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松本さんの絵 第18 ◎ 念仏寺は訓と感謝と説教の多いお寺だね。庭はきれいで竹林 




matのブログ-図 36  


図36
     2009年5月1日(金)晴れ


 保津峡駅でおりてMTBで南東へ向かって走る。登りが急なのでMTBをおしながら峠を越えた。途中、保津川下りの観光船の船着き場に出た。MTBを置いて鉄橋を歩いて渡る。そこはトロッコ列車の中間駅でもある。やがて小さなおもちゃのようなジーゼル機関車が4台の貨車を引いてやってきた。ゴールデンウイークのせいか多くの観光客が乗っている。再び峠をめざす。6曲峠を上り、トンネルを抜けて、しばらく下ると鳥居本の茶屋に出た。念仏寺でMTBを止めて、拝観する。僕は京都生まれだけれど、山奥で、交通が不便で、市内から遠い念仏寺は、これまで来たことがない。この際に行ってみようと思った。念仏寺は訓と感謝と説教の多いお寺だね。庭はきれいで竹林からタケノコが芽を出していた。気のせいだろうか、無縁仏の数はそんなに多くない、手入れの行き届いたお墓だったよ。枯れた細い竹で束ねた生け垣に、しばらく見とれてしまった。あんなに細かいことするんだね。


ref. 「あだしの念仏寺」 500円 PM4時半まで、夏は2日間、夜間灯籠鑑賞あるね。

matのブログ-図  37
図37
         2009年5月4日(月)曇り


 ゴールデンウイーク、海外旅行いいな。台湾4泊の旅、いいな。一人残された僕は、安い費用で旅行の気分を味わうことに。JR西日本で琵琶湖一周を思いついた。大都市近郊区間では途中下車をせず、引き返しや、同一駅を二度またがないなら目的地までの経路は自由らしいよ。ほんとかな??パソコンで運賃計算を出して「えきねっと」で山科ー大津 片道を検索すると
山科ー大津 4.5キロ 180円 東海道線
山科ー大津4.5キロ 180円 湖西線、近江塩津、北陸線、米原、東海道線
と二通りでました。いずれも180円です。自動券売機でもっとも安い切符を購入、行き先は無記名、210円で切符が出てきた。たいじょうぶかな。念のために改札口で駅員に確かめる。駅員は大津までなら少し安くなりますよ払い戻ししますか?僕は、これでいいです。


「大回りで山科駅から湖西線、近江塩津、北陸線、米原、東海道線 を使って大津に行きますけど,この切符で大丈夫ですか?」はいそれで行けます。とのことでした。


山科から湖西線のホームに行き敦賀行きの普通列車にのる、琵琶湖がよく見える高架線なので景色がいいよ。やがて近江今津に着く、普通は近江塩津行きに乗り換えるが、自分の乗っている列車はそのまま塩津に行く列車だった。この区間は 朝、昼、昼過ぎの3本しかダイヤはないので、事前に時刻を確認することです。塩津で次に乗り換える列車が待っていた。便利なダイヤだね。米原で下車。ここで3時ちかくになり、米原駅構内で、おにぎり 120円と、キツネそば 350円を食べる。イナリ、おにぎりは、水とお米がいいからおいしいよ。そばは楽しみにしてました。キツネそば、天ぷらそば、どちらもおいしい。満足したところで、明石行きの普通列車がきたので乗り、大津まで琵琶湖の東側を走り大津駅に到着、自動改札口で問題なく出られた。途中の検札はあったが、車掌は何も言わなかった。4時間ほどの旅だった。



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松本さんの絵 第17 ◎ こわい思いをした。北アルプス常念岳の登山で大雨、大風に 



matのブログ-図  34
  
 図34  


あのときは、こわい思いをした。北アルプス常念岳の登山で大雨、大風により、ひどい目にあったへんな体験です。その日は、泊り勤務の翌日の朝で、急いでJRに乗って長野県松本駅まで。当日の朝から、常念岳の山小屋を目指している仲間には合流出来なかった。午後3時に、ようやく常念岳の登山口にタクシーで着いた。しかし何か雲行きが怪しい、空は暗く曇り、登山者は誰もいない。いやな雰囲気だったよ。あいかわらず、毎年、崖から転落したり凍死したりしている北アルプスでの出来事、、
               
