なるほどね。

 

 

考えてみれば身内の誰かが亡くなって、葬儀や通夜でバタバタしているうちは悲しみを感じる暇もなく平然としていられるけれど、弔問客が去って静かな時間が訪れるときに、一気に悲しみがこみあげてくる、震災後の心理的な変化もそれと同じようなところがあるのかも知れないなと思いました。

 

「心理学には10-80-10理論というものがある。危機的な事態が迫った時に冷静に判断して動ける人は全体の10%程度しかおらず、残りの10%はパニックに陥り、80%は凍りついて思考停止のような状態になってしまう。人は新しい場面に接した時に、いろいろな考えが溢れ整理できなくなったり、思考停止に陥りやすいため、経験者の方の話を聞くなどして自分の中でイメージしておくことで“1回目にしない”ことが重要だ」

 

私もいろんな人間を見てきたけれど、その冷静な10%ってのは案外遺伝的なものが強いんじゃないかと思っています。

 

東日本大震災当日、たまたまうちの母が遊びに来ていたのだけれど、母は見えない手が山々を撫でまわしているかのように木々が一斉に揺れるあの烈震の中で、遥か彼方から女性のキャーという声が上がるのを聞いて、なんだようるせーなと笑っていたし、ガスの元栓閉めとけだの、まずは情報だと車のラジオをつけたりだの、テキパキしていたものです。(単に危機感が欠如していただけかも知れないが)

 

ちなみに家から逃げるとき裏口で揺れが収まるかと思って立ち止まった私の背中をドンと突き飛ばしていた、後にあれは私を心配していち早く外に逃がそうとしたのかと問うたところ、「男のくせにモタモタしてて邪魔だからムカついた」ということだったらしい。

 

「このあと数カ月経つと、人々の注目・報道・ボランティアが減り、高揚した感覚・頑張ろうという気持ちの減退が起こる。忍耐が限界に達したり、不満が溢れたり、疲れや反動がきてトラブルも起こりやすくなる。この頃には被災者の生活状況の個人差も大きくなり,連帯感も失われる。このギャップが人によっては被災直後より大きくなる。そのため、支援は長期的な視点で行われるべきなのだ」

 

私は危うくあの世まで転がり落ちそうになりましたね。

 

仕事で被災地に入っているうちはなんとも感じなかったけれど、帰ってみれば自分の家はまだ井戸の修理もできてないし、原発事故で自治体全域での出荷制限にひっかかったりもして、自分だけ世界から取り残されてしまったような感覚がしたんですよ。

 

あの頃は、人のためにバタバタ走り回ってたくせに自分自身の扱われ方はこんなものなのか。俺はどんだけお人好しなんだろうな。虚しいな。とさえ思ってしまったんですよね。