傭兵 ~アルバロ・モラタ~ | GG Forza SINRA

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アルバロ・モラタ。本名アルバロ・ボルハ・モラタ・マルティン。1992年10月23日、スペインは首都マドリードの地にて父アルフォンソ・モラタと母スサナ・マーティン・ラモスの間に産まれる。

 

2005年、アトレティコ・マドリードのユースに入団。レアル出身の気色が強いモラタだが幼少期はアトレティコのファンだったという。

 

2007年、ヘタフェのユースに移籍。

 

2008年、レアル・マドリードのユースへ移籍。フベニールCでプレー。

2010年、フベニールAでプレー。34ゴールを記録し2つのユースタイトルを獲得する。その活躍が認められカスティージャに昇格する。

10-11シーズン前のアメリカ遠征のメンバーに下部組織5名の1人に選出。モラタ以外のメンバーには現在もレアルに所属するナチョもいた。

8月15日、アルコルコンとの親善試合でカスティージャデビュー&初得点。チームの勝利に貢献する。

12月12日、第15節レアル・サラゴサ戦でトップチームに招集され、後半終了間際にアンヘル・ディ・マリアとの交代でトップチームデビュー。

10-11シーズンは28試合15ゴールを記録。11-12シーズンは37試合18ゴールを記録。カスティージャの2部昇格に貢献する。その実力をモウリーニョに認められ12-13シーズンよりカスティージャとの2種登録でトップチームに昇格する。背番号は29番。

12-13シーズン。2月17日の第24節ラージョ・バジェカーノ戦では初の先発出場で開始3分でゴール。12-13シーズンはリーグ戦12試合2ゴールでフィニッシュ。

13-14シーズン、背番号を21番に変更し正式にトップチームに昇格した。5月14日最終節エスパニョール戦では途中出場でドブレーテを達成。23試合8ゴールでフィニッシュ.。

ベンゼマの存在によって大半が途中出場であり安定した出場機会を得ることが出来ず13-14シーズン中移籍の噂が囁かれていた。

 

2014年7月、安定した出場機会を求め買い戻しオプション付きでユヴェントスに移籍。出場機会に恵まれない選手が出場機会を求めて移籍する。多くのサッカー選手が取るごく一般的な行動である。背番号は9番。

9月13日第2節ウディネーゼ戦で後半終了間際にフェルナンド・ジョレンテとの交代でセリエAデビュー。9月27日第5節アタランタ戦で初ゴール。レアル時代に出場機会が増えたことで11月15日のEURO2016予選ベラルーシ戦でスペイン代表デビュー。チャンピオンズリーグでは準決勝で古巣レアルと対戦し、1stレグ2ndレグ両方でゴールを決め古巣を撃破。決勝のバルセロナ戦でもゴールを決めたが優勝は叶わず。14-15シーズンはリーグ戦29試合8ゴール。公式戦46試合15ゴールでトップキャリアでは初の2桁得点を記録した。

15-16シーズン、シーズン初ゴールは10月4日第7節ボローニャ戦。3月20日のトリノ戦では途中出場でドッピエッタを達成。コッパ・イタリア決勝ミラン戦では決勝ゴールを決め、ユヴェントス国内三冠に貢献。

モラタのユヴェントスの日々は成功に満ちていた。

 

「マドリーを離れるという決断は、昨シーズンの序盤に下していた。なぜなら、自分では理解できない状況が続いたうえ、誰もそれを説明してくれなかったからだ。監督の判断は尊重していたが、クラブからの信頼が薄いことも分かっていた。移籍先を決めるに当たっては、イングランドからのオファーもあったけれども、物事が上手くいっていない時も僕に信頼を寄せてくれたユーヴェに行こうと思った。これは金銭的な理由ではなく忠誠心の問題だ」

 

2016年6月。ユヴェントスでの活躍にEURO2016での活躍も加味されレアル・マドリードがモラタの買い戻しオプションを行使しレアルに復帰。背番号は21番。

 

「最高に幸せな日だ。なぜなら僕はホームに戻ることができたから。2年間はとても長かったけど、成熟するには必要なものだった。そして僕は骨を埋めるためにベルナベウに戻ってきた。可能な限り、ここに留まりたい

 

8月27日第2節セルタ戦で復帰後初ゴール。4月5日第29節レガネス戦ではハットトリックを達成。最終的に公式戦20ゴールを記録したが公式戦42試合出場中フル出場は6試合とベンゼマのバックアッパーの立場に変わりはなかった。

 

2017年7月、ベルナベウで骨を埋めたいと言っておきながら自分の控え扱いに我慢ならず5年契約でチェルシーに加入。移籍金は8000万ユーロで当時のレアルの最高額放出となった。背番号は9番。開幕戦バーンリー戦で移籍後初ゴール。9月24日第6節ストーク・シティ戦でハットトリック達成。

 

「僕はクラブやロンドンでハッピーだ。チェルシーが10年契約を申し込んできたら受けるよ」「本当にロンドンが好きなんだ。僕が成長できれば、多分5年以上は住むことができるね。たくさんのゴールを決める必要がある」「振り出しに戻ったことに本当に失望した。イタリアに行く前の僕は子供のように扱われていた。マドリーには決して再入団すべきではなかった」

 