                  1978年 8月


                 前常念おそろし


常念小屋に着いたのは深夜1時頃だった。大声で仲間を呼ぶと、その日は小屋が満員だったせいか1階や2階の窓が開き、大勢の客が何事かと僕を見ている。小屋にはいるとすぐに家に電話をする・・「もしもし、今小屋についた・・・心配しないでいいから 」 外はゴウゴウ風が吹き荒れ、雨しぶきが渦を巻いて窓をたたく音が聞こえる。雨で体温が下がったのか、口が閉まらない登りはじめてすぐに雨が降り出した。樹林帯を抜けると日が暮れて暗くなり、岩場に来たときは午後九時近かった。しかし雨具も懐中電灯もあり非常食もガスコンロもあるし用意は万全だ。谷川岳の西黒尾根と同じような急な登りだった。遅かったし疲れていた。岩を伝って水が流れ落ちるので腹と、おへそにあたり冷たい。標識が無い登山道と変に思っていたが岩場に出てルートがおかしいと気づく。一ノ沢ルートではない。すぐに小休止、地図から前常念を登る藪道らしい。前常念の山頂直下をトラバースすれば常念小屋に行けるはず。岩をよじ登ると目の前にお墓石が現れた。鉢巻きした墓石の前にメザシが二匹が供えられていて哀れを誘う。すっかり滅入った。ようやく頂上直下にでた。荒れた岩がゴロゴロ転がっている。そこに避難小屋があった。岩穴を利用して鉄筋とコンクリを打ち込んだもので、八畳ほどの広さだ。タダで宿泊できるにしては、居心地のよさそうな岩小屋だ。カメラとリュックを置き、タバコを吸った。落ち着いたところで、付近を偵察に出る。三㍍先が見えない。小屋の外に出ると霧の中に黒いピークが見える。あれが前常念の頂上だろうか。しばらくあたりを歩き回り、岩小屋に戻ろうとしたが見あたらない。岩場を右回り二回、左回り三回したが、くたびれてしまった。ガスの切れる一瞬だが、右下の前方に、小さい明かりを見つけた。地図から、どうやら常念小屋らしい。防水コートを着ているし、手元にタバコとマッチと財布があれば、このまま先を急ごうと思った。まずはタバコを一服して、明かりを目指した。しばらく進むと、初めて標識を見つけた。「右へ常念小屋」これこれ・・・、数時間の不安が一瞬にして自信に入れ替わった。この混乱は、タクシー運転手にあった。一ノ沢を頼んだのに、三股に運んでいた。料金は二千八百円で一ノ沢までと同じだったので、信じてしまった。あとはもう 「鬼の河原」 の立て札からすこしでも離れたい心境だった。けもの道に沿って雨水が川のように流れる。滑りそうになると草にしがみつき、ずり落ちながら、明かりの方向を目指した。はい松のむき出しの根を何度も足を引っかけながら歩くあいだは、先に小屋があるのやらまだ不安だった。ガスの切れ目に明かりがチラチラする。間違いなく常念小屋の光だった。くったくたになって小屋に到着した。小屋に入るとキリキリキリと手回しの懐中電灯の音に迎えられた。到着が遅れた僕を心配して、寝ないで待っていてくれたワンゲルの先輩諸氏の皆々さん、いまでも思い出すと感謝してます。翌朝は前常念岳まで登り直して、岩小屋の中に置き去れたリュックとカメラを回収した。気がつくと、岩小屋のそばに小高い岩の固まりがあった

ref. 長時間、冷たい風と雨にさらされて、数メーター先が見えないような霧の中に入ると、ガスの切れ目に見える岩の固まりを、標高3000米近い前常念の山頂かと思ってしまった。夏山といえ、激しく疲れて体が消耗した僕は正常ではなかった。参考までに仲間の人たちはこんな仕事 をしてます。

