その小説というのが『春雨文庫』といい、明治九年(1876)に第一編が出版されて以降毎年出版をかさね、確認出来た最終巻は第八編下巻で明治十六年(1883)に出版されています。そのうち第二編までを松村春輔(まつむら はるすけ)が、第三編以降を和田定節(わだ ていせつ)が執筆しているようですが、明らかに未完状態となっていて、その後も出版されたのか、それとも未完のまま終わってしまったのかは残念ながらわかりません。
明治維新から十年も経っていない頃に幕臣で見廻組の隊士だった人物を主人公にした小説が書かれたことには驚かされますが、考えてみれば初版が出版された明治九年というのは江藤新平の佐賀の乱の2年後であり、翌明治十年には不平士族による最後にして最大の反乱、西南戦争が勃発するという時期というのも興味深い話です。
一応ざっと目を通してみましたが、新選組の近藤勇とその妻のお美弥(みや)と、京都見廻組の渡辺吉太郎とその幼馴染で恋仲のお梅という2つのカップルの話を軸に描かれているようです。男どもに言いがかりをつけられ困っている若い娘を助けたら、それが偶然にも幼馴染のお梅で、お互い急速に惹かれ合っていくという、現代風にいえば「ベタな展開」となっているようです。
また、渡辺吉太郎に関しては若くして講武所(小説内では講武場)で剣術教授方をつとめていたこと、その後、その腕を買われて神奈川奉行所の同心となり、更に抜擢され京都見廻組の隊士となったことなど、史実に沿った詳しい経歴が紹介されているので、作者の松村春輔は渡辺吉太郎についてよく知っていた、あるいは詳しい情報提供者がいたのではないかと思われます。
渡辺吉太郎の名が世間一般に知れるようになるのは今井信郎の『近畿評論』騒動が起こった明治三十三年(1900)以降のことのはずなので、松村春輔がどうして渡辺吉太郎のことを詳しく知っていたのか、非常に興味深いところですが、松村は『春雨文庫』が途絶えた明治十六年以降消息不明となっているらしい・・・。
さて、小説の中の渡辺吉太郎ですが「講武場の牛若御曹司(言い換えれば「講武所の牛若丸」)と呼ばれていただけでなく、非常な男前かつ優男として描かれていて
「娘を助けし侍は渡辺吉太郎という者にて、美男の聞こえあるのみならず、歳二十一なれども剣法に精しきをもって神奈川の定番役となり横浜に在勤す」
と第三編下巻に紹介され、見廻組時代の話としては第七編下巻に
「アァ吉太郎さんかえ?あの人はどんなにか優しくって、女にしても可愛らしくなるだろうと思うような顔でありながら、たいそう強いとねェ」
と女たちの井戸端会議で語らせ、また普段から鎖帷子を着込んでいるぐらいの戦(いくさ)好きで、忙しいとみえて頼まれていた洗濯物をなかなか取りに来ないんだとも言わせています。
さて、この『春雨文庫』ですが、足かけ8年も続いているわりに話がほとんど進んでおらず、渡辺とお梅の恋路の話も別段めぼしい展開もないままになっています。あるいは作者自身が飽きたのではないかと思われます。
渡辺吉太郎を主人公のひとりとしたことから、あるいは近江屋事件を話のクライマックスに想定していたのではと思いもしますが、今となっては確かめようがありません。ただ、最後は鳥羽伏見の戦いでの彼の戦死という、悲しい結末で終わるしかないということだけはハッキリしています・・・。
