10月28日第10節ボーンマス戦、相手GKのミスパスを拾ったアザールがモラタにパス。この決定機をモラタは外した。年が明けた1月3日第22節アーセナル戦、モラタは3度の決定機を迎えるも全てミス。この時点で17-18シーズンの決定機ミスランキング2位(1位は得点王になるサラー)。その後チェルシー自体が調子を落とすとモラタも背中の怪我で2試合を欠場(この2試合の相手は格下のボーンマスとワトフォードでありどちらも敗北)。復帰後も調子が上がらずゴールが決められなくなり4月1日第31節トッテナム戦で11節ぶりにゴールを決めるがそのゴールが17-18シーズンのプレミアで最後に決めたゴールであり、この11節間のチェルシーの戦績は4勝2分5敗。17-18シーズンはリーグ戦31試合11得点で終了。高額な移籍金もあってモラタに批判が集中した。

またこの時期からSNSで決定機を外す選手に対して「モラタ化」と揶揄する者が続出する。直近ではティモ・ヴェルナーがそう呼ばれてしまっている。

 

2018年5月21日、ロシアワールドカップのスペイン代表メンバー23名が発表。そのリストにモラタの名前はなかった。

 

2018-19シーズンより背番号を29番に変更。18-19シーズンも調子は上がらず新監督サッリからの信頼も少なくフル出場が減った。第10節と第11節の2試合で3ゴールを決め復調の兆しも見えたかに思われたが第11節のゴールがチェルシーでの最後のゴールとなり、12月に入って以降ベンチ外の試合も増えた。

 

「クラブやファンからは全く愛も感謝も感じられなかった」

「チェルシーでは自分を信じられなかった。僕がチャンスを逃した時、チームメイトたちから”悪者扱い”されているような視線を感じた」

 

2019年1月、アトレティコ・マドリードに19-20シーズン終了までレンタル移籍した。背番号は22番。18/19シーズンアトレティコでリーグ戦15試合6得点を記録。

 

「僕はここにいたい。ここから動くなんて考えはない。残りのプロ生活をここで過ごしたい

「自分が望まれる存在で、人々が満足している限りは、ここにいたい。ここで幸せを見つけた。僕は自分がいたいと思える場所にいる」

「今はアトレティコ移籍が人生で最高の選択だと感じている。アトレティコに残りたい

「僕がすべきことは何かわかっている。ここに長くいたい。これほどありがたいことはないよ。みんな僕の仕事をわかってくれるし、僕を愛してくれるんだ」

 

2019年7月、レンタル期間終了後アトレティコに完全移籍することが発表された。19-20シーズンより背番号が馴染みの9番に変更。19-20シーズン開幕戦ヘタフェ戦でシーズン初ゴール。

2020年1月9日新方式となったスーペルコパ・デ・エスパーニャ準決勝バルセロナ戦で81分試合を振り出しに戻す同点ゴールを決める。5分後にコレアがゴールを決め決勝に進出。決勝の古巣レアル戦では延長後半10分頃アトレティコのカウンターに呼応しサウールのパスをディフェンスラインの裏を抜けて受け取り独走。しかし追いかけるフェデリコ・バルベルデの神風特攻スライディングを食らい転倒する。これに対してSNSでは「スライディングしなくてもモラタなら外してた」という声が上がる。

 

19-20シーズンは昨今の情勢で中断もありながら公式戦44試合に出場し16ゴールを記録しチーム得点王に輝いた。しかしリーグ戦は第21節レガネス戦までコンスタントにフル出場を続けていたが第23節グラナダ戦を負傷で欠場してから途中出場ばかりで一度もフル出場できなかった。

 

2020年7月、高額な移籍金約5800万ユーロで完全移籍完了。

 

しかしフル出場したがりのモラタ。シメオネから完全な信頼を勝ち取れていないと判断。自身を飛躍させたかの貴婦人がスアレス獲得を失敗したと聞き、、、

 

2020年9月、ユヴェントスに1000万ユーロの移籍金で買取オプションとレンタル延長オプション付随でレンタル移籍。背番号はやはり9番。10月17日第4節クロトーネ戦で復帰後初ゴール。10月27日CLグループステージバルセロナ戦でオフサイドハットトリック達成。12月16日第12節アタランタ戦前半11分のチャンス、モラタが自分より決定力のあるクリロナにパス、シュートモーションに入ったクリロナをベラト・ジムシティがスライディングで阻止した結果ボールがモラタの方に転がり絶好の決定機を迎える。この決定機をモラタは踵で決めようとするもゴールは枠の外に転がっていった、、、モラタはやはりモラタだったのだ、、、、ピルロおこ

 

モラタは出たがりなのだ。しかもフル出場で。マドリードの地に生まれ、アトレティコのユースに入り、ヘタフェを経てレアルのユースに入ったモラタ。カスティージャで活躍を続けトップチームに昇格するもベンゼマの控えで出場機会が少なく出場機会を求めてユヴェントスに移籍。ユヴェントスで飛躍しレアルに帰還するがまたしてもベンゼマの牙城を崩せずチェルシーに移籍。序盤は活躍するも徐々に調子を落として居場所がなくなりアトレティコに移籍。チーム得点王になるなど復調するもフル出場の保証がないことを危惧してユヴェントスに再加入。

なまじレアル復帰時に「ベルナベウで骨を埋める」と発言してしまったため「どこに骨を埋めるの?」なんて言われてしまっている。自身を飛躍させたユヴェントスで骨を埋めるのだ!

 

尚、今シーズンのCLラウンド16アトレティコ・マドリードvsチェルシーは「モラタの骨埋めダービー」と呼ばれている。また「クルトワアンチダービー」とも呼ばれている。