後日、そんな仲間が「空穂」の歌で励ましてくれた。


            日の暮れたピラミッドなす一つ峰

                静まりそびゆ 尾根の岩原

                                (空穂)







matのブログ-図  35



図35  
     2009年5月1日(金)晴れ


 きょうは自転車で保津峡に行った。JR花園駅で190円の切符を買い、MTBを折りたたんで袋に入れて改札口を通る。荷物料金については全く問題ない。15キロ超えて、120センチ以上でないと500円は取られないようだ。嵯峨から長いトンネルを抜けて、鉄橋を渡ると保津峡の駅についた。無人駅。京都花園駅からたった190円で、ずいぶんとへんぴな山の中に来てしまった。すばらしい景色だった。坂道を下って楽して嵐山におりるつもりが、ハズレ。JR駅からトロッコ駅まで10分、そこから六丁峠まで徒歩で20分程の登り道で、トンネルを抜けると、市内までずっと下りです。鳥居本を過ぎて、広沢の池で休憩した。広沢の池は市内の北西にあり愛宕山が西に見える。池の淵に腰掛けて年配の女がタバコをすって、ときどき空き缶に吸い殻をたたいていた。横でアオサギがじっと動かずに池を見ているのがなぜか変な感じがする。それで、その横に座ってみたが別に逃げる様子もない。横目でのぞくと、アオサギはおもむろに片足を折り曲げてポーズとっていた。

松本さんの絵 第13 ◎ 誕生日プレゼントを考えたが、まずは四条先斗町の路地   


matのブログ-図 26


図26
               2009年2月 


 次女が2月で25才になった。誕生日プレゼントを考えたが、まずは四条先斗町の路地の中ほどにある居酒屋  ”ますだ”  で誕生祝いに加茂鶴で乾杯というとにした。プレゼントはは淡水真珠のブレスレットと(人工ダイアモンド)ジルコニア3連のネックレス



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図27  
              2009年 5月


 いまは亡き親父は交際が広かったのかなあ。ひょんな事からタレントになった娘の親父は水沢さん。札幌の水沢さんから、父に届いた古いハガキを見て娘を思う親の気持ちが分かる。僕は水沢さんと面識ないけれど、あき子さんは、水沢アキに改名して現役のタレントなんだよ。僕にはFM放送のパーソナリティをしている人や友達がいます。丹波ワイナリーにいきたいなあ。まずは5月、みんなで祇園巽橋のお茶屋で舞妓さんの食事会に行って来ます。
祇園 「かにかくに」 要予約(土曜のみ)075-561-5879 。5月1日ー24日は歌練場では舞妓さんの鴨川をどりが始まるね。立ち見席は、当日券のみで2000円、希望するなら抹茶と菓子600円、舞妓さんがたててくれます。予約席は4000ー4500円。 

松本さんの絵 第14 ◎ ホテルで飲んだ熱いコーヒーはおいしかった。けど800円 

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図 28


2009年2月

夢の中にねこがでてきた。冬の植物園の温室は特別好きなところ。一年中熱帯、砂漠の気温が味わえます。真冬なのに、ここは別天地で昼の太陽の光が強くて暖かい。石の壁にもたれて寝てしまった。



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図 29 

 2009年3月


比叡山に登った。848メートルの山です。きらら坂から登りましたが、分岐で、展望台はあっちー>修学院はこっちー>と描いた標識があった。ホテルに行きたいのに表示がない。登山者の僕はバスで帰りたいのにホテルの表示がなかった。よく見ると手書きした文字があり、細い道をたどると洒落たホテルの庭に出ました。誰かが展望台と反対の方向に、鉛筆でホテルと描いていくれたから無事に着きました。ホテルの喫茶でのんだ熱いコーヒーはおいしかった。疲れがとれたけれど、800円だったのが残念、やはり表示は消しておこうかな。


松本さんの絵 第1◎  The first picture is a color   



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図1

The first picture is a color art , This pastel work is a scene near my home and It was drawn by my father Hiroshi in 1953, when U.S army stayed
in The Red Cross Hospital near my home in KYOTO city, at the time , few years spent since The world war Ⅱ, U.S Troop might occupied The Red cross Hospital .


 これはパステル画です。京都の実家下池田の風景です。私の父、松本弘が1953年に描いたものです。アメリカ軍は、実家のちかくにある京都市東山区の日本赤十字を宿舎として使用していました。終戦のころですから、当時、アメリカ軍は日本赤十字病院を接収していたのです。


matのブログ-図  2

図2


But I remember lots of stories my father told me 50 years ago or more which friendly U.S soldiers called on my home ,and brought some foods and goods .The goods were lots of salt , coffee beans , a coffee mill, some carton books etc .This trade were done between my father and sldiers in private. One day ,they ariived at my home with Jeep and Bike.


 2008年に私が描きました。弘はすでに亡くなっています。父が亡くなって、31年になります。しかし50年以上前に父が話してくれた事を今もよく覚えています。彼らの写真が現存しないので図1に、イメージを重ねたものを描きました。友好的なアメリカ兵達が食料や、品物を持って日本赤十字病院からから実家を訪ねてきた事です。品物は、塩の入った一斗缶や、コーヒー豆、コーヒーミル、ミッキーマウス軍曹とドナルドダックの兵卒の活躍する漫画本などでした。この取引は、父とアメリカ兵との間で決めた私的なものでした。ある日、数人のアメリカ兵達がジープとバイクでやってきた。


matのブログ-図  3

図3

The third picture is my private book.


松本さんの絵 第3 ◎  弘画  1928年 



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図7  

        弘画  1928年







松本さんの絵 第15 ◎ 白川温泉に行く道は無かった。山中集落に出られなかった 


matのブログ-図  30

図 30  
 
 京都市内の北東に比叡山がある。麓から山頂を目指していろいろなコースが歩けるよ。先日は白川幼稚園から瓜生山の山頂を越えて比叡山の中腹のホテルまでいった。日当たりの良いコースで、2時間ほどでホテルに到着して、バスに乗って銀閣寺で下車した。
きょうは銀閣寺山門北の大文字山登山口から山頂へ。分岐点で三井寺へ、蹴上げへ、と表示があるが白川温泉に行く道は無かった。山中集落に出られなかったので、ラジウム温泉に行くのはやめました。
三井寺の表示にしたがって油地蔵から比叡平に出るとバスが出ている。しかし暗い山道だし油地蔵は名前が変なのでパスして、南禅寺山から蹴上げ発電所へ、三条通りにでた。こここは国道一号線のことで、大津と京都三条を結んでいる。比叡山の山頂に出たら琵琶湖に浮かぶ帆船が見えるが、山頂はしんどいので行かなかった。




matのブログ-図31  

図 31
 
 京都の街は、山で囲まれています。三条通沿いの、蹴上げから北に向かって東山に入ると、南禅寺の裏山を伝いに大文字山頂に出ます。しかし、いまは大文字山から一度街におりて、再び修学院の登山口から比叡山の頂上を目指す道しかない。大文字から比叡山の尾根道は地図にはありません。藪の中に、けもの道があるかも知れないので探してみようと思っています。新しいルートは松本新道ということになるかも。その新道は大文字山頂から赤い線を引いたコースです。大文字山から工事用の林道までたどり着けば、林道から自動車道におりて、白川温泉を経由して瓜生山に行ける。そこからは比叡山頂まで登山道がある。今は閉鎖されている林道ですが、ずいぶんと前に、近くの斜面を200坪20万円で購入するつもりだったので、林道を歩いたか事があります。予定の場所は30度ほどの急斜面で、とうていキャンプには使えないので購入をやめました。斜面なので地表の面積は増えるし、魅力はそれなりにあった。そんなことがっあったので、秘密の林道は知っていました。




P.S. スペインのファニーさん宛 : 新しいブログとリンク出来るように願います。

松本さんの絵  第4 ◎  弘画  1928年


matのブログ-図  9

図 9
 
 弘画  1928年


matのブログ-図  10
図 10
 
     弘画  1928年


